ep.04 花火と今夜の夕飯についての考察
作:紳士





 いのりが今までずっと見つづけてきたものは、実は花火だったんじゃないかな?
 ふと、そう思いました。思わせてくれました。


 昨日同じ小学校に行っている、いのりのたった一人の友達が、交通事故で死んでしまいました。その瞬間まで気が付かなかったけど、いのりはその男のこのことが、多分…好きでした。
 いのりには両親がいません。小さい頃に死んでしまいました。だからずっとおばあちゃんと二人暮しでした。
 でも今年の一月のとっても寒い朝、おばあちゃんは突然死んでしまいました。
 きっともう誰も、いのりと話をしてくれないと思います。でもいのりもそのほうがいいです。だって、誰とも友達にならなかったら、きっと悲しみは全部どこか宇宙の彼方へ、行ってしまう気がするからです。
 だけどね、だけどね…なんでかわからないんだけど、昨日死んでしまった友達だった男の子のことがずっとずっと、いのりの前で静かにたたずんでいるんです。悲しみを与えるわけじゃなくて、怒りを与えるわけでもなくて、ただ感情を破壊されそうな静けさだけを保って、じっといのりの前にたたずんでいるんです。
 ただじっと、ただじっと、そこに…。
 だからいのりは字に表そうと思います。いのり自身のことを。
 どうか、どうかこの物語ではない物語を、いのり自身のシノプシスを、最後まで読んでください。




                    『花火と今夜の夕飯についての考察』
 いのりは、小学二年生まで、正確に言うと二年生の二学期まで、一番気になる事は、今晩の夕飯だって言う普通の女の子でした。
 でも二学期からいのりは火がとっても怖くなりました。とってもとっても怖くなりました。どんなに小さな火でも、頭の中でぐんぐん大きくなっていって、ぐるぐる回っていのりは気を失ってしまうようになりました。
 なぜかって?それは火事のせいです。
 目の前で火がぐんぐん大きくなっていって、みるみるうちにパパとママを飲み込んでしまいました。そしていのりは、おばあちゃんと二人暮しの火を怖がる、それだけのちっぽけな女の子になってしまいました。けれど何故だか分からないんだけれど、本当に分らないんだけれど、花火だけは平気なのです。何故だか分らないけれど…。
 いのりは友達の女の子とさえ、上手に喋れなくなってしまいました。そうしたらだんだん友達が減っていってしまいました。やがて、三年生になる頃には友達は一人もいなくなってしまいました。
 それでもそのもっと前から変わらずに、いっつも悪戯をしてくる男の子がいました。ここではその男の子をA君と呼ぶことにします。ごめんなさい。まだその名前を直接目にすると、神経が割れてしまいそうだから…。
 まだパパとママが死んでしまう前は、夕飯と同じぐらいに気になっていました。でもね、そのときはいい意味じゃなくてです。だって毎日毎日髪の毛を引っ張られたり、筆箱を取られたり、スカートをめくられたりすれば、誰だって気になると思いませんか?悪い意味で。
 でも殆どA君のことを、正確に言うとA君の悪戯が気にならなくなりました。一応誰かが庇ってくれるんですが、それでもいいよと言ってしまうようになりました。
 A君はもともといろんな女の子に悪戯をしていたのですが、それ以来いのりだけが悪戯をされるようになりました。
 今考えると、少しでもいのりを元気づけようとしていたのかもしれません。不器用な人なりに…。それでもしばらく態度を変えなかったら、今度はよく話し掛けてくるようになりました。最初は無視をしていたんだけれど、少しずつ話をするようになりました。
 

 いのりはいつのまにか、よくA君と二人でいる事が多くなりました。違うクラスになった年も、休み時間になるたびにA君はいのりの所へやってきました。いつも、いつもやって来ました。
 だんだん私もA君が来るのを待つようになりました。
 周りはからかってきたけれど、いのりもA君もぜんぜん気にしませんでした。いのりにはぜんぜんその気がなかったし、A君もそんな事を気にするような、くだらない人ではなかったからです。
 A君にならなんでも話せる、A君には隠し事をしないそんな関係になったのは、あれから三年以上が経ってからでした。
 好きな人のことを相談された事もありました。何回も喧嘩をしました。周りには痴話げんかに映っていたんでしょうか?それでも酷いときは、一ヶ月以上も顔を合わせないときもありました。
 いのりは少しずつだけど、前のいのりに戻れているような気がしていました。もちろんそれはA君のおかげなのだけれど。
 A君は自分を認めることを教えてくれました。今日の夕飯はコロッケかな?と思っているいのりも、ぐるぐるの火を見て倒れてしまういのりも、パパとママを思い出して泣いているいのりも、全部いのりだって言うのを分らせてくれました。
 傷つく事を見つめる、傷ついて壊れそうな自分を見つめる、傷つく事を認める、傷ついて壊れそうな自分を認める、とっても痛くて苦しいんだけど、そうしなければまた一番ちっぽけな自分になってしまうから…。
 
 
 でも二人で出かけたこと、つまりデートをした事はありませんでした。
 不思議な、そうとっても不思議な関係でした。ひとつだけ言えたことは、いのりにとってはA君はいのりの中の一欠けらだったという事です。
 でもいのりは、A君にとってどんな存在だったのですか?お願いです、教えてください。
 さっき、当時はその気がなかったと書きましたが、なかったわけじゃなくて、分らなかっただけかもしれません。今なら分るのかと言われれば、それはそれで器用には答えられませんが…。
 A君には分っていたんでしょうか?分っていたとしたら、どこまで分っていたのでしょうか?


 そして今年の一月、おばあちゃんが死んでしまいました。感情に“ひび”が入ってしまうような、そんな寒い朝の事でした。
 おばあちゃんは、いのりにとっても優しくしてくれました。だからいのりは、おばあちゃんのことが大好きでした。どんなにちっぽけになっても、あと一歩のところでいのりでいれたのは、A君と、そしておばあちゃんがずっといのりの近くでいのりの事を見ていてくれたからです。
 そのおばあちゃんが死にました。
 いのりはすぐに救急車を呼んだんだけれど、すでに手遅れでした。
 

 その夜、いのりは病院を抜け出して、自分の家に火をつけました。そしてめらめらと燃えている家の前で、ずっとくすくすと笑っていました。クスクスクスくすくす笑いました。人がいっぱい出てきたけど、クスクスクスクスくすくす笑いました。
 その時、A君がやって来ました。そしていのりを…叩きました。
 どんなに悪戯をしても、絶対に叩いた事のなかったのに、A君はいのりを叩きました。
 そしていのりをきつく抱きしめると「俺たちって…友達だよな」と言いました。
 いのりは泣きました。いっぱい人がいたけど、全く気にはしないで声を上げて泣きました。A君に強く、血が滲むぐらいに強くしがみついて泣きました。
 誰のものでもない、誰のためでもない涙をたくさん、たくさん流して泣きました。
 決して綺麗な涙ではありませんでした。いのりの嫌いな部分や、汚い部分、好きな部分や綺麗な部分も、すべて一度洗い流して、新しいいのりに成れるように…そんな涙でした。
 A君ならすべてを受け止めてくれると信じて、いつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでも…泣きやめませんでした。


 その火からいのりはもっと火が怖くなりました。毎日毎日火に魘されるようになりました。それは昔のいのりに戻る事のできた、代償だったのでしょうか?
 友達もできて、気になる事は今晩の夕飯とA君、それから火だけ、そんないのりに戻れた代償でしょうか?
 それでも毎日毎日魘されていたので、精神病院にも連れて行ってもらいました。でも何一つ分らなくて、別の病院を紹介してもらいました。その病院には行っていませんが。
 それからどこに引っ越したのかというと、それはA君の家です。小学校を卒業するまでの一年間と言う条件付で。
 中学校からは、遠くの親戚の人に引き取られる事になっていました。
 当然いろいろな噂が流れたけれど、そんな事下らないです。何でみんなそんなに噂が好きなんでしょうか?


 一度だけ、A君の家族みんなでディズニーランドに行きました。
 最初にまず走ってスプラッシュマウンテンに行きました。開園前から並んで、しかも一生懸命走ったのに、三時間も待たされました。A君なんて怒ってお父さんとお母さんといのりに並ばせてミッキーを殴りに走って行ってしまいました―――これは余談ですが、その後でA君は半べそをかきながら帰ってきました。理由を聞くと、ミッキーがいなかったから代わりに白雪姫のおねいさんのスカートをめくったら、七人の小人にぼそっと「…次やったら…覚悟しろよ」と“いかちぃ”声で言われたそうです。その後しばらく小人を見ていたら酔っ払って白雪姫に絡んでいったおじさんがその小人に引っ張られて影で……―――。その後でホーンテッドマンションに行くと、A君は終始半べそでいのりに「大丈夫だからな、俺が守ってやるぞ」と言ってくれました。いのりは全然怖くなかったけど、嬉しさとくすぐったさからくる笑いをこらえながら、小さな声で「うん」と言いました。
 それからいろいろ回って、暗くなってきた頃にシンデレラ城に行きました。そこでなんとA君が最後のところで剣を渡されました。そしてその後でもらったメダルをいのりに渡して「これはえんげーじりんぐだからな」と言いました。A君のお母さんにえんげーじりんぐってなあにと聞いたんですけど、笑うだけで答えてもらえませんでした。えんげーじりんぐって何ですか?
 最後のパレードを見ているとき、ふとお母さんとお父さんの事を思い出しました。何故だかは今でも解かりませんが、悲しくはなく、とてもすがすがしかったです。


 そしてそのA君も昨日、死んでしまいました。
 友達ができたなんて思ってたけど、そんなのは妄想だったときがつきました。
 いのりは今、独りきりです…。




 上の文章を書いて、一週間がたちました。この物語ではない物語には、もう少し続きがあります。タイトルもまだいまいち解からないでしょ?
 アキの遺品を整理していたとき、一枚のいのり宛ての手紙が出てきました。



                         いのりへ 
 
    いのりがこれを読んでるって事は、俺は勇気を出していのりにこの手紙を出せたって事だな。偉いぞ、俺(笑)。
    だってさんざんいのりの前では馬鹿を装ってる俺が、いきなりこんな手紙を出したら、なんだか笑われそうだからさ。
    えーと、単刀直入に言わせて貰うと、俺はいのりの事が好きだ。気が付いてたよな?あからさまだったし。
    まだ夜はうなされてるのか?だとしたら少しだけそのことにも触れておこうと思う。
    ラブレターらしくなくて悪かったな!
    でも俺らしくて結構良くないか?
    きっとさ、いのりがいつも見てた火ってのは、親が死んだ火事の日でも、ばあちゃんが死んだ時の火でもなかったんじゃないか?
    あれはきっと、花火の火だよ。
    だって毎日夕飯ぐらいしか気にしないようないのりが、そんなに繊細だとは俺には思えないし。
    ごめんごめん、冗談だよ。
    いのりの繊細さは俺が一番知ってるから。
    いのりが花火を怖がらないのは、記憶のせいだよ。
    覚えてる?クラス発表の日、入学記念で、担任の先生のおごりで、全員で花火をやったこと。
    あの日からずっと好きだったんだ。その時花火が大好きだって言ってただろ?
    覚えてないか。普通は覚えてないよな、そんな事。
    でもさ、毎月冬でも親と花火をやるって言ってただろ?
    きっと、無意識のうちに、どこかで花火と親を結び付けて考えていたんだろ?
    花火と火を対称的なものとしてみていたんだと思う。
    だからうなされていた火も、花火だったんじゃないかってさ。
    対称ってのは、手を伸ばせば届くくらい、すぐ近くにあるものだから…。
    さーて、今日の晩飯は何かな?
    お母さんに言って、いのりの好物のビーフストロガノフにでもしてもらうかな。
    これか――――――――――――――――



 大丈夫だよ、どんなラブレターよりもラブレターらしいよ。
 私は繊細じゃ…ないよ。だってアキの気持ちに気付けなかったんだもん。
 クラス発表の日の事は、良く覚えてるよ。一番楽しかった日の一つだもん。
 花火、そうかもね、花火かもね。アキに言われる事なら、いのりは何でも信じられるよ。
 夢はもう見ないよ、だって決めたもん。魘されないよ。だって…花火だもんね。
 今はもう花火はいのりにとって、パパでありママであり…アキだから…。
 好きだよ、大好きだよ。いのりもアキに手紙を書くね。
 それでちぎって海に沈めるから。
 絶対に読んでね。約束だよ?
 そしたらラブレターの続き、読ませてね。
 今晩の夕飯は何かな?















あとがき

 この作品は、はじめにタイトルが決まりました。
 …それでどうしようとか思いましたけどね。だって、こんなタイトルですし。
 話は変わりますけど、ディズニーランドで酔っ払い云々と言うのは…マジらしいです。バイトやってる先輩から聞きました。でも中では酒は売っていないはずだけど…まあそこは大人の事情で。
 まあディズニーランドでは素直に童心に戻るか、カップルで楽しみましょーね。
 あとシンデレラ城に行ったことのない人は、最後に剣をもらってというのが解らないと思いますが、まあそこは…頑張って…ねぇ。
 少し説明しますと、最後におねいさんに「誰か怪物を剣でやっつけてくれないかな?」(うろ覚え)とか言われて、戦隊物のショーのノリで前に出されてから剣を渡されて、「ぎゃーーー」とかやるんですよ。……この説明で解かるのだろうか…?
 解からない人は一度行ってみませう。ではでは。