Don′t Spit FIRE!!(前編)
青木梨





 小さな家に朝が来た。
 真っ白な子猫は、そっと扉を押して主人の部屋に入った。
 街外れの小さな家の、術士シアの部屋だ。
 書棚にはギッシリ魔術の本、壁には大陸地図や簡略魔方陣がある。
 だが上品な香水の香りが漂い、カーテンには見事なししゅう、テーブルに黄色いバラが一輪と、どこかオシャレだった。
 子猫の首輪のスズがチリンと鳴った。
 フワフワの雪玉のような、ブルーの瞳の子猫だ。
 彼はニャア、と小さく鳴いてしっぽをゆらした。
 部屋の奥、花柄の羽毛布団の中で誰かが眠っている。
 平和そうな寝息が届き、子猫の耳をピクリとゆらした。
 彼はしなやかに跳び、スズを鳴らして布団の上に乗った。
 ちまちまと走り、ヘアカラーをした主人の頭に近づいた。
 小さな前足を主人の頬に押し当て、耳元に低くささやいた。
「爪で目ン玉えぐるぞ、てめぇ」
 ガバッとベッドの主が起きあがった。
 寝ぼけ顔で金髪を整え、かたわらの子猫を見つけて微笑んだ。
「毎朝毎朝、過激な起こし方をしてくれるわね、ニュートン」
「起こす? ご冗談を。私ゃ真実本気です」
「さて、今日はお仕事はないわ。有意義な休暇ぁ!!」
「仕事が入らねぇだけだろ」
 聞かずにシアはベッドから飛び降りた。
 今子猫ニュートンの目の前にいるのは、三十半ばくらいの――男だった。
「ああ、空気がきれい! 今日は魔法大会に見物にいく?
 ほらニュートン、街が朝もやに包まれてきれいよ?」
「………………」
 シアは、どう見ても裏路地で傭兵をやるのが似合う体だ。
 胸と四肢にはガッシリした筋肉。頬骨は突き出、朝ヒゲは濃い。
 背は高く肩幅は広く目つきは鋭い。
 百年経っても『女らしい』という形容詞が似合う男ではない。
 それどころかちゃんとした身なりをすれば、それなりにモテるだろう。
 が、今は薄いレースの女性下着を着ている最中だ。
 慣れたように露出度の高い女性用術士服も着こなす。洗顔していそいそと化粧台の前に座り、ファンデーションをはたき出した。
 ニュートンは後ろを向き、吐き気を押さえた。
 シアはそれを見、響きのいいテノールで、
「失礼なコね。子猫って雨の日の話相手にピッタリだと思ったのに」
「そりゃ、私だって、自分みたいな低級使い魔に召喚の栄誉があったときは、一瞬の千分の一だけ更正しようと思いましたけどね……」
 シアの頭の上に乗って、小さな肩を震わせた。
「あら、泣くことないじゃない」
「何でオカマに……低級使い魔はいつも貧乏クジなんだ……」
「あっそ。じゃあ元気の出る話を教えてあげるわね。
 さっき考えた自家製魔法は完璧だわ。
 名づけて『逆立ちしながらコップの水が飲める魔法』!!」
「…………………つづき」
「これで協会もあたしを認めるわよ! 必ず完成させるわ!」
「そりゃ名が売れて、あんたが商売繁盛になれば……ね」
 シアは術士学院を中退、仕事で生計を立てる職業術士だそうだ。
 しかし、女装癖でトラブル体質もあり、実入りはよくないらしい。
 彼はピンクの口紅を塗ると、鏡を見てニッと笑った。
 ニュートンには、ジャガイモが化粧したようなものだった。
「ああ、ムカツク、ウゼ! 消えろ! このオカマ!!」
「やぁねぇ。あたし心は女のコなのにぃ。じゃ、新魔法!!
 アルス……ルス・ガス……ボガス……」
 と、意味不明の言葉を延々と羅列し、
「――――――シアちゃん方程式第二十五!!」
 瞬間、紅蓮の炎がシアの――――『口』から出た。
「あら?」
 吐き出された炎は、まっすぐシルクのカーテンを急襲した。
 瞬時に、カーテンから部屋の壁が燃えうつる。
 猛烈な黒煙が窓の外に出、燃えた木材の砕ける音がした。
「あらー……アルスじゃなくてパルスだったかしら?」
「いいから消しなさいよ。あんた」
「ええ、水の魔術式ね。ルルカ・マン・ク……ギリスの公式!!」
 またも恐ろしい勢いで、シアの口から高熱の炎が出た。
 すでに凄まじい速さで燃えていた部屋は、援軍を得てさらに家中に勢力を広げていく。
 猛烈な高熱と黒煙の中、シアの周りは炎の海だった。
「あらー……ルルカじゃなくてルオスだったかしら?」
「いいから逃げなさいよ、あんた」
「ええ、脱出の魔術式ね。マイナス・ラプス・プラマイ――」
「ご主人。私ゃ、ちょいとオチが見えてきましたがね」
「え? 何?――――コロンの方程式!!」
 ダメオシの火炎放射が、家を完全に炎で包みこんだ。
 外の通りからは悲鳴が聞こえた。
「あらー……ラプスじゃなくて――」
「原因はもういいわい!!」
「ええ、飛翔の魔術式ね。シラス・ミシス・ウテス――」
「いい子だから非常口で逃げましょう、ネ?」
 ニュートンは主人の頭のてっぺんにのって、ため息をついた。
「でも、何で火を吐けるようになったのかしら?」
 化粧用品だけしっかり両手に持ってシアが言った。
「いいから走りなさいよ、あんた」
「きっと放火魔になりたいという願いをお星様が叶えてくれたのね!」
「てめぇ、ぶっ殺すぞ!!」


 野次馬が去ったとき、シアの家は完全に炭化していた。
「まあ、我々と隣家に被害がなくてよかったですか」
「やだ! 火を噴いたら口紅落ちちゃったじゃない!」
「公衆の場で化粧はやめろ!」
 家の前で化粧を始めたシアに怒鳴った。
「……で、主人、これからどうするんです?」
「もちろん、魔法大会へ出場よ!!」
「へ? 見物じゃないんですか? それに火を吐くんじゃ……」
「火を吐くのは『呪い』、闇呪術よ!」
「!!」
『呪い』は、魔法の中でも特に卑劣で悪質とされている。
 術士なら即座に術士資格剥奪、司法所の牢屋送りだ。
「除名の危険を犯してまであんたを憎むやつの心当たりは?」
「いるわ。でも探してもムダだから魔法大会に参加!
 優勝金で家を買いなおせばいいわ。カンペキ!!」
「……弱冠意見を申し上げたいが、大人になって無視しよう」
 シアは、可愛い花柄手帳にチマチマと予定を書きこむ。
「よし、主人。それじゃ」
「ふふふ。某所怪獣大決戦のS席チケットは持ち出せたわぁ!」
「……ホントにやる気あんのか、てめぇ……」
「あ、でも、とりあえず司法所に被害届に行きましょ」
「あてになるんですか?」
「ま、捜査してもらえるかもしれないしね」


「何かこの男、殺気を噴出させてません?」
 ニュートンは肩の上で主人にささやいた。
「司法官ライディールよ。ちょっとハンサムでしょ?」
「…………あんたのシュミですからな」
 言われた青年は、ギロッと三十すぎのゴツい女装男を睨んだ。
「何の用だ?」
 二人は、街の司法をつかさどる司法所の大きな建物内にいた。
 受付で魔術被害の書類を書くと、捜査室に通された。
 テーブル一つにイス二つ。鉄格子の窓も一つあった。
 シアの前に現れたのは、二十歳前後の眼光鋭い若者だった。
 きらびやかな青の軍服を着、銀ブチメガネをしていた。
 だがその向こうの瞳は、シアを見るなり憎しみにギラついた。
 シアはまたもニュートンにささやいた。
「前からの知り合いなのよ、ライ君。
 司法所の若きホープで、名門、ハンサム、エリート」
「ほほう。人様に嫌われる三大条件がそろってますな」
「あたしを目の仇にしてるの」
「私ゃたった今、大変な好感を持ちました」
「何で女の子相手にああムキになるのかしらね」
「てめぇは女じゃねえだろ、カマ、オカマ!!」
「……貴様ら、用がないのなら出ていけ」
「は! 違うわよ、ライディール君!」
「司法所の職員を気軽に名前で呼ぶな。司法侮辱罪で告発する」
「あのね、あたし最近火を吐くのよ」
「ほう、ようやく人間外生物の自覚が出たか。結構なことだ」
「それが、誰かの呪いかもしれないの」
「ほう、私の怨念がようやく天に届いたか。実に喜ばしい」
「ご主人……あんた、この軍人に何をしたんです?」
 ニュートンはスズを鳴らしてシアにささやいた。
「大丈夫よ。ほら、ちゃんと何か書いてるでしょ?」
 確かに、ライディールは書類に何かを記入している。
 やがて、顔を上げ、言った。 
「罪人自称シア、罪状自宅放火、極北炭坑強制労働五十年。以上」
 一気に言い終えると、机の前に座っていた青年は立ちあがった。
「……ち、ちょっと、待て軍人メガネ!!」
 まあ、と手を口にあてる主人に変わって、ニュートンが抗議した。
「ふむ、最近は畜生でもしゃべるのか。
 まあ、その男の白昼抹殺が許されない不条理な世の中だからな」
「不条理なのはてめぇの脳みそだ。私はコイツの使い魔で――」
「召喚したばかりなの、ネ、ネ、カワイくない?」
『お前は黙ってろ!!』
 ニュートンとライディールはシアに怒鳴った。
「司法官、なんで被害の聞き取りで有罪判決が出るんだ!!」
「黙れ! そこの女男は五十年働かせねば治らん!!」
「その点にゃ大賛成ですが、私怨で判決を出されては迷惑千万!!」
「あの、ニュートン。今、ちょっと引っかかることを――」
『黙れ!!』
「はい……」
 シアを黙らせると、ニュートンは事情を詳しく説明した。
「なに、呪文を唱えようとすると火を吐く呪い……?」
 ライディールは疑わしげに眉をひそめた。
「あんたをからかうため家を燃やすほどヒマじゃねぇんだ!」
 ニュートンがつつき、シアも悲しげな顔をつくった。
「こんな呪いにかかっちゃ、魔術の依頼も来ないわぁ!」
「呪いで火を吐くなど何て非常識……いや、かわいそうな主人!!」
「忠実な使い魔とも、お別れ。あたしは寂しく一人ぼっち……」
 シアの少々不気味だが、本気で悲嘆にした様子に、ライディールも少し反省したらしい。気まずそうに、
「な、何だ。本当の話か。それならちゃんと捜査する。
 私はただ、またデタラメを言いにきたのかと……」
「こうなったら、本気で放火魔として生きるしかないわ!!」
 沈黙。
「……何でそんなハタ迷惑な発想しか出ないんだ」
「私も鬼ではない。酌量減刑で四十九年にしてやろう」
 勝ち誇った顔で、ライディールが立ちあがった。
「ちょっとお、冗談よ、ライディール君!!」
 しかし、ライディールは完全に本気で冷ややかだった。
「お前のような風紀の乱れた存在に、街をうろついてほしくはない」
「それって、ヒドイ……」
 シアは、さすがに傷ついた顔になった。
 ニュートンは、思わずカッとなって毛を逆立てた。
「軍服着て偉くなった気になってんじゃねえよ! ネズミ!!」
「な、何だと……?」真っ赤になるライディール。
「うるせぇ! ムカツク、しゃべるな!! 消えろ消えろ!!
 てめぇが呪われろ! 便器に顔突っ込んで死にやがれ!!」
「思い出して、ライディール君! この前は、皆の前であれほどあたしに熱い口づけと永遠の愛の誓いをくれたじゃない!」
 シアの言葉に、ニュートンが一気に我に返った。
「あんた、女装どころか男色まで……!?」
「あら、魔法よ! 彼ってステキだしぃ」
 ニュートンは、背中に殺気を感じてふりかえった。
 ライディールが、恐いほどニコヤカに微笑んでいた。
「あ……あの、司法官さん……」
「私は大人だ。女男や低級使い魔に腹は立てんさ……」
「ほほう。出来てらっしゃる」
「貴様を出ていかせる脅しのつもりだったが……執行確定だ。
 主従ともども極北拷問室つき重罪犯洗脳更正所三十年」
「ほほう。十九年減刑していただいて感涙の極みですな」
「収監者の発狂者数は六割、謎の事故死率は四割だそうだ」
「全員じゃねぇか」とニュートン。
「所長の報告書によれば方位が不吉で霊に呪われてるからだそうだ」
「ほほう。そういうのは扉の位置を東に変えりゃいいそうですな」
「放火しがいがあるわねぇ」
『はりきってるんじゃねぇよ!!』
 ライディールが指をならすと、凶悪な男たちが来てシアを抱えた。
「逃げたり放火したりすれば、今度は死罪だからな」
 ニュートンは、シアの肩にうずくまるしかなかった。
 主人の肩ごしに、ライディールの達成感あふれる笑いが見えた。
 冷たい扉が閉まり、シアはズルズルと引きずられていった。


 冷たい牢に入れられ、ニュートンは悲嘆してうなった。
「うう、これがちゃんとした国家のあり方ですかい!」
「うーん、さっき言ったとおり、ライ君の家は大貴族なのよ。
 あたしは学院中退だから、術士組合にも評判悪いしねぇ」
「あんたにしちゃ、正当かつまともな自己認識ですな」
「ああ、このままじゃ魔法大会にも出られないわ!」
「しかし、何であの人は、ああも半狂乱になれたんです?」
 シアはふとシニカルな笑いをみせた。
「あたしは自家製魔法を作るのが研究分野なのよ」
「ええ」
 本来、魔法とは魔獣を殺したり、戦場で使われる攻撃魔法しかない。
 自家製魔法はその制約を破って『適当に』作られた魔法だ。
 しかしオリジナルの魔法製作は危険な上、ハイレベルな技術と知識を必要とされる。
 そのため、術士協会では無用の長物と軽蔑されていた。
 しかし、シアはそれを研究していた。
 それは、彼が曲がりなりに魔術の才能を持っている証拠だった。
「前にちょっとした用事で司法所に行ったの。
 そのとき、ライ君とちょっと言い合いになってね……」
「……つまり、彼はあんたの嫌がらせの被害者なんですね」
「『アドレナリン操作・一瞬目の前の子に一目ボレ』!」
 ニュートンはガクっと肩を落とした。
「魔法を開発出来るはずだ……。最初から常識がないんだから」
「こうしてあたしは一瞬のロマンスを手に入れた……。
 ちなみに名門出のライディール君は今でも司法所の笑い者!」
「……彼の殺意は理解できますな――で、どうすんです?」
「とにかく、ここから出るわ。魔法大会で優勝しなきゃ!」
「出るだけは賛成です。では、牢番から鍵を盗んでくるので――」
「ええ! 脱出の魔術ね! マイナス・ラプス・プラマイス――」
「この鳥頭!!」
 渾身の力でシアの顔をひっかいた。
「ニ、ニュートン! ヒドイじゃない、女の顔に傷つけるなんて!」
「誰が女だ!! お前はどこから見ても女装の男だ!!」
「……ニュートン」
「うるせぇ、しゃべるな、ウザいんだよ!!」
 冷たく答え、ニュートンは牢を抜け、鍵をとった。
 幸い音はせず、牢番はいなかった。
「さ、出ましょう、主人」
 しかしシアは、牢の奥でヒザを抱えていた。
「何ブキミなコトやってんだ、さっさとしろよ変態!!」
「あたしがこんなだから嫌いなの? それとも変な性格だから?」
「ああ? 何ワケの分からねぇことホザいてんだ、オカマ?」
 しかし、シアはマジメな顔だった。
 大人の男がゴテゴテしい化粧をし、ムリヤリ女性の服を着ているのは、おかしいどころか、いっそ憐憫さえ誘う。
 だが、藍の瞳はかすかに潤んでいた。
「……行って。あたしが嫌いなら、もう使い魔にならなくていいわ」
 突き放したような言い方ではなかった。
 だが、悲しそうだった。
「…………………」
 ニュートンは、長いこと黙って考えた。
 そして、なるべく口調を変えないように努力しながら言った。
「……フザけてんのか? 戻りてぇワケねえだろ!?
 どこの誰が、オレみたいな使い魔を召喚するんだよ!!」
「……でも、こんな主人、イヤなんでしょう?」 
「そういう病気もあるって思い出した! だから出ろ!」
「病気じゃないわ! 何て言うか、あたしの魂そのものの――」
 ニュートンはキレた。
「分かった分かった! ハイハイ私が悪かった! ゴメン!
 だからガキみたいにイジケてないで、早く出ろ!!」
「くすん……ニューニュー冷たいの」
「妙なアダ名をつけんじゃねぇ!!」
「ニュートン。あたしはいつか女に戻るの。分かってくれる?」
 ニュートンは、シアのあまりに真剣な様子に困惑した。
 変人だからシュミの極地で妙な思い込みが生じたのだろうか。
「……分かった。グズグズすねてるとこなんて女だな」
 いささか差別的な発言も吐いた。
 しかし、シアは嬉しそうに立ち上がった。
「嬉しいわ。あたしが女だと分かってくれたのね!」
「単純バカ。まあ、そこまで女がいいならいいけどな」
 ニュートンは牢の外へ出た。
 シアも髪を手ぐしで整え、つづいた。
 ニュートンはシアの先に立ち、二人は、用心しながら司法所の地下を進んでいった。
 角ごとにニュートンが偵察したので、二人は牢番がウロウロしている地下牢を何とか脱け出すことが出来た。
 階段を一目散にのぼり、司法所の一階部分に出た。
 左右の多くの部屋が並んでいる。
 どの扉もいつ開くか分からない。
「ご主人、一般市民のフリをしてるんですよ?
 無理かもしれませんが、今だけ男らしくしてください」
「ええ、あたしは女よぉ!?」
「はいはい……」
 口をとがらせる男に、毛を逆立てないようにするのが精一杯だった。
 そして、子猫にはない跳躍力で主人の肩に飛びのった。
「ニュートン」
「ああ?」
「さっき、ライディールがあたしのことひどく言ったとき、代わりに怒ってくれたでしょう?」
 ニュートンはギクっと肩をこわばらせた。
 反射的にやったことだった。
「ありがとう。すごく嬉しかったわ。本当はいい子なのね」
「な、なんだよ……別に礼を言われても……」
「あなたなら、もしかして、なれるかもしれないわ。私の――」
 しかし、角を曲がりかけたシアがビクっと体を戻した。
「誰かいるんですか?」
「まずい! ライディール君だわ!」
「え!?」
 ニュートンはあわててシアの肩を降りた。
 角からそっと、首をのばした。
 どうやら待ち合わせか休憩用のラウンジらしい。
 観葉植物やソファ、テーブルなどが置かれている。司法官や一般市民などがガラスごしに昼の町並みを見ながらくつろいでいた。
 その端に、あの陰険な金髪の軍服青年がいた。
 しかし、一人ではなかった。
 かわいい女の子相手に談笑していた。
「へえ。ま、陰険だがハンサムだしな」
 シアが大きな目を丸くした。
「え、ライ君に女の子!? これは行くしかないわ!」
「……お忘れですか? 今見つかったら死罪なんですよ!?」
「大丈夫! 脅迫材料が見つかったのよ!!」
 突然、物騒なことを言い出した。
 ――そうだ……こいつの本性思い出してきた!
 しかし、シアは妙に自信たっぷりに構えていた。
 ニュートンは、その自信に対してだけ、主人を見なおした。
 まだ三日しかつきあってない主人のガッシリした足元によりそい、ニュートンは光の当たる場所へ出ていった。
 シアはこういうときだけ男らしくズカズカ歩き、女性の腕を取った。
「な、何よ、あんた?」
 女性は怪訝そうにシアを見、ライディールの顔は蒼白になった。
「お、お、お、お前――――」
「あらあらライディール君、カワイイ彼女見つけたわね。
 こないだまで必死に行方を探してた恋人からは心がわり?」
「き……キサマには関係ないことだ!!」
 シアはニコリと――いやニヤリと笑って、手をボキボキ鳴らした。
「というわけで、今考案の自家製魔法『カレー記念日』!」
「ちょっと待て! あんたは火を吐く呪いに……」
「あら、非常用の魔法石があるから大丈夫よ!」
「やめろ! 魔法石は宝石より高いんだぞ―!!」
 シアは透明に輝く魔法石を指ではじいた。
 どう見ても悪役の笑いで、女性の耳に低く呪文を唱えた。
「ほらほら、今日はカレー記念日、カレー記念日、カレー……」
「あの……催眠術じゃねえですか?」
 ニュートンの指摘に、シアはチッチッと指をふった。
 ノエビアは、トロンとした目で、彼の指の動きを追っていた。
「おい、彼女に何をした!!」
 ライディールは絶叫した。
 シアはニッと笑って指をはじいた。
 女性はハッと我に返った。
 シアは手をはなして、ライディールの元に押してやった。
 ライディールは恋人を閃光の速さで抱きよせ、
「貴様!! 何をしたんだ!!」
 すると女性は長いまつげをしばたたかせ、ライディールに、
「カレ? カレカレカレーレレカレーカレーレーレ?」
「お、おい……?」
「カレー?」
 シアは得意そうに、ニュートンを見た。
「ね?」
「……戻してあげなさいよ、あんた」
「カレー? カレカレカレ? カ―レカレカ―レレ?」
「おい……頼んでやるから元に戻せ!!」
 彼女を後ろにかばいながら、ライディールは叫んだ。
「フフフ……正直で大変けっこうなことね。
 ならば、おとなしくあたしたちを外に出しなさい!」
 ライディールのメガネの奥で、怨恨と愛が闘った。
 勝負は一瞬で終わった。
 ライディールは懐から書類を取り出して、ビリビリに破った。
 紙片をシアの胸毛の見える胸元に叩きつける。
「……処分は取り消しだ。どこにでも行ってしまえ」
「ありがと!」
 シアは周囲の視線の中、ライディールにウィンクした。
 そして子猫を肩に抱き上げ、ジリジリと後ずさる。
「おい、約束だ! 彼女を元に戻せ!!」
 ライディールの声には、わずかな焦りがあった。
 おそらくその予想通り、シアは冷酷に笑った。
「ウフフ。その女は使えそうね。これからもう少し――」
「いい加減にせんかぁ!!」
 ニュートンの必殺猫キックがシアの顔面に激突した。
 その拍子に魔法石が一つこぼれた。
 ライディールが電光石火の速さで駆けより、パキンと踏み潰した。
「カレ? カレーカレー……なんなの?」
「も、戻った!! よかった……」
 ライディールが愛しい彼女をギュッと抱きしめた。
「あら、もう少しだったのに」
「ブツ切りにさすぞ、てめぇ!!」
 しかし、それどころではなかった。
 安堵の抜けたライディールが、憤怒の目でシアを振り返った。
「やぁね。ニュートンのおかげで助かったのに、恩知らず」
「てめぇ、そんなセリフを吐けた義理か」
「待て!! 貴様ら!!」
 ニュートンとシアはあわてて走り出した。
「ご、ご主人! どこ逃げるんです!?」
「逃げないわよ。魔法大会に行かなきゃいけないの!」
「だぁ! こいつヤダ!! 使い魔やめてぇ!!」
「犯人なら最初から分かってるのよ」
「は!?」


≪後編予告≫

 何だか適当に魔法大会に行ったシアとニュートン。
 はたして彼らを待ち受けているものは!?
 そして、ついに現れた恐るべき敵! 悪夢に変わる会場!!
 みんなを守るためシアの呪いは解けるのか!?
 怒涛の展開となる後編に――――あまり期待しないでください。