とれじゃあ・はんたー
作:ごりっぺ





        (1)

「キャァァァァーッ!」
 突然、絹を引き裂いて千切りにするような女性の悲鳴というやつが、我輩の耳に飛び込んできた。
 大陸を東西に貫く大街道からわずかにはずれた山林の小路。伝説の秘宝『奇跡の石』を求め、そこを我輩たち一行が征く途中から、この物語は始まる。
「ムム、なんだ今の悲鳴は」
 我輩を腰に差した長髪の男が、険しい顔つきをしてあたりを見回した。カラスの濡れ羽のような黒い髪に黒い瞳。サーベルのような長身に、これまた黒色に染めた鉄製の胸当て鎧を身に付けたこの男が、現在の我輩の持ち主である。
 名はファラン=グランロード。いちおう、剣闘士(ソード・ウォリアー)だ。
 見れば、道の前方で数人の身なりの悪い男たちが一人の少女を取り囲んでいた。おそらく、最近このあたりに出没している盗賊の一味だろう。盗賊たちは我輩たちの存在にはまだ気づいていないようだ。
 申し遅れたが、我輩の名はエクソカリパー。
 人語を解する『生命の宿りし剣』であり、高貴なる気品を秘めた名剣中の名剣と自負している。
 ただ、我輩の名を聞いてどこかの聖剣と勘違いする輩がたまーにいる。まったく迷惑なことだ。
 ん?そこの君、なんだその間の抜けた顔は。我輩が喋るのがそんなに不思議か?剣が喋るくらいで驚いてはいけない。広い世の中には辛い砂糖や冷たいお湯や西から昇る太陽だってあるのだぞ。そんなことも知らんで我輩の冒険譚を聞こうというのかおぬしは。
 これだから最近の若い者は・・・・・ブツブツ・・・・・。
「きっと助けを求める女性の悲鳴に違いない。いくぞ、エステル!」
 我輩が深い思惑の泉に沈んでいる間に、ファランは自分の相棒にそう告げていた。
「えぇぇ、でもぉ、恐い事態になったら恐いじゃないですかぁ・・・・・」
 ファランの仲間であり、「亜人」と呼ばれる獣人族の娘が、おびえた表情でファランにわけのわからないことを言った。
 草色の衣服を身に付け、肩まで伸ばした蜂蜜色の髪に、こぼれ落ちそうなくらい大きな翡翠のような瞳。年齢はたしか19歳ときいているが、微かにそばかすをのこしたその顔立ちは実年齢より幼く見える。
 獣人族といっても、外見はほとんど人間と変わらない。ただ、頭の上に仲良く並んで生えている「猫耳」が亜人たる証であった。
 オドオドと消極的なエステルに、ファランは憤慨したようにうすい眉をつりあげた。
「何を言っているんだ。困っている人がいれば助けてやるのが冒険者、いや勇者たる者の使命だろう」
 「勇者」というところに思いきり力をこめて言い放つやいなや、エステルの返事も聞かずにファランは盗賊たちの方へと駆け出していた。
「あぁ、待ってくださいご主人さまぁ〜」
 自分を置き去りにして駆け出したファランの後を、仕方なくといった様子でエステルは追いかけた。
 ここで説明しておかねばなるまい。ファランとエステルは「冒険者」と呼ばれる人種だった。もっとも、どこかの職業斡旋所にそんな職業が登録されているわけではなく、自分たちで勝手にそう名乗っているだけである。
 一般に冒険者といえば、まっとうな社会に適応できない食いつめ者や、流血嗜好者や魔術耽溺者や、金銭欲情者などなど、ろくでもない連中と思われがちだが、中には我輩のように高貴にして良識に溢れる者もおるのだ。まぁ、我輩は人間ではなく剣なのであるが・・・・・。
「・・・やめてください、私はそんな脅しには屈しませんよっ」
「へ、強情な女だ。命が欲しけりゃとっととその腰からさげている皮袋の中身をよこしな。金貨がたんまり入っているんだろう?」
 芸のない口調で芸のない脅し文句を吐く盗賊達に対し、少女は怯えながらも気丈に抵抗している。
 そこへ、土煙を巻き上げてファランが駆けつけた。
「まてまてまてまてまてぇい!野盗ども、これ以上の狼籍はこのオレ様が許さんぞ!」
 ファランはあらん限りの大音量で盗賊たちにびしぃっと指をつきつけた。
「な、なんだてめぇは この女の仲間か?」
 盗賊の一人が突然のファラン達の登場にうろたえた表情を浮かべた。
「オレ様こそ、かの剣聖バランシュの再来と謡われた超絶天才剣士、ファラン=グランロードだ!」
 我輩も初耳だぞ、そんな話。ほら、盗賊どもも、皆そろって鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているではないか。
 しかし、そんな周囲の反応にかまわず、ファランは大音量で前口上を垂れ流し続ける。
「白昼堂々、いたいけな少女を恐喝するクズどもめ、たとえ光の至高神ヴィルガリオンが赦したもうてもこのオレ様が赦さんっ」
 ファランが我輩の柄を右手をそえると、盗賊たちの顔つきも凶悪なものになった。それぞれ抜き身のショート・ソードをかまえる。
「ほう、おもしれぇ。てめぇが俺達の相手をするってのか」
 自称天才剣士は、無言で我輩の柄を強く握った。
 ちょ、ちょっと待てファランよ、なにもそう性急に力で事態を解決しようとしなくてもいいのではないか?話し合ってみれば案外いい奴らかも・・・・・とてもそうは見えんか。でも我輩も血を見るのは嫌だし・・・・・。
 べ、別に我輩が臆病だからそう言っているわけではないぞ。ただ、高貴で上品なる我輩としては平和的解決というものをだな・・・・・。
 我輩の必死の説得にも耳をかたむけず、ファランは我輩の柄を握っていた右手で自分の黒髪をふさぁっとかきあげると、頬の痩けた精悍な(というより単に栄養不足な)顔に不敵な笑みを浮かべた。
「誰がオレ様が直々に戦うと言った?貴様ら下郎どもの相手など、我が下僕で十分。さぁやってしまえ、エステルよ!」
 ファランは背後を振り返った。自分の後ろに控えている(とファランが思っていた)はずの獣人娘の姿は、しかしどこにもなかった。
 ・・・・・いや、居た。道の沿って生い茂る木立ちの陰に隠れて、そっとこちらの様子をうかがっている。
「何をしているエステル、さっさとこっちに来て奴らと戦わんかぁっ」
 額に青筋を浮かべて、ファランは怒鳴った。
「えぇぇ、でもでもぉ、わたし知らない人と戦うなんて恐いことできないしぃ、ここでご主人様の勇敢な戦いぶりを見守ってますぅ」
 エステルは握り締めた両手を小さな口元でそろえて答えた。頭の上の猫耳があらぬ方を向いている。
「おまえそれでも精霊使い(シャーマン)か、この役たたず。後でお仕置だからなっ」
 ファランがなじっても、エステルは木陰で顔をぷるぷると左右に振り、潤んだ瞳でこちらを見つめるだけで一向に前へ出ようとしなかった。
 ちなみに、精霊使いとは、この世の万物に宿る精霊と呼ばれる神秘の存在を操って魔法という奇跡を起こす者たちのことである。
 精霊は、火にも水にも木にも風にも大地にも鉄にも人の心にも宿っていて、なにかと騒がしい連中なのだ。
 魔法という技術は、気合いと根性が大切と伝え聞いている。精霊使いが魔法を行使する際に精霊になめられたらオシマイなのだ。しかしエステルには、その『大切』なものが決定的に欠落していた。彼女が我輩達の仲間になってよりこれまで、我輩は彼女が精霊魔法の行使にちゃんと成功したことを見たことがない。
 ついこの間など、ロウソクに火を灯そうとして、火とかげ(サラマンダー)を召び出し、泊まっていた宿屋を全焼させたこともあったな。
 すべての元凶は、エステルのその気の弱さにある。あの獣人娘がなぜ精霊使いになろうなどと考えたのか、我輩にはまったくもって理解できないのだった。
「えぇいクソ、こうなれば仕方ない。『蒼き雷光』の異名を持つこのオレ様が華麗なる剣技をもって、おまえ達を冥土に送り届けてくれる!」
 ダメダメ猫耳娘に戦わせることをあきらめたのか、ファランはついに我輩を鞘から抜き放ちおった。
 はぁ・・・・・やっぱり我輩が戦うことになったか。こらえ性のない持ち主をもった剣はつらいのぉ。
「エクソカリパー、さっきからブツクサとうるさいぞっ。少しは緊張感を持ったらどうなんだ」
 緊張感や常識などというものを、母親の胎内に置き去りにして生まれたきたようなファランに言われるとは、はなはだ心外であるが、これは声にしないことにした。我輩には奴にはない高貴なる自制心とうものがある。
 我輩の声は持ち主であるファランにしか聞こえない。他の人間にはただ刀身がカチャカチャと鳴っているようにしか聞こえないのだ。
 そうそう、我輩の口や眼や耳がどこについているかはヒ・ミ・ツ。
「オリャァァァッ!」
 気合い一閃、ファランは盗賊の一人(仮に盗賊Aとしよう)に斬りかかった。
 しかし剣撃が盗賊Aに届く前に、ファランは足下の小石につまずいてしまい、
 ズガガァァァァンッ!
 そのままバランスを崩して道端の朽ちかけた古木に激突、我輩は古木に半ばめりこんでしまった。
 あわてて我輩を古木から引き抜こうとするファラン。
「ぐうぅ、ぬ、抜けないっ」
 一瞬あたりを覆う、しらけた空気。
「フ、やるな。このオレ様の一撃を躱すとは」
 ・・・いや、今のは躱すとか避けるとか以前の問題だと思うぞ。
「クソ、なんで抜けないんだ、このこのっ」
 おいファラン、額に脂汗がにじんでるぞ。 あーあ、呆れ果てたのか盗賊たちもすっかり戦意をなくしてしまっているぞ。
 盗賊Aが、必死に我輩を古木から引き抜こうと奮闘するファランに声をかけた。
「おまえ、ひょっとしてただのバカ?」
 確認するまでもなくこいつはバカだ。だが我輩をこいつと同じ目で見るなっ。失礼にもほどがあるぞ。
「おい、こいつどうする?」
「いや、どうするって言われても・・・」
 なんか盗賊たちも対応に苦慮しているようだ。あ、こらファラン、そんな力任せに我輩を引き抜こうとするなっ。刀身が傷むではないか。
「このぉ、いいかげん抜けやがれっ」
 メキメキッ
 ん?なんだ今の妙な音は。
 メキメキメキッ
 ま、まさか・・・。
「どりゃぁぁぁ、抜けろぉ!」
 ズボッ、と我輩が背の高い古木の幹から引き抜かれ、勢い余ってファランと我輩が少女の方へ倒れこんだその瞬間、古木が音をたてて倒壊してしまったのだ。
「「「ギャァァァァァッ」」」
 ズズーン!
 のどかな林道に響き渡る轟音と悲鳴の三重奏。
 ちょうど古木の倒れる位置にいた盗賊たちは、まとめて古木の下敷きになってしまった。 たぶんあの古木、ファランが我輩を突き刺した幹の部分が元々腐っていたのだろう。
 ファランは何事もなかったかのようにスクッと立ち上がり埃を払うと、黒髪をふさぁっとかきあげた。
「フ、すべてオレ様の計算通り。あの古木の幹が腐っていると見極め、わざと狙いを外した剣撃で古木を倒壊させたのだ」
 ホントか、ホントにそうなのか?我輩には単なる偶然としか思えないのだが・・・・・。
「大丈夫ですか美しいお嬢さん」
 あっけにとられたように呆然としゃがみこんでいた少女に、ファランは手をさしのべた。「あ、ありがとうございます。私はリアナと申します」
 リアナと名乗った亜麻色の髪の娘は、美しい上質の絹の服を着た、エステルと同年代の少女だった。
 たぶん服の中身のほうもそれなりに美しいのだろうが、剣である我輩には人間の美的レヴェルはよくわからん。
「オレ様、いや私は天才剣士ファラン=グランロード。男盛りの25歳です」
 この前は道行く娘に18歳とか言って声かけてなかったか、ファラン。
「は、はぁ・・・・・」
 ちゃっかりリアナの手なんか握っちゃって、エステルの突き刺すような視線を感じないか、ファランよ。
「フフ、このリアナというお嬢さんを襲おうとしていた悪党どもはオレ様が倒した。当然ながらリアナはオレ様に感謝と敬愛の念を抱く。そして何かの形としてお礼をしなくては、と考える。そうなるだろう。そうなるといい。そうなるべきだ!」
 あのなぁファラン。そういうことは心で思っても口に出すもんじゃないと思うぞ、我輩。
「あ、あの・・・・・」
 ほら、リアナも困っている出はないか。
「あの、助けていただいておきながらこんなことお願いするのも恐縮なんです・・・・・」
 ム、どうも別のことで困っておるようだな。
「お願いですファラン様、どうかユッケムリを、私たちの町を救ってください」
「はぁ!?」
 リアナの瞳はあくまで真摯だ。冗談を言っているようには見えない。
「むぅ、何やらワケありのようですね。よろしい、どうせユッケムリはこの先だ。道すがらお話を伺いましょう」
「は、はい」
 ファランがそう応じた途端、リアナの白い顔がぱっと輝いたように見えた。
 かくして、我輩たちはユッケムリへと行くことになってしまった。
「あーん、待ってくださいご主人さまぁ」
 あ、置いていかれたエステルが泣きべそかいてる。


        (2)

 ユッケムリは、万病に効くといわれる温泉を求めて旅人や行商人が集まる、古くから活気に満ちた人口五千人ほどの宿場町である。
 以上、大陸観光案内大全より抜粋。
 で、我輩たちがリアナに連れられて到着したのはこの町の町長の家であった。
 なんとリアナは、町長の実の娘だったのだ。
「・・・この度はわたしの娘を救っていただき、本当にありがとうございました」
 もみ手をしながら客間に現れたリアナの父親、つまり町長は酒樽に髭と手足を生やしたような人物だった。
 どうでもいいが全然似とらんぞ、この親子。
「聞けばファラン様たちは旅の冒険者でいらっしゃるとか・・・・・」
 意味もなく偉そうに黒髪をふさぁっとかきあげるファラン。
「いかにも。実はこの町の付近に『奇跡の石』という伝説の秘宝が眠っていると聞いてやってきたのだ」
 こいつは声もでかいが態度もでかい。
「さ、さようですか。たしかにこの町の東に広がる森林地帯の奥にある、いつの時代に造られたものかも判らぬ古代の遺跡に『奇跡の石』が眠っているという噂は、わたしも最近聞いたことがあります」
「やはりな・・・・・」
 口調は渋くても目がニヤけてるぞ。
 我輩たちの生きるこの時代よりはるか昔に、一人の偉大なる大魔術師がその全魔力を込めて造ったとされる『奇跡の石』。
 それを手にした者は、神秘なる奇跡の力を手にすることができるという。ゆえにその価値は計り知れず、一説には金貨十万枚はくだらない、という秘宝なのだ。
「しかし・・・・・」
 お愛想笑いから一転、町長は沈んだ表情をみせた。
「実はファラン様のお力を見込んでお願いしたいことがあるのです」
「話はだいたいリアナさんから聞いている。なんでも今この町は大変な危機にあるそうだな」
「はい。つい最近になってファラン様がお探しの秘宝の眠る遺跡に、邪悪な邪導士(ソーサラー)が住み着いたのです」
 町長は苦虫をまとめて101匹ほど噛み潰したような顔をした。
「邪導士だと」
「ええ、なんでも禁忌とされる魔法生物実験に手を染めて西方の都市の魔導学院を追放された魔術師だそうで・・・・・」
 魔導学院とは、魔力を秘めた言葉を操って奇跡を起こす魔法使いの素質を認められた者たちの集まる修錬の場だと、むかし知り合いの樫木の杖から聞いたことがある。
 一般には正式な魔法語使いを魔術師、悪事を働き外道の烙印を押された魔術師を邪導士、ソーサラーと呼ぶ。
「その邪導士が、こともあろうに魔法でこの町の命ともいえる温泉を枯らしてしまったのです。魔法を解くには邪導士を倒すしかありません。しかし、邪導士の巣くう遺跡や東の森は、邪導士の造り出した異形の怪物どもが出没し、我々では近づくことさえできません。
 このままでは町はさびれ果ててしまいます」
 重い溜め息を吐いて、町長は語を継いだ。
「娘のリアナは隣町まで邪導士を退治してくれる冒険者を雇おうと出かけたところを盗賊に襲われたようで・・・・・」
「なるほど・・・それで皮袋いっぱいの金貨を持っていたわけだな」
 言いながらファランが部屋の隅に控えていたリアナの方に視線を向けると、亜麻色の髪の少女は力なく微笑み返した。
「どうでしょうファラン殿。遺跡の秘宝とは別に報酬をこれ位はお出しできますが・・・」
 親指と小指を折って、町長は金額を示した。
「金貨三百枚か。ずいぶん奮発するんだな」
「あの、いえ、ひとつ桁が違うんですけど・・・・・」
「あぁ、金貨三千枚か。慎み深いオレ様としてはそんなにいらんぞ」
「あの、だからそうじゃなくて・・・・・」
「ひょっとして金貨三万枚か?」
「・・・金貨三百枚でいいです」
 どうした町長。いきなりさめざめと泣き出したりして。腹痛か?
「お願いしますファラン様。どうか、どうか私たちをお救いください」
 ダメ押しとばかりに、潤んだ瞳でリアンがファランにすがりついた。気のせいかファランの肘のあたりに胸を密着させている。
「・・・わかりました。この依頼、お受けしましょう」
 え?受けるのか、どんな危険があるかわからん依頼を。
「うるさいぞエクソカリパーっ。この『黒き疾風』の異名を持つファラン=グランロードに不可能はない!」
 『蒼き雷光』じゃなかったのか、おまえの異名とやらは。
「それに邪導師の巣くうその遺跡に奇跡の石があれば目的が一気に果たせるではないかっ」
「えぇぇ、また恐いことなさるおつもりですかご主人さまぁ。やめましょうよ、ねぇねぇ」
 初対面の人々と顔を会わすのが恥ずかしいのか、今までファランの後ろに隠れていたエステルがだだっ子のようにファランの上着の袖をグイグイとひっぱった。
「やかましいっ。エステル、下僕であるおまえに発言権はない!」
「そんなぁ〜」
 あ、またまた泣きべそかいてる。
「とにかく、心配ご無用。秘宝『奇跡の石』を手に入れ、ついでにこのオレ様が邪導士をしばき倒してみせようぞ!」
 大言壮語。声もでかいが態度もでかい。この一言で、全てが決まった。
 結局、我輩たちはその日のうちに東の森の遺跡へと出発する事になってしまったのだった。


        (3)

 えっと・・・あの、その・・・ご主人様のお供をしているエステルです。
 いまあたしたちは東の森というところを、古代の遺跡に向かって腐葉土を踏みしめながら進んでいます。
 背の高い針葉樹がびっしりと密生し、お日様の光もろくに届きません。
 季節はぽかぽかと心地よい春だというのに、肌寒いくらいです。
 そういえば、町長さんも、町の猟師さんたちでさえ滅多に近寄らないって言ってましたっけ。
 木々のざわめきや、小鳥のさえずりすらも聞こえないこの森は、とっても無気味で恐いですぅ。
 これも、邪導士さんっていう人の魔法のせいなのでしょうか。
 でも、ご主人様はさすがです。恐れるどころか、胸をそらして鼻歌を歌っておられます。
 たしか『大勇者のテーマ』という曲名だったと思います。以前に一度、とある王国の国王様にご主人様が歌ってさしあげたら、感動のあまりその国王様は卒倒されてしまいました。口から泡ふいて白目むいてましたけど・・・・・。
 あたしたちは、お日様が沈む前になんとか目的の場所に無事たどり着くことができました。
 ただ、途中でご主人様が木の根っこにつまずいたり、ご主人様が毒々しい色彩の巨大な食虫植物に食いつかれたり、ご主人様が半透明の気持ち悪い粘着生物(スライム)に襲われたりしましたけど。
 太古の遺跡は、人目を遮断するように樹木の海に囲まれて、ひっそりと佇んでいました。 石材でもなく、鉄とも青銅とも違う、不思議な質感と光沢の金属で、遺跡は造られていて、まるで錬金術士の精錬した魔法金属(ミスリル)のようです。
 しげしげと遺跡を観察していると、驚きました。永い間、風雨にされされていただろうに、全く朽ちた様子がないんです。大きさは小さなお城くらいはあるでしょうか。
 あたしたちの立つ正面に、巨大な遺跡に似つかわしい巨大な両開きの門がありました。
 なんだか文字のような紋様なようなものが門の表面にはビッシリと彫り込まれています。 ご主人様が門を押し開こうとしても、びくともしません。
「どうやら呪的旋錠が施されているようだな」
「えぇ、じゃあどうするんですかぁ。ご主人さまぁ。やっぱりあきらめて帰りますぅ?」
 言語道断。振り返ったご主人様が顔いっぱいにそう語っていました。
「フ、この天才たるオレ様はちゃぁんと開門する呪文を心得ている」
 ご主人様は大きく両腕を広げ、高らかにその『呪文』を口にされました。
「ひらけゴマ!」
 シーーーーーン。
「ご、ご主人様・・・・・?」
 何も起きませんけど・・・と思った瞬間。
 ゴゴゴゴゴッ
「へっ!?」とあたし。
 ゴゴゴゴゴゴゴッ
「おお!」とご主人様。
 な、なんと閉じていた門が、錆びた金属が擦れるような軋みをあげて開いたではありませんか。
 あたし、ときどき世の中が信じられなくなっちゃいます。
 呆然としていると、なぜかご主人様まで呆然としていらっしゃいます。
 開かれた門の先には、まるで異世界の暗闇が広がっていました。
 ふにゃぁぁん、恐いよぉ。やっぱり帰りたいよぉ・・・・・。


 あたしたちが遺跡に足を踏み込むと、まるでそれを待っていたかのように、背後で扉が閉まってしまいました。
 辺りは完全に暗闇に包まれ、お互いの顔さえ分かりません。
「おい、これじゃあ何も見えんぞ。エステル、光の精霊(シャイニー)を召還しろ、光源にするんだ」
 ご主人様のご命令に従って、あたしは精神を集中させて光に宿る精霊に心の中で語りかけました。
「あぁ、光に宿る精霊さん、こんにちわ。いつもピカピカ輝いていらっしゃいますね。ホント羨ましい。そんなあなたにお願いがあるのですが、どうかその輝きであたしたちを照らしてくださらないかしら。いや、ほんのチョットでいいんですけどね。お願いしますよぉ」
 こうやって精霊をおだててその気にさせると、運が良ければその精霊を召還して魔法を使うことができるんです。
 あたしの召びかけに応えてくれたのか、あたしの掌の上に青白い光求が出現し、あたしとご主人様の顔を照らし出しました。
 ただし、ほんの瞬きする間だけだったんですけどね。辺りはまた元の暗闇に逆戻り。
「・・・あ、あれぇ。おかしいなぁ」
「エ〜ス〜テ〜ル〜。おまえまた失敗したな」
 ひぇぇ、顔は見えずともはっきりとご主人様の怒気が伝わってきます。
「今夜、おまえお仕置二回な」
 お仕置って、耳に息を吹きかけるアレですかぁ。あたしアレすごく苦手なのにぃ・・・。「タク、おまえを頼りにしたオレ様が愚かだったな。仕方ない、タイマツを使うか」
 そういう便利な道具があるなら最初から使ってくださいよぉ・・・と思っても口にはできません。お仕置三回もされたらあたし、失神しちゃいますもの。
 火打ち石を使うカチカチという音が、辺りに何重にも反響して、タイマツに明かりが灯り、そこが奥へと続く一本の通路であることが分かりました。
 少し埃っぽくて、奇妙にひんやりとした空気。継ぎ目のない苔むした壁。
「ホントにこんなところに『奇跡の石』があるんですかぁ。あたし疑問ですぅ」
 なんだか急に不安になってきて、あたしは思わずそう呟いてしまいました。
「あるっ。必ず『奇跡の石』はあるはずだ。この遺跡のどこかにな」
 自信たっぷりに、ご主人様は仰られました。
「あの、何か根拠があるんですか?ご主人様」
「根拠はある。オレ様の天才的な勘がそう告げているのだ」
 ますます不安になってきました、あたし。 遺跡は、文字通り迷宮と化していました。
 邪導士が造り出した、あるいは仕掛けたモンスターや罠があり、探し求める財宝さえちゃんと存在すれば、迷宮に必要な三要素がそろうことになるって、昔あたしのおじいちゃんが言ってました。
 だから、たとえ道がほとんど一本道であろうと、迷宮は迷宮なんだと思います。
 たとえば、突然天井から槍の雨が降ってきたり、行く手に魔法のクモの巣がびっしりと張られていたり、壁から無数の毒針が飛んできたり、逆杭を底に並べた落とし穴があったりしました。
 でも、ご主人様はさすがです。全ての罠にかかりながら、その全てを突破したんですもの。おまけにかすり傷一つ負っていません。
 ご主人様は自慢の黒髪をふさぁっとかきあげて、こう仰られました。
「フ、オレ様はどんな罠にかかってもけっして傷つかない体質なのだ」
 なるほど、体質だったんですね。さすがご主人様、すごいなぁ。
そしてとどめは、迷宮の最深部、邪導士の部屋へと続く門番の石像獣(ガーゴイル)。きっと邪導士によってかりそめの命を吹き込まれた、魔法生物です。
 カラスのような頭部に真っ赤な双眼。背中にコウモリの翼を生やし、鋭い鈎爪がいかにも凶悪そうで、恐ひです。
『これより先、主の許可なき者を通すわけには−』
 ガゴォォォンッ!
 ガーゴイルが台詞を言い終わらないうちに、無造作にエクソカリパーさんを振るった一撃が、ガーゴイルの頭を粉々に砕いていました。
 な、なんか味もそっけもないですね、ご主人様。せめてこう、もう少し型通り剣を交えるくらいのことをしてあげてもいいのでは・・・・・。
「なんか文句あるのか?エステル」
 と、あたしをジロリ。
「い、いえっ。滅相もないですぅ」
 ご主人様ったら、時々思い出したように強くなるんだから。
 と、とにかくご主人様は、無意味に豪華な最後の扉のノブに手をかけました。
 この奥に奇跡の石を持った邪導師がいるんですよ、きっと。
 予想に反して旋錠されていない扉の先は、予想通り邪導士の部屋でした。
 二頭馬車が二台並んで入れそうな広さの室内の中央奥には、玉座らしき革張りの椅子が一つ。
 様々な年代の本がおさめられた本棚が一つ。
「むぅぅぅっ」
 そして部屋の隅には、縄で身体を縛られ、さるぐつわをされたリアナさんが一人。
 ・・・え?リアナさん!?
「「リ、リアナさん、どうしてこんなところに!?」」
 ご主人様とあたしの声が見事にハモりました。
 驚いたあたしたちが慌てて駆け寄ってリアナさんの拘束を解くと、リアナさんは吐く息も荒く、更に驚くべきことを告げました。
「ファ、ファラン様、大変です。ファラン様が町からご出発なされた後、私の部屋に突然黒いローブを身に付けた邪導士が現れ、私を誘拐してここに監禁すると、自らは私の姿に変身して何処かへ消えてしまったんです!」
「な、何ですって!?」
 必死の表情で訴えるリアナさんを見れば、嘘を語っているわけではないことは容易に分かりました。
「ムムゥ、なんたることだ・・・・・」
 さすがに表情を曇らすご主人様。
「リアナさんっ」
 真剣な眼差しでリアナさんを見つめて、その小さな肩をつかむご主人様。
「は、はい」
 緊張した面持ちでご主人様を見つめ返すリアナさん。
「伝説の秘宝『奇跡の石』の在処をご存じないでしょうか?」
「へ!?」
 さ、さすがご主人様。この急展開でも当初の目的を忘れていませんね。
 一瞬の自失から立ち直って、リアナさんは律儀に答えました。
「そういえば、あの邪導士は私を誘拐するときに『これで町の秘宝はいただいた』とかなんとか言ってました・・・・・」
「そうか、そういうことか・・・!」
 ということは、この遺跡に秘宝があるという噂は邪導士の罠で、本当はユッケムリに『奇跡の石』があったということですよね、ご主人様。
「町にも別の秘宝があったのか、これわ気づかなかった!」
「・・・・・」
「ん?どうしたエステル、床に油が塗ってあるわけでもないのに足を滑らせて倒れるとは。変な奴だな」
「い、いえ、なんでもないですぅ」
 あたしが大きく溜め息を吐いた途端、巨大な歯車がいくつも噛み合って動くような轟音が室内に響き、ついで天井にぽっかりと大きな穴が開いたのです。
『クックックックック』
 どこからともなく、おどろおどろしい低い男の人の笑い声が聞こえてきました。
「ハッハッハッハッハッ」
 無意味に対抗しないでください、ご主人様。
『我が聖域を侵すものよ、水責めの中で苦しみながら死ぬがいい』
 謎の声が宣告すると、天井の穴から大量の水がすごい勢いで流れ込んできたんです。
「ぐわっ」とご主人様。
「キャァァッ」とリアナさん。
「にゃぁぁっ」とあたし。
 カタカタカタ・・・とエクソカリパーさん。
 三人三様と一振りの驚きかたをして、この部屋の唯一の入り口であり、唯一の出口であるドアへ殺到しました。
「むぅ、邪導士め狡猾な。ドアがロックされている」
「ふにゃぁぁ、どうしましょう、ご主人様」
「慌てるなエステル。おまえも精霊使いなら「水中呼吸」の呪文とか使えるだろ」
「それがそのぉ、あいにく水中呼吸の呪文は知らないんです。海水を真水にする呪文なら知ってるんですけどぉ」
「それが何の役にたつんだ?この状況で」
「あぁ、やっぱりダメですよねぇ・・・・・」
 ふぇぇん、こんなことならもっと真面目に精霊使いの修業しとくんだったぁ。
 あぁ、どんどん水位が増してくるー。
「未来の大勇者、哀れにも溺死、か。あまり絵にはならないな。それにこんな遺跡の中では記念碑もたてられないだろうし・・・・・」
 ご主人様は腕組をして遠い目をされました。
「どうしてあなたたちはそう落ち着いていられるんですかっ」
 あたしは十分に焦っていますよ、リアナさん。ご主人様と一緒にしないでください。
 そのご主人様は黒髪をふさぁっとかきあげて、こう答えられました。
「フ、この天才剣士たるファラン=グランロード、死に直面した程度で取り乱すほどの正気はもとより持ち合わせておりません。リアナさん」
 それって自慢なんですか?ご主人様。
「まぁ、落ち着いて他の脱出方法を考えてみよう」
「何か、思いつきます?ご主人様」
「いや、なぁ〜んにも」
 ・・・・・一瞬でも期待したあたしがバカでした。
「それなら、どうしてそんなに落ち着いてられるんです!」
 いちいち絶叫していると、喉を痛めますよぉ、リアナさん。
「こういうときは、何か秘密の脱出装置とかあるもんなんだ。それが世の中の常識、お約束というものだ」
 そんなもんなんですか。知らなかったなぁ。
「そういえば、私を誘拐した邪導士は、玉座の後ろの隠し扉の奥へ入っていったんでしたわ」
 ハッとした顔つきで、リアナさんが言いました。
「隠し扉か。なるほど、きっとその奥に何かあるに違いない」
 そんなワケであたしたちは玉座の後ろの壁をペタペタと探したんですが、それらしい扉は一向に見つかりません。
「ふにゃぁぁ、もう膝下まで水が溜まってきてますよぉ」泣きそうになりながら壁をペタペタペタペタ。
「アレ!?このボタンなんだろう」
 玉座の背もたれの裏側にさりげなくついていたボタンを、あたしは押してみました。
 すると、驚いたことに壁の一部に切れ目が入り、扉が音をたてて開いたではありませんか!
「でかしたぞエステルッ」
 もうダメだと諦めかけていただけに、みんな狂喜乱舞です。
 なんて御都合主義的・・・もとい、運が良いんでしょう。
 扉の奥には小部屋があり、そこには魔法陣が描かれていました。
 予想通り、魔方陣には脱出用の瞬間転移(テレポート)の呪文が封じられていました。
 あたし自身が試してみたから間違いありません。
 あたしたちは、助かったんです!


        (4)

「クックックックック。すべて計画通りだ」
 一滴残らず枯れたユッケムリの温泉大浴場。
 その中央、床に開いた大穴の底に埋もれた、伝説の秘宝『奇跡の石』を前にして、ワシは思わずほくそ笑んでしまった。
 ワシを倒そうとやってきた冒険者どもを、遺跡に秘宝があると偽りの噂を流しておびき寄せ、その隙にワシは町長の娘に魔法で変身して難なくこの女風呂に埋まっている『奇跡の石』を手に入れる・・・・・。
「我ながらなんとも壮大にして遠大なる計画よのぉ」
 それにしても憎らしきは魔導学院の学院長だ。ワシがちょっと魔神王を造ろうとして学院が全壊したからって、ワシを学院から追放しおって。
 『奇跡の石』に秘められた『奇跡の力』を手に入れたら必ず復讐してやる。
 目的の『秘宝』は、ワシの足下に半ば以上埋もれた状態だった。元々はきれいな球形だったのだろうが、今はわずかにてっぺんの部分が外気に触れているだけである。それでも、大人が五人がかりでも抱きかかえられないほどの大きさがある。
 ちゃんとてっぺんには『奇跡の石』とでかでかと彫り込まれていた。間違いない、ワシが探し求めていたものだ。
「クックック、これで大いなる『奇跡の石』はワシのもの−」
「そうはいかないぞ、邪導士め!」
「ヌヌ、何奴っ」
 ワシが自慢の漆黒のローブをばさぁっとひるがえして振り向くと、大浴場の出入り口に立つ数人の人影があった。
「オレ様の名はファラン=グランロード。貴様の悪行もここまでだ、覚悟しろ!」
 黒い胸当て鎧を身に付けたマヌケづらの若い男が、ワシに向かって偉そうに叫んだ。
「おまえたち・・・そうか、ワシの流した噂に踊らされて遺跡に向かった冒険者どもだな。いったいどうやってここに?」
「フ、簡単なことだ。貴様が遺跡の隠し部屋に作った魔法陣を利用して脱出し、急いで貴様の後を追ってきたのだ!」
 なるほどな、ワシが緊急時の移動用に作った魔法陣が仇となったか。よく見れば町長やワシが誘拐した小娘までおる。ワシの策略はすでに見破られているわけだな。しかし・・・。
「しかし、すでに手遅れだぞ冒険者どもよ。『奇跡の石』は我が眼前にある。その戒めを、今ワシが解いてくれようぞ!」
「な、なにぃ!」
 冒険者どもは慌ててワシに攻撃を仕掛けようとしたが、ワシが『奇跡の石』を地中より解放する方がはるかに速かった。
 パァァァァァッ!
 七色の光芒を放ちながら、巨大な『奇跡の石』は見えざる魔力の手に引かれて土中からワシの頭上に浮かび上がった。
「クックックックック。今こそ、今こそ『奇跡の力』がワシのものとなるのだぁ!」
 ワシの笑声は、大浴場に狂わんばかりに反響し、冒険者どもはみるみる顔を蒼くした。
 ゴゴゴゴゴ・・・・・
 勝利を確信したワシの高笑いを掻き消すように、地の底から無気味な鳴動が響き渡ったのは、その時だった。


        (5)

 突然、モグラの大群が地中で暴れ回っているような地響きが、オレ様の鼓膜をしたたかに乱打した。
 ム、オレ様が誰かだと?知らぬなら教えてやろう。オレ様こそ、泣く子も笑う天下無双の天才剣士ファラン=グランロード様だ。覚えとけ。
 おっと、名乗っている間にも地響きはどんどん強くなっていくようだぞ。
「な、なんだ 地震か?」
 背後から町長の悲鳴混じりの声が聞こえる。
 しかし歴戦の勇者であるオレ様は動じることなく、怪しげな魔法で『秘宝』を頭上に掲げた邪導士をキッと睨み据える。
「奴もどうやら予想外の事態に動揺しているようだ。この隙に一斉に攻撃を仕掛けるぞ、エステル−」
 あ、こらエステル。恐いからって床につっぷしてぴぃぴぃ泣くんじゃない。仮にもおまえも冒険者だろうがっ。
 ゴゴゴゴゴゴゴッ!
 そんなオレ様の嘆きにおかまいなく、耳障りな地響きは更に大きくなっていき、それが最大に達した瞬間、『奇跡の石』が埋まっていた穴から、すさまじい勢いで温泉水が吹き上がった。
 シュバァァァァッ!
 どうやら『奇跡の石』が埋まっていた穴は、巨大な間欠泉だったらしい。
「そ、そんなバカなぁぁぁぁ・・・・・」
 穴の間近にいた邪導士は、間欠泉のとてつもない潮吹きに巻き込まれて空の彼方へ吹っ飛んでいった。
 それが、オレ様たちが見た邪導士の最後の姿だった。
 事件はこうして、あまりに唐突に、あまりにあっけなく終嫣を迎えた・・・・・。


        (6)

「プハァ、やっぱ温泉の後は冷えた麦酒(ビール)にかぎるよなぁ」
 浴衣姿でジョッキを片手に、すっかりファランはくつろいでいた。
 この伝説的名剣エクソカリパーとその他二人が事件を見事解決した翌日、我輩たちは町長の家で労をねぎらう宴を催してもらっていた。
「本当にありがとうございます。おかげでこのユッケムリの町は助かりました」
 町長が丸い身体を更に丸めて頭を下げる。
「ブァッハッハッハ。大いに感謝しろよ町長。全てこのオレ様の活躍によってこの町は救われたのだからな」
 酌をするリアナの肩にさりげなく手をまわしながら、ファランは上機嫌で笑った。別におまえが邪導士を倒したわけではないだろうに・・・・・。
 その邪導士が消え去って魔法が解けたのか、町の温泉も元通り湧くようになり、町の人々も大喜びだった。
「でもでもぉ、結局『奇跡の石』は手に入らなかったんですよねぇ」
 おちょこ一口で顔を真っ赤にしているエステルが、猫耳をピクピクさせながら言った。
 しかし、オレンヂジュース一口で酔えるとは・・・・・うーん、獣人族には謎が多い。
 そのエステルの言う通り、『奇跡の石』は間欠泉の蓋として元の場所に埋まることとなってしまった。
 今にして考えてみれば、『奇跡の石』に秘められた『奇跡の力』とは、温泉のことだったのであろうな。なにせこのユッケムリの温泉は、万病に効くといわれ、古くから『奇跡の湯』と言い伝えられているのだから。
「でもまぁ、報酬の金貨三千枚は貰えるわけだし、まるきり無駄骨だったというわけではないさ」と、また高笑いのファラン。
「・・・金貨三百枚です」と、冷静に訂正する町長。
 その後、迷惑がる町長やリアナを気にもせずに、ファランたちは一カ月近くユッケムリに滞在し続けたのだった。


 今回の教訓・万病に効く温泉でも、バカを治すことはできない。


                END