恋を失う、そして失恋 エピソード1
作:ショクパン





「ああ、今日こそ喋る!ぜってぇ喋る!おい!気合い入れろ!俺!」

 異常な光景であろう。超内気な高校生、謙太(けんた)。男なら普通に接する事が出来るが、いかんせん女性に弱い。なので、好きな子と喋ろうとする時は絶対にこうして気合いを入れる。まあ、わかる気もするが。

「いちいちお前はウルサイな。いつもそうやって結局しゃべらねぇじゃねぇかバカ」
 
 そんなバカと良く一緒にいるのが治男(はるお)。こっちは気が強く、勉強も出来る頼れる兄貴タイプ。ちなみに謙太が好きなのは春代(はるよ)。名前が似てる。

「でもよ治男!今日は違うぜ!よし!今日も行くぞ!美術室!」

 謙太は美術部仮入部中。もちろん動機は超不純。春代ちゃんがいるから。一目惚れってやつだろう。内気なタイプの奴に限ってそういう事が多い。
 
「へいへい。じゃあ行くか?その代わり絶対喋れよ。もういい加減俺も疲れたから」

「お、おう。任せとけ」
 
 治男は溜め息をつくと、読んでいた雑誌をカバンにしまって、教室から出る。謙太も緊張に心臓を鷲掴みにされながらゆっくりと教室を出る。その眼差しはまるで、戦地に赴く新米兵士のようであった。幻だろうか。僕には謙太の肩にはライフルが、制服が迷彩の軍服に見える。謙太、いざ戦地に。いや、美術室に。
 夕焼けが目に染みる。青春映画。ラブストーリー。そういう話にしたい。でも、僕は苦手だ。そういうのは。だからこういうのを書く。苦い春の話。



 美術室。死にそうになる。息が荒くなる。

「今日は俺も行ってやる。そろそろしゃべろうぜ。謙太ちゃんよぉ」

 治男は謙太の肩をポンと叩く。謙太は引きつった笑い。

「あ、ああ、任せろ……」

 唾をゴクリと飲み込む。何もそこまで緊張しなくても。脇の下には変な汗が。そして、美術室の戸を開ける手は震えていた。

「おいおい、大丈夫か謙太?やばいぞ」

「……」

 謙太の目は充血していた。そして、ゆっくりと美術室の扉は開けられた。妙に明るく感じる。光が漏れる感じがした。開かれる世界。天国。

「こ、こ、こんにちは……」

 1つ礼をして入る謙太。しかし、何か様子がおかしい。妙な視線を感じる。感じが違う!いつもと明らかに感じが違う。謙太は落ちついて顔を上げ、ゆっくりと美術室を見渡した。

「あの〜。今日は部活休みなんですけど〜」

 笑っているのは美術部員の女の子。確かに妙に少ない人数。その言葉は、まさにM−16アサルトライフルの一撃と同等であった。頭部直撃。そして戦死。後部で待機していた治男はかろうじで退却に成功。苦笑いだった。

「あ、あ、あ、すいません。失礼します」

 衛生兵!衛生兵!と叫びたくなる程の負傷ぶり。足元はふらつき、視点は定まっていなかった。

「お気の毒。まあ、次があるよ。次が」

 衛生兵治男の一言も今の謙太には効果が無いのであった。