ステラ 〜宇宙(そら)に見る夢〜 前編
企画発案:tsukikasa
作:ASD、草渡てぃあら、と〜みん、tsukikasa、きぁ(執筆順)





第一話(作:ASD)

 満天の星空を、僕は見上げていたような気がした。
 星の降るような夜空、とはよく言ったもので、草むらにごろりと寝転がった僕の視界に映るのは、真っ暗な夜空を背景に、競うようにきらびやかに輝く星々……ただそれだけだった。
 そこがどこだったのか。
 果たしていつの事だったのか、それさえもよく分からない。
 それどころか、それが本当にあった出来事なのか……いつかの時点での僕自身の思い出だったのか、それとも単に僕が頭の中で漠然と思い描いていた、夢とか妄想とか、そういうたぐいのあやふやなものだったのか。
 そんな事さえも、まるで判別つかないのだった。
 僕はそこで、何をしていたんだろう。
 僕はそこで、何を見ていたんだろう。
 ……いや、星を見ていたことだけは、確かな事実だったんだけど。
 でもそれが仮に妄想だったとしたら、何をどうすれば「確か」などと言えるんだろう?
 分からない。
 考えてみても、分からなかった。


「……まだ眠っている? 眠っているの?」
 不意に、声が聞こえた。
 僕は重いまぶたをなんとかこじ開け、ぼやけた視界の中に声の主の姿を求めて、きょろきょろと辺りを見回した。
 見渡す限りが、真っ白だった。
 強いライトでも浴びせられているのでは、と錯覚するぐらいに、僕の視界はまぶしいまでの白色でいっぱいだった。目が慣れてくるまでに、しばしの猶予が必要だった。
 ぼんやりとしている僕の視界で、最初に像を結んだのは……一人の少女だった。
「……なんだ、起きていたのね」
 彼女はそう言うと、僕ににっこりと微笑みかけてきた。その笑みは実に親しげなものに見えたけど……あいにく、彼女は僕の知らない、面識のない相手だった。
 最初の印象を言うなら、笑顔がとても可愛かった。
 年の頃は十六、七……つまりは僕と似たり寄ったりの年頃に見えた。同い年か、それとも少し上に見えたのは、大人びた態度のせいだろうか。整った白い顔立ちと、まっすぐな黒髪が印象的だった。
 にこにこと笑う彼女を、不躾にもまじまじと見入っていた事に気付いて、僕ははっとして視線を逸らす。
 そのまま周囲を見回してみるが……そこは何もない部屋だった。
 さして広いわけでもなかったのだが、僕と彼女の二人がいる以外は、家具らしい家具も何も置かれてはいなかった。壁も床も天井も、見渡す限り何もかもが真っ白だった。
 四方を囲む壁には、ドアも無ければ窓もなかった。空調のダクトのようなものも見当たらないし、照明のスイッチのたぐいさえ見当たらない。
 その照明だけど……天井にも壁にも、照明らしい照明が何も見当たらないのには何だか恐れ入ってしまった。そうは言っても部屋はまぶしいほどだったから、一切の光源がないわけではない。どういう仕組みかは知らないけど、壁や天井のパネルそのものが発光しているように見受けられた。
 仕組み云々の前に、一体どこから僕たちはここに入ってきたのか……あるいは入れられたのか、それさえも見当つかなかった。
 改めて見やれば僕らは二人とも、病院で入院患者が着ているような、真っ白な衣服を身に付けていた。彼女が着ているのはワンピース状のもので、僕が着ているのは上下に別れたズボン状のもの。そういう違いはあったけれど、真っ白い背景にとけ込むかのような衣装であるのには変わりがなかった。
 そうやってぼんやりしている僕に、彼女はこんな風に言うのだった。
「よかった。このままイルキニーが目を覚まさなかったら、どうしようかと思ってたのよ?」
「イル……なんだって?」
「イルキニー」
「……何、そのイルキニーって」
 何やら不思議な響きの言葉だった。けど何を差し示す言葉なのかまったく覚えがないので、僕は反射的に問い返していた。
 澄ました表情のまま答えた彼女の言葉は、僕には実に意外なものだった。
「あなたの名前よ。イルキニー」
「僕の……名前?」
 そんな馬鹿な。これまで聞いたこともない言葉なのに、それが自分の名前だなんて、そんなことがあるわけがない……そう笑い飛ばそうとして、僕は愕然としてしまった。
 ――だったら、僕の名前は一体何だ。
 名前だけじゃない。ここはどこだ。僕はいったい、ここで何をしているんだ。
 パニックが少しずつ忍び足でやってくる。あれこれと大事なことが、何故か何も思い出せなかった。自分の名前、親や兄弟の名前、家族構成、住所、生年月日、今日の日付、諸々……。
「一体僕はどうなってしまったんだ?」
 呆然として呟いた僕に、彼女はにっこりと微笑んでこう言った。
「《ゲーム》へようこそ、イルキニー」
 僕は唖然として彼女を見やる。
「ゲームって、どういうことさ。ここは一体どこ? 僕らはどうしてここに二人っきりなの? ……君は何も知らないの、アルケミー?」
 口走ってから、はっとした。
 アルケミー……そう、それが彼女の名前だ。
 でもどうして僕がそれを知っている?
 彼女を見やれば……彼女はにんまりと笑みを浮かべて、僕を見ていた。
「それじゃ、それが私の名前なのね?」
「そう……だけど?」
「私は、アルケミー。そしてあなたは、イルキニー」
「……それって、本当に僕たちの名前なのかな?」
「じゃあ、それ以外にあなたは何か覚えている? 自分の名前だけじゃなくて、家族や友達の顔や名前、学校だとか勤め先だとか……そういう自分を証明できる何かの情報を、少しでも記憶している?」
「君も、自分のことは何も知らない?」
「私が知っていたのはあなたの名前だけ。……多分、それがあなたの名前なんだろうなって、漠然と思っていたんだけど」
「僕は……どうだろう。思わずそう呼んでしまったから、君の名前がそうなんだろうとは思うけど。もしかして、僕らが知っているのってそれだけなのかな?」
「それだけでも、何も知らないよりましでしょう。……情報は多い方が、ゲームには有利だもの」
「あのさ」
「何?」
「その、ゲーム、って一体何なの?」
 僕がそう問いかけてみると……彼女は途端に困惑顔になって、首を傾げた。
「……分からないけど、何かのゲームなんだとは思うのよ。だって、自分の事を何も覚えてないなんて、そんなこと普通にある事じゃないでしょ? 私たち、別にここに初めて産まれ落ちたってわけでもないのだし」
「いや、もしかしたらって事も」
「少なくとも私たち、言葉をしゃべってはいるわよね? 文字は書ける? 数は数えられる?」
 アルケミーが――このさいそれを名前にしておくしかなかっただろうか――そういう風にいうので、僕は指で床に字を書こうとするが、あいにく何も思い出せなかった。かざした指先が行き場を失う。
「私もさっき試してみた。……でも、普通文字を書く事を知らなければ、そうやって書いてみようとは思わないわよね? 少なくとも私たち、『文字は書くものだ』という事は知っているのよ」
 彼女は何故か自信たっぷりな態度で、僕に言う。
「つまり、誰かが何かを仕組んで私達を陥れたか……さもなくば」
「さもなくば?」
「何かのゲームだか実験だかに、私達自身が同意したか、あるいは自分から志願して、こうやって参加しているっていうわけよ」
「……」
「いずれにしても、始まった以上、今更キャンセルは出来ないでしょう?」
「本当に、出来ないのかな」
 僕は力無く呟いてみたが……。
 キャンセルしたかったらそれが許されるような、そういう状況かと言えば……そうではなさそうだ、という事だけは確かなようだった。




第二話(作:草渡てぃあら)

 その不思議な部屋で、僕らはこれからのことを考えた。
 結果、彼女の言うようにゲームにしろ実験にしろ、また誰かの陰謀だったにしろ、僕らに出来ることは限りなく少ないのだという意見で一致する。つまりは、とにかく部屋から出てみないことには何も分からない。何かを判断するには、圧倒的に情報が少なすぎるのである。
「部屋を出るって言っても……簡単にはいかないかも」
 彼女はそう言うと、改めて部屋を見渡した。僕もつられて見る。やはりドアも窓も見当たらず、四方にはプラスチックと金属の間のような奇妙な壁が白く輝いているばかりである。どれだけ凝視してみても、素材には見覚えがなかった。
「とにかく丁寧に見ていこう。何か小さなボタンのようなものがあるかもしれないし」
 まったく根拠のない僕の提案に、彼女は真面目にうなずいて壁沿いにゆっくりと視線を走らせていく。手の感触をもフルに使って、どんなものも見落とさないように注意しているのが分かった。僕も同じように壁に触り、彼女とは逆の方向から調べ始める。
 時計のないこの部屋で、時間という概念がどれほどの意味を持つかは定かではないが、恐らくたっぷり一時間以上はそうしていた。時折、「何か見つかった?」「ううん」という会話のやり取りはあったが、それ以上は二人とも口もきかずに熱心に探した。しかし。
 どれだけ探しても出口はおろか、何の取っ掛かりさえも見出せなったのである。
「……」
 さすがにこちらからやめようとは言い出せず、僕は「もし僕が」と切り出してみる。
「ゲームのプレイヤーだったら、この辺でリセット押して、ソフトを売り飛ばしに行っていると思う……」
「実験にしてもあまりにも不毛よね。出られない、なんて」
 彼女にもある程度の諦念が生まれていたようで、ため息とともに天井を仰いでいる。
 そして思い出したように、
「そういえば前に父が言っていたわ」
 と言った。
「物事には二種類の変化がある。自己による変化と他者によって引き起こされる変化だって」
「……」
 彼女の場合、父親との記憶があるらしい。僕は父親どころか、家族構成すら思い出せないのだが……しかしここで口を挟んで、彼女の大事な記憶が曖昧になっても可哀想だと思い、そのことには触れないで置くことにする。
「その話でいくと僕らの場合、自己による状況変化は難しそうだね」
 変わりに言った僕の意見に、彼女も「そうねぇ」と同意した。
 部屋から出られないと分かったところで、しかし焦りはなかった。何しろ焦るほど状況を把握しているわけではないのだ。とは言え、ただじっと待つという作業を思うとそれだけで憂鬱になる。起こるか分からない変化を、一体いつまで待てばよいのか。
 しかし突如、変化は訪れた。
 何の脈絡もなく。ただ唐突に。
 四方の壁の一片が崩れたのである。まるで薄硝子が割れるように、砂のように細かい破片がささやかにこぼれ落ちる。
「!」
 さらに驚いたことに、崩れた壁の先には一人の男が中段蹴りの構えのまま立っていた。
「……あなたひょっとして、サイファ?」
 隣でアルケミーが言った。同い年ぐらいのその少年は、訝しげにこちらを見ている。彼の顔には覚えがない。しかしサイファ≠ニいう名前の響きだけに、僕の記憶は確かに反応していた。はじめてアルケミーに自分の名前を呼ばれた時の、不思議な感覚が甦る。顔は知らない。けれども名前とその存在は知っていて、僕らは以前に会っている――。
「じゃあ、お前がアルケミー。で、そっちがイルキニーってわけか」
 サイファはなぜか不機嫌な顔のまま僕らに言った。そしてこちらの反応を待たずしてしゃべり始める。
「寝てて起きたらいきなり壁だらけの部屋だった。仕方ないから、その壁の一片をぶち壊してみたら、お前らがいたんだ」
「……いきなり蹴ったの?」 
 どうやらサイファには、僕らのように「時間をかけて出口を探す」という発想は一切なかったらしい。隣を見ると、アルケミーも呆れたような目でサイファを見ていた。




第三話(作:と〜みん)

「今度は私がやってみてもいい?」
 おもむろにアルケミーが壁に向かって、ではなく背後にいる僕たちに向かってだろうけど、聞いていた。サイファが次々と二枚の壁を抜いてしまったから、彼女の目の前にあるのは、その部屋、僕とアルケミーが出会った部屋の残された最後の壁だった。
 僕たちの返事を待つでもなく、彼女はゆっくり数歩下がって壁に向かって体当たりした。

 アルケミーの体が触れたと思った瞬間、音もなくその壁も砕け落ちた。軽い体がぶつかっただけだというのに、空間を閉ざしていたはずの平面はすっかり抜け落ちて、あとには砂を思わせる細かい白い粒が申し訳程度にきらきらと足元に零れるだけ。
 サイファのように跳び蹴りを食らわせる必要もなく、たあいなくあっさりと。

 首を軽く傾けながら振り返ったアルケミーは僕に肩を竦めてみせた。
「こんなことならボタンか何かを探すより、ノックでもして物理的な方法にうったえてみればよかったわね」
「なぜ気づかなかったんだろう?」
「あら、普通ゲームにはそんなコマンドないもの」
 アルケミーは僕に軽く笑って、もう一人に視線を移した。
 サイファは僕たちの会話には加わらずに、今空いたばかりの部屋に入って、側面の壁を蹴ったり殴ったり、体当たりしたりしている。あれほど脆く見えた壁が今度は全く崩れる気配がしない。それは、サイファがもともといた部屋も含めて壁の向こうにあった部屋に共通することなのだけど。

「サイファは、プレイヤーではないってこと?」
「それより、私達ももっと現実感をもって対処した方がいいんじゃないかってこと、かな」
 僕は言葉の意味をかみ締めながら、アルケミーの黒髪が首の動きに合わせてゆっくりと動くのを見ていた。白い輝く空間にふんわり微笑む様子が、やっぱり夢かなにかのように思える。

 でも、そんな気分をぶち壊したのは不機嫌なサイファの声だった。
「で、お嬢さん、閉ざされた四角い空間が、閉ざされた+形の空間になったからって、どうしようっていうんだ? 現実的に」
 お嬢さんという変なアクセントをつけた呼び方にアルケミーは眉をひそめて睨みつける。実際、サイファがそう呼ぶ声はどう聞いても好意的とは言えない皮肉めいた響きが混じっているように聞こえたのだ。
「サイファ、私にも名前があるんだけど」
 アルケミーの声がこんなに硬く聞こえたのは初めてで僕はなんだか怖いと思った。表情も急に冷たくなったような気がする。
 それなのに、サイファは全く動じる様子を見せずに憮然とした表情で答えるんだ。
「俺としては、お嬢さんのお遊びに付き合っている暇はないんだ。知ってるならさっさと帰らせてくれ」
「お遊び?」
 僕が小さくもらしたつぶやきに、サイファは反応して僕に向き直っていた。つかみかかってきそうな勢いで歩み寄って来て見下ろす。
 サイファのほうが僕よりも頭ひとつ分くらい身長が高かった。
「違うのか?」
 威圧感に僕は逃げ出そうと思うけれど、体がなかなか動いてくれない。
 それでも、ふと視線を落とした先、サイファの着ている服が僕と同じなことに気づいて、白い上下のゆるい格好が、にょきと生えている褐色の筋肉質な腕や首や足に全然似合ってないと思って、息をつく。
 なんとか動けそうだった。視線をはずしたまま、僕は部屋の奥の壁を確かめに行く風を装って、サイファの脇を通りぬけ。

 多分、サイファの腕は僕の肩をつかもうとしていた。太い眉が僕を睨む目の上で険しくひそめられていたから、どうも彼の不機嫌の原因はアルケミーだけではないらしいと僕はやっと気づく。
 でもそんなサイファの不穏な動きをアルケミーの声が止めてくれた。彼女はさっきまでの冷たい怒りが融けてしまったというような、普通の声音で言ったのだ。
「待って。サイファ、貴方、記憶はある? 私の名前以外に、何か知っている?」
 不思議そうに瞬いているアルケミーの様子に、サイファが毒気を抜かれたように肩の力を抜いて考えるそぶりを見せていた。僕は壁の方に向かっていっていたのに、ついついそちらを振り返ってしまって、まあそれでも一応、壁に背中を向けて歩きながら。

「……あれ。分かんねーな。俺は "どうしても必要だから" 実験に参加したっていうのに、アルケミーってお嬢さんは、そう、お嬢さんは "暇つぶし" にやるらしいなんてやれやれだなと、そう思ったことは覚えてる」
 サイファもさっきまでの嫌な感じがなくなって、ちょっと困ったような顔をしていた。アルケミーはそんな風に言われてもやっぱりもう怒るそぶりもみせなくて。
「何の実験?」
 やっぱりこれは誰かが仕組んだ実験なんだろうか。だとしたら僕はなんだってこんな意味不明な実験にこの体を提供したというんだろう。
「知らねー」
 僕の問いに、サイファは諦めて息を吐き出した。
「じゃあなぜ、参加したの?」
「さあ」
 アルケミーには苦い顔で笑っているみたいだった。結局のところ、三人目が入ってきても、進展なしっといったところか。それとも、実験だということが分かっただけでよしとするのか。
 アルケミーと目が合って、彼女もきっと同じようなことを考えているんだろうなと思う。

 と、突然、アルケミーが驚いた顔をして僕を、いやその僕の向こうを見ていた。
「え?」
 振り向いた拍子に僕は、今背を預けようとしたはずの壁がないことに気づく。かすかにきらきらと光る残像。どうやら僕の背中が壊してしまったらしい。ぶつかる感触すらなかったことに僕はなんだか不安になる。

 現れたのは出口ではなくて、またも同じ大きさの白い部屋が一つだった。壁が全部綺麗に壊れてしまうから、今いた部屋と続きになってその部屋自体が長方形に広がったと思ったほうがいいのかもしれないけれど。
 かすかに、かすかにだけど僕の裸足の足の裏は壁があった場所にくぼみがあるのを感じている。

「これで、十字の閉ざされた空間ね」
 アルケミーは冗談めかした口調で笑って、そのあと厳かな様子になってすばやく十字を切った。一瞬の黙祷みたいな事をして、部屋に入って行く。とても自然な動作だったから、彼女はクリスチャンなのかもしれないと思った。

 そのまま目で追っていて、その奥、正面の壁を叩いてみようとしたアルケミーの拳が、なんの抵抗もなく壁の中に吸い込まれていくのをそのまま僕は見ていた。
「もしかして」
 アルケミーが弾んだ声を上げる。外に出られる、と僕も彼女と同じ気分になってその壁際までかけよった。サイファもきっとそう思ったのだろう。アルケミーをサイファと僕で挟むような感じで壁の前にたっていた。
 その顔をかわるがわる見回してアルケミーがにっこりと笑った。そうして、少しだけためらったあと、思い切って彼女は壁に首を突っ込んだ。

「あれ?」
 その声はなぜか背後から聞こえた。
 振り向くと部屋四つ分向こうに行った壁、まあちょうど正面にある壁なんだけど、そこからアルケミーの顔がつきだしていたんだ。
 固まった彼女は、ほんの数秒で我に返って、壁から頭を引き抜いた。
「自分の背中を見るなんてはじめて」
 瞬きを繰り返した後、こちら側に戻ってきた彼女の口から出てきたのは意外なほど落ち着いた声だった。なんだか面白がっているようにも聞こえる。

「どれ。おっ、へえ」
 今度はサイファが顔をつっこんで、声を上げていた。急に遠ざかってみれば、今までどれくらい耳元で大声を出されていたか分かる。そうして、足を入れて、そのまま壁を……通り抜けた。
「こりゃ、すげーな」
「あら、こっちも」
 こちらに向かってくるサイファに気をとられていると、今度はアルケミーが僕の左側で声を上げた。 現状認識にショートしつつある僕はまたびっくりする。さっきまでサイファが殴っても蹴ってもはじき返していた壁が、今はアルケミーの腕を吸い込んでいるのだ。
「サイファが今出てきた壁も、ついさっきまではちゃんとした壁だったでしょ?」
 アルケミーは僕の疑問に笑って答える。確かに、そうだ。あの区画はサイファが最初に寝ていた部屋で、本当に念入りに力試しをした壁だと思い出す。

「おい。腕、こっちに出てるぞ」
 壁を抜けて十字架のてっぺんからこちらに戻ってこようとしていたサイファが、交差点で立ち止まった。指差しているのは、サイファから見て右側、僕達からは左側の方向だった。
「待ってサイファ。そこに立っていて」
 サイファに声をかけて、アルケミーは壁の中に飛び込む。僕の視界から一旦消えた彼女は、横から出てきてサイファに駆け寄った。

「イルキニー、今度は反対側の壁に入って」
 アルケミーの声は良く響いた。僕は当たり前にそうするものと決めてかかっているのだと思う。それを拒絶する理由もなく、勇気もなく、僕はそっと右手を壁に近づける。
 確かに右手は何の感触もなく僕の力に応じてゆっくりと白い壁に飲み込まれていった。
「イルキニー?」
 僕がさっさと飛び込まないのをアルケミーは訝しげに、サイファはにやけた顔で見ていた。
「なんだ怖いのか?」
 大きな声で馬鹿にしたように言う。僕はかっとなって「そんなはずないだろ」と怒鳴り返して、壁に向かって飛び込んだ。
 思わずその瞬間、目を瞑ってしまったけれど、その空間には何もなかったみたいに何の感触もなく通り抜けてしまった。

 目の前にはアルケミーとサイファが僕から見て左を向いて立っている。僕はそのサイファに向かって走りこみ、こぶしを握って。
「イルキニー、これって何か法則があるような気がしない?」
 アルケミーがそんな風に言いながら、僕の肩に手をおいた。いや、僕と僕の手首をつかんで怖い顔をしているサイファの肩の両方を軽く叩いて首をかしげるんだ。
 そんな様子を見て調子が狂ったというようにサイファは舌打ちをして僕の手首を放した。
 大人気ない、アルケミーのすました顔を見るとなんだか酷くそう思えて、サイファが舌打ちをした気分が分かった。そして僕も二三回深呼吸をして、とりあえずサイファのことは後回しにして、アルケミーの言ったことについて考えてみる。

 ふと座り込んで、アルケミーは床に指で絵を描きはじめた。その空間を指す十字架の絵。
「ここが十字架の頂、ここと根元がつながっていて」
 そうやってしるしをつけていく、といっても白い床に指で描いても跡は残らないから、僕の頭の中でだけれど像が出来ていく。
「で、根元の右側から、十字架の右腕の端、左側から左腕の端」
 僕達がそうやって床を見つめているうちに、サイファは別の壁に入っていくのが見えた。
「あら、右肩からは頭の右側面なのね」
 アルケミーは十字架の右腕上と上側の右側面に同じしるしをつけた。
「頭の左側面からは……そうよね、左肩。じゃあその正面にある、んー脇? のところを入ると何処に出るのかしら。もう壁は右側の脇にしか残ってないけど、ちょっと不自然よね」
 サイファはこちらの声を聞いているのかいないのか分からないけれど、黙々と次の壁に入っていく。僕はちょっと不安になる。もし壁がそこだけ通れなかったりしたら、あの勢いでぶつかると痛いだろうなあと思ったから。

「そうか、下の長方形は部屋が二つ分だから壁も別々なのね」
 そんな心配をよそにサイファは十字架の左腕下面を通って、その角を横切ったところ、十字架の横棒の下の腰の辺りの左面から出てきたんだ。そして後残っている、その腰の辺りの右面に入って行って、右脇の方に出てきた。
「結局壁が通れたからって、閉ざされた空間、には変わりないってわけだ」
 サイファは面白くなさげにそうつぶやいた。
「でも状況は変わっていっている。全然変化のない空間に閉じ込められるよりはましね」
 床の透明な絵を見つめたままアルケミーはサイファのつぶやきに答えている。
 確かに彼女の言う通りだと思う。最初、白い壁に取り囲まれた部屋に二人きりの状況と比べればまだ、なんだか開放感があるし、また何かすれば変わるんじゃないかって期待がもてるわけだから。

「現実的な対処、ね」
 僕は彼女が言った言葉を思い出す。サイファという男のおかげでずいぶん現実味は増したけど、壁を通り抜けたり出来てしまうという状況のおかげですっかりその味も褪せてしまっていた。
「腕の端面からなぜ根元の側面なのかしら? むしろ、端同士が繋がっている方が自然だと思うのだけど」
「どうして?」
「そうね。理由がない。違うわ。何が自然なのかがやっぱり見えてこない」
 僕が聞き返すと、アルケミーは自分の言葉を取り消して悩み始めた。僕も、宙に十字架を描いてみる。六つの部屋、六つの四角がつらなってできた十字架。

「あ……」
 僕は思いついていた。ふらふらと歩いていたうちにまた足の裏に感じたくぼみ。四角を区切る境界線はその交差している四角にもあった。そう、そうだ、これなら確かにその面同士がつながっていることが理解できる。
「サイコロ、サイコロだよ、アルケミー」
「サイコロ? ダイスのこと? 賭け事なんかで使う?」
「いや、別に賭け事である必要はないと思うけど」
「それがどう関係あるの?」
「サイコロ、ううん、四角い箱型なら何でもいいんだけど、その展開図だよ」
 ぱちぱちとアルケミーは二回僕の顔を見つめて瞬きをした。僕はもう一度十字架を描こうとしたけど、それを制してアルケミーは手を打ち合わせた。
「そうね、だから右腕の端は蓋になる根元の四角の右面」
 何度もうなずきながらアルケミーは立ち上がった。
「ダイスね。だとすると、サイファが一人でいた部屋が1、私とイルキニーが二人でいた部屋が2の目だとかそんな意味があるのかしら?」
 なんだか強引にこじつけているような気がするけれど、もしそんな風に考えれば十字架の頭のところが1、僕たちがいる交差点の四角が2になる。アルケミーの瞬きが激しく繰り返されていた。

「で、これが折り線」
 僕はちょっとだけ苦笑いを浮かべて、床のくぼみを指でなぞった。
「こっちが内側? 神さまのダイスだったかな……」
 アルケミーが小さくつぶやいて何かを思い出そうとしていた。僕には聞き覚えのない言葉だったけど一応、どれくらい残っているのか分からないあいまいな記憶を探ってみる。
「謎解きよりも、どうやったら出られるのかの方が重要じゃないか?」
 部屋を歩き回るのにも、壁を抜けて回るのにも飽きてしまったらしいサイファが僕たちに呆れたような声をかける。
「でも、体力勝負の後は、頭脳プレーと決まってるじゃない」
 アルケミーは何処を見ているのか分からない顔で、ただそう言って、また思考の海に沈んでいった。




第四話(作:tsukikasa)

「ま、頭脳プレーって言ったって、壁は全部ループして繋がってる上に床は部屋を区切るくぼみ以外凹凸一つないんじゃ、嫌でも頭使って悩むしかないだろうよ」
 サイファが忌々しげに、部屋を見回して吐き捨てる。
 いらつきをただ口にしただけに思えるサイファの言葉だったが、アルケミーの反応は意外なものだった。
「待って……そういう事じゃなくて、私何故かこの部屋の構造に、思い出せることがあるの……」
「え、どういう事さ、アルケミー」
 思いがけない言葉に、自然と訊き返す声が上ずる。だがそんな僕の質問など耳に入らないかのようにアルケミーは相変わらず空虚に視線を漂わせたまま、独り言のように呟く。
「設問4『神様のダイス』……以下に定義される空間的特性を持った立方体の展開図の底面を持つ部屋は空間として物理的に成り立つか答えよ」
「立方体の……って、この部屋の事? それに設問って……」
「成り立つかも何も現に目の前にあって閉じ込められてんじゃねーか」
 サイファが相変わらず不機嫌に口を挟む。だがアルケミーの心は相変わらず突然開いてしまった記憶の扉の向こう側だ。
「試験問題だったの……そう。でも、私解けなかった。時間はどんどん過ぎていくのに、どれだけ考えても満足な答えが書けなかった……」
 声が震えている。あの気丈だったアルケミーが、誰かに責められているように身を縮ませて何かに耐えていた。
「今通っているスクールの、よ。凄い名門校なの……。でも私は受かった。……私何度も思った。試験に受かれたのは、自分の力じゃなくて、父さんが世界的な権威のある技術者だったからじゃないかって。本当は自分はここに居ちゃいけないんじゃないかって」
「何言ってんだよ、受かったんだろ。君に力があったって事さ。親なんて関係ないじゃないか」
 アルケミーに平常心を取り戻して貰いたいという思いもあったが、僕は本心で言った。
「試験には両親の面接もあるの。その時私聞いたんだ。理事長が父さんに『あなたのお嬢さんなら、絶対に受かりますよ』って笑顔で言うの。……もちろん私もその時は形だけのお世辞だと思った。……でも今思うとあれは言葉通りの意味だったんじゃないかって……私怖くて仕方ないのよ」
 僕は掛ける言葉もなくしばらく黙り込んでいた。サイファはずっと無表情で成り行きを見ていて、初めからどうにかしようなんて気はないようだった。
 下手な慰めの言葉を出すべきじゃないと思ったし、何よりも心に引っかかることがあって、僕はその事に意識を集中する。
 アルケミーも独白が終わると、感情の整理がついてか徐々に落ち着いてきたように見える。
「ねぇ、ずっと違和感を感じてるんだ。最初はちょっと壁が通り抜けられるってインパクトが強すぎて、頭に浮かばなかったけど。壁同士の繋がりを見てからずっと何かが引っかかってる……」
 未完成の思考を、自分の心を落ち着かせるように、言葉にして吐き出していく。……そして唐突に、心に引っ掛かっていたものの向かう先が一つしかないことに気がついた。
 思いがけず自分の行き着いた答えに、ぞっとして血の気が引くのを感じた
「特異点は、ずっと当たり前にあったよ……どうして気づかなかったんだろ」
「え?」
 アルケミーが聞き返す。
「角だよ、アルケミー。角が持っている90度の角度」
 アルケミーの目に焦点が戻ってくる、彼女は僕の言いたい事を理解したらしく、彼女の頭の中で、僕のヒントを中心に目まぐるしい速度で思考が渦巻くのが傍目にも分かった。
 そして、僅かな時間を経て、彼女の瞳に理解の色が宿る。
「そっか、角……突き当りの8つと交差点の4つを合わせて12個の角……いえ、長辺の途中の二箇所も。……立方体の各頂点に触れる14箇所。その14箇所の矛盾が……存在不可能証明……」
「おいおい、何勝手に二人で納得してんだ? すっきり説明しろよ」
 僕らの頭の中でだけ起こった突然の急展開に、取り残されたサイファが堪らず不平の声を上げる。
「要は、90度の角度がついてループしてることが問題なんだよ。ねぇ、この部屋の中央の交差点の角にさ、斜めに腕を差し入れたらどうなるか考えてみなよ。僕らはループを一つずつの面でしか試してこなかったけど」
 サイファが言われた仮定を頭の中で始めるが、明確な結論を諦めるまで時間は掛からなかった。
「くそっ、よく分かんねーな。……なにやらおかしな事にはなりそうだが……」
「そう、合ってるよ。おかしな事になる」
 サイファが説明を促してか、降参とでも言うようにひらひらと手を振る。
「交差点で腕を斜めに差し入れた時に今までの法則を適用すれば、壁の右の面に入った部位と左の面に入った部位で腕が真っ二つに分かれて、中で交差するようにして左右からそれぞれ手前に飛び出てくる事になる。……でも、そうすると重なるんだ。壁に突っ込んでいる腕と、壁から飛び出てくる腕が部分的に。同じ空間に、腕が二重に存在することになる。これはありえないよ……」
 サイファの理解を確かめるように一度言葉を区切る。
「それに、左右に分断された腕の切断面が、何の力も働いてない普通の空間に飛び出してしまう事になるんだ。解剖模型みたいにさ。……こういう矛盾を全部の角がそれぞれ持っているんだ。少しずつ違う形で。ループする空間同士に角度の差があるばかりにね」
 そしてそこでまた一息つくと、今度は少し言いにくそうに続ける。
「まぁ、後者の方は……もしかしたら腕を突き出した先で、恐ろしく鋭利な刃物で切断されたように切断面から血が吹き出す事になるだけで、物理的な矛盾とまでは言えないかも知れないけど……」
 サイファがその言葉に、げーと呻いた。ようやく自分達が居る空間の危険性に気づいたらしい。そして、全部の情報を頭の中で整理しようとする素振りを見せた後、少し疲れたように嘆息しながら訊き返す。
「とにかく……どういうことだ?」
『この空間は物理的に存在しえない』
 僕とアルケミーの声が重なる。
 突然だった。壁が崩れ始めたのは。それまで何をやっても触れるものを素通しするだけで微動だにしなかった壁は砂のようにあっけなく崩れ去った。


 次の瞬間僕らの目の前にあったのは、さっきまでの非現実的な空間とは打って変わって、一般家庭の生活感あるリビングルームだった。
「なっ……」
 サイファが声にならない声で呻いた。動揺していたのは僕ら全員一様だったが、心なしかサイファの表情は単に空間の変化に動揺した以上に青ざめて見えた。
 とても、何もない部屋に放り出されていきなり壁を蹴り壊した男のそれではない。
「サイファ……、何か知っているのね」
 アルケミーが慎重に確かめる。
「知っているさ……知っているとも。忘れられるわけがねぇ。くそっ、だけど……今さらどうして」
 サイファの額にじわりと汗が浮かぶのが見える。
 僕らはただ、黙ってサイファの姿を見守った。今度の部屋は扉も普通にあって、閉じ込められたという感じではない。けれど、この状況自体から抜け出るために彼の話が鍵になりそうな事は全員が薄々感じていた。
 かと言って面と向かって訊ける雰囲気でもなく、僕らは置かれているソファーや椅子に座るでもなく、所在なげに立ち尽くす。
「今さら俺に懺悔しろとでも言うのかよ……」
 サイファが目の前にある扉の向こうの誰かに問いかけるように、低く呟いた。
「ロッシュ、……ダチだった。もう何年も前の話だがな。……ここはそいつの家だ」
 訥々と、サイファが語り始める。
「その日、俺はロッシュに呼ばれてここに来たんだ。自由工作の課題に力作を出すつもりだから、手伝ってくれって言われて。そして俺があいつの部屋で見せられたのは、一抱えもある金属塊と、分子破砕機。……知ってるかもしれないが要はどんな固いものでも削りだしちまう工具だ……当たり前だが子供が扱っていいような代物じゃない。それをロッシュは親に無断で持ち出してきたんだ。金属製のオブジェを作るんだって息巻いていた。……俺も始めは止めようとしたよ、でも止めきれなかった。意気地のない奴だと思われたくなかったのかもしれない」
 そこで、サイファは一度言葉を区切ると下唇をかんで、一瞬の躊躇を見せたあと覚悟を決めたように続けた。
「そして……事故は起きた。一瞬だった。気がつけば奴の左腕……手首の上辺りの肉が大きく抉れていた。血が吹き出していて……ただの傷じゃない事は一目瞭然だった。すぐに助けを呼ぶべきだった。……当然だよな。誰だってそうする。……だけど、俺は逃げちまった。目の前にあるもの全部ないことにして。パニックになっちまったって言えばそれまでだ。……けど、きっと俺は自分が責められる恐怖から逃げたんだ……」
 サイファの顔に自虐的な笑みが浮かぶ。
「当然、ガキだからって許される事じゃねぇ。けど……思いもしなかったんだ。俺は自分がダチを見捨てるような奴だったなんて……それまでは思いもしなかったんだぜ。その日から俺の世界は覆された。例えば……容姿について言えば、自分が醜いと思う容姿に自分が生まれつくことはある。不可抗力だ。だけど、精神については……自分が心底から拒絶する心の形質を、自分が持っている事なんてありえないと思っていたんだ」
 僕らは何も言えずにサイファの独白をただ聞いていた。
「絶望した。止められなかった自分に。助けなかった自分に。……後悔しながら全てを言い出せない自分に……。その日から俺は他人を拒絶して生きるようになった。望ましい人間同士で友好な関係を築く。言ってみれば素晴らしい事だよな。……だけど自分自身が信用ならない人間だって分かってんのにどうやって友好な関係を築くって言うんだ? ひたすら善人のふりをしとけばいいのか? 愛想笑いをしておけばいいのか? 他の奴は上手くやってるのかもしれないが俺はごめんだった。嘘で固めた関係なんて築かないで、初めから他人を利用して生きてやればいい。そう思った。俺はそれから勉強したよ……一人で生きてく力が欲しいと思った。だけど……皮肉だよな、俺は自分で思っていたほど頭も良くなかったのさ」
 そこまで話してサイファは、お喋りは終わりだというように嘆息した。
「本当に嫌気がさすぜ……」 
 最後の一言は、語気に人をぞっとさせる冷たいものが混ざった。
「ありがとう……話してくれて」
 アルケミーが、特別の憐憫も何も表すことなく、ただ静かに言った。
「それにしても、さっきの部屋とこの部屋二つ続いて二人のトラウマを反映していたなんて……一体……」
 僕が言ったその時だった。僕らが前にしている扉の向こうから話し声が聞こえてきたのは。
「ねぇ、やっぱ危ないって……」
「大丈夫だよ、サイファ。だって僕父さんが使うとこ見てたもの」
 サイファの身体に緊張が走る。今扉の向こうで行われているのが「事件」の直前の会話だという事は容易に想像がついた。
「止めよう。まだ間に合う」
 僕が言いながら反射的に扉に手を伸ばすと、勢いよく肩をつかまれた。サイファだ。
「馬鹿! 開けんじゃねぇ。手遅れなんだよ! ……俺もあいつも。向こうで起こってんのは終わった事だ。……だけど今入ったら、巻き込まれんのはお前かも知れねーだろが」
 サイファは苦々しく、吐き捨てるように言った。僕はそんな彼に対して少しだけ笑みを作った。……何故か、安心してしまったのだ。
「サイファ、キミは自分が思ってるよりいい奴だよ。止めてくれたじゃないか」
 そう言われた瞬間彼は、何を言われたのか分からないと言うような……放心した表情を一瞬だけ見せた。
 次の瞬間、部屋が崩れ始めた。一瞬にして壁や家具が粉々になって消え去る。
 そして次に視界に入ったのは、満天の星空だった。















あとがき (by ASD)

 ……えー、というわけで「やぱ富士」常連有志による合作リレー小説「ステラ 〜宇宙(そら)に見る夢〜」をお届けします。
 本作は元々、執筆者の一人であるtsukikasa氏が「リレー小説を書いてみたい」と言い出したことから始まった企画です。元々はASDとtsukikasa氏だけで、1、2行ずつちまちまリレーして小規模な短編でも書き上げられれば、という目論見だったのですが、そういう打ち合わせをチャット上にて行っているうちに草渡てぃあらさん、と〜みんさんの2名も参加する事になり、4人体制でスタートしたのが2004年の初夏ごろの事。
 とは言え内容的には行き当たりばったり(笑) まずASDが後先をまったく何も考えずに書いた第1話に対してtsukikasa氏がキャラクタ設定などを後付けで考えて、あとは出たとこ勝負という……決まっていたのはリレーの順番だけでしたかねぇ。
 途中、あわや途絶かというくらいに長期に渡って間が空いたり、そんな途絶の危機を回避するためにピンチヒッターとしてきぁさんに後半1話分だけ担当してもらったりとか(汗)、まぁ色々ありましたが、無事にこうやって発表出来るようになって何よりです。
 まぁリレーゆえに多少設定の整合性が怪しいとか、キャラ造形が担当者によって一致しないとか、展開がマジで行き当たりばったりだとか、色々あるかとは思いますがそれらはご愛敬ということで(笑)  全12話を前・中・後編にわけてお届けしますので、ひとつよろしくお願いします。

(2006.3.8)