カフェ・トロント
作:春田ハルタ





今日もあの太陽の野郎はぎらぎらと照りつける。
そういえば野郎と言ったが、太陽に性別があるんだろうか?
………どうでもいい。
くそ暑い、くそ暑い、くそ暑い!
とにかくこの暑さをどうにかしてもらいたいものだ。
屋内に入ればいいだろって?
入れれば世話ないって。
なぜならここはオーストラリアの砂漠の真ん中の、ハイウェイ沿いの
モーテルの隣のカフェの隣のガソリンスタンドで、
俺はそのガソリンスタンドの雇われ店員ってわけ。
わかる?
その上ここの親父ってば、自分はモーテルのオフィスで
クーラーガンガンにつけてるくせに
俺には
「お前のガソリンくさいつなぎで店の中に入るな!」
…だとよ。
どーよこの理不尽さ。
その上これで忙しいならまだ気もまぎれるけどよ、
ガソリン入れにくるのは日にトラック5台。
なんだってんだ!なんでこんなところに雇われちまったんだ俺は!
全く、なにが「明るく楽しい職場」だよ。
明るすぎて暑いじゃないか、太陽が!

……愚痴ってもしようがない。
とりあえず楽しいことでも考えよう、いつものように。
そう、いつものようにこの砂漠をビーチに、
ハイウェイの向こうの陽炎を海に、
モーテルの看板の下卑た女の絵を俺好みの女に、
よしよし、俺はいまゴールドコーストで女はべらしてるぞ。
そういう設定だ。
俺は今海だぞ、暑くても平気平気。
なんつっても俺の隣には極上のグラマーな彼女がいるし、
その水着の最強なことといったらもう……

パーーーーーーン
はっと気付くとスタンドに車が止まっていた。
いかん、いかん。

おっ、珍しいな。セダンか、旅行者か?
「いらっしゃい、満タンで?」
運転席を覗きこむとサングラスをかけた太った爺さんが俺の顔を見る。
「ああ、満タンでな。あと、便所はどこだね?」
「トイレは、そこのカフェのとなりっすよ。気をつけてくださいね。」
「なにがだね?」
「あの便所、おつりがくるんスよ。あと便座も壊れそうなんで。」
「そうか、ありがとよ。」
爺さんはそう言うと車から降りて、
ノシノシと擬音が似合うふうで歩いていった。
象、いやカバだな、そっくりだ。
まあいいや、とりあえず仕事仕事。

鼻歌なんか歌いながら入れちまおう。
ふふふ〜ん………
よし完了。
まだ、爺さんは便所から出てこないな…。
こういう時って見るとはなしに車内をみちまうんだよな。
まあ、俺の場合は覗きこむのが半分趣味みたいなもんだけどな。
どれどれ?おっ、あんな爺さんのくせにやけに可愛いマスコットぶら下げてやがるな。
あとは地図と…食いかけのサンドイッチ、電池、発泡スチロールの箱、
スラッシュのCD、テレビのリモコン、目覚まし時計、
…わけわかんねえ

後部座席はっと、
スーツケースが詰まってやがる、やっぱり旅行者だな。
この先の観光地にでも行くところだろうよ。
でも…それにしては荷物多すぎないか?
スーツケースが…1,2,3つか。一人旅にしてはずいぶんと多いな。
ひとつに子どもなら入れそうなスーツケースだ。
中ぐらいのサイズってとこか。
おっ、後部のトランクがちょっと空いてる。
いけませんねぇ。だらしないねぇ。
こういうふうにだらしないと覗いちゃいますよ〜。

ギ・ギギ…
さび付いてるらしくやな音を立てながらトランクを開いてみる。
ここもめちゃめちゃだ。こりゃトランクには鞄詰めないわな。
工具やらなんやらでぐちゃぐちゃだ。
ん?なんだこれ?

「!!」
に、肉きり包丁じゃねえか!しかもチャイニーズレストランとかで
よく使ってるでかい奴!
し、しかもおい!なんか血みたいなのがこびりついてるぞ!?
ま、まさかあの爺さんレザーフェイスみてえに
こいつで人を切り刻んでんじゃ………。

いや、まてまて。
こいつは、包丁だ。肉だって切る。
もしかしたら豚とかの解体だってするかもしれない。
その時に血がついてもおかしかない。そう、おかしくはない。
おかしくないからこれは戻しましょう。はい戻します。
さて他には何かないかな〜?

……おいおいおい
チェーンソーだよ…しかもこれにも血みたいなのついてるよ…。
まさしくテキサスマサカー!
冗談いってる場合じゃないって。
普通チェーンソーには血はつかないよな…。
みなかったことにしようみなかったことに。
俺は何も見てないよっと。
「バタン」
トランクは閉めました。何もみてないぞっと

この車には関わるのやめとこう、爺さんはやく便所から出てこいよ。
もうとっとと清算して早く出ていってくれよ〜。
正直俺怖いって。
ん?よく見ると後部座席のスーツケースから…なんか…
……髪の毛じゃん!
ぜってー死体入ってるってあのスーツケース!!
きっとあの肉きり包丁でバラバラにして詰め込んであるんだー!!
もう!なんで見なきゃいいのに俺は見てしまうんだー!!

早く出てきて爺さんマジで!
………そういややけに遅くないか?
大便ふんばってるにしてももう少し早く出てくるだろうが。

ちょいっと…聞き耳でも立ててみようか?
爺さんの便所の音聞くなんざいい趣味じゃないが
気になるんだよ。とっとと出て行って欲しいしさ。
そう、これは業務上仕方ないの!仕方ないんだ!
よ〜し、聞き耳立ててしまおう。
さて、足音忍ばせて、便所の扉に近づこう〜。そそそ〜っとね。

よし、心を決めて。
俺はそっと便所の扉に耳を近づける。
「ぐおおおお〜〜〜」
その途端、耳を近づける必要もないほどの大声が
便所の中から聞こえた。
おいおいおいおい、なんだってんだよ!

思わず俺は飛びのいてカフェに逃げ込む。
「カランカラ〜ン」
いまの俺の気持ちにはそぐわない軽薄な音だ。
とかそんなことじゃねぇ〜!
「いらっしゃ…なんだジョーイ、お前店には入るなって言われてるだろ?」
あきれた顔でカフェのカウンターの中から店員のリッチーが言う。
(あ、ちなみに俺の名前がジョーイね?)
「そ、そそそそそそれどころじゃないんだって!」
「なんだよ、なにあわててんだよ?」
「包丁で、チェーンソーで!トイレでグお〜〜〜!!って!」
「わけわかんねえよ、お前。」
煙草に火をつけながら冷静にリッチーは俺を見ている。
冷たい奴だ、全く。
「だ、だからだな!」
俺はリッチーに車と便所のことを話す。
「ふ〜〜〜ん」
リッチーは何も驚かずに煙を吐き出す。
「ふ〜〜〜んっておまえ!怖くないのかよ?」
「べっつに〜。」
「なんでだよ!殺人鬼かも知れないんだぞ!?パラノイアだぞ!?」
「とりあえず、便所に早く行けよ。」
「は!?」
「にぶいやつだな、まあいい、俺が行ってやるよ。」
「は?へ?」
リッチーはそう言うとカウンターの中から出てきて
何の躊躇もなくカフェから出る、その後を俺もついていく。

そして便所の前にすたすたと行くと、
「お客さん、大丈夫ですか〜?」
と軽軽しく話すじゃないか!おいおい何してんのよ!?
「おい!大丈夫ってお前が大丈夫かよ!?」
そう言って止める俺をリッチーは何も言わず
「ドスッ!」
と膝蹴りを俺に入れた。
いってぇー!!みぞおちだよおい!何すんだこいつ!!
咳込んでる俺を尻目にリッチーはさらに問い掛ける。
「大丈夫ですか〜?助けいります〜?」
「大丈夫だ!!早くどこかに行け!」
爺さんはどすの聞いた声で答える。おいおい、やっぱやばいって
「大丈夫じゃないですよね〜?大丈夫大丈夫、恥ずかしくないですよ〜?」
???なにいってるんだ?リッチーの奴。恥ずかしい?どういうことだよ?
「……な、なんのことだね!?大丈夫だといっておろうが!!」
爺さんもなぜかあせって答える…どういうこと?

「あ〜〜〜、やっぱりそうですね〜?鍵、あけてもらえます〜?」
おいおい!リッチー!!開けた途端にガバーッとかきたらどうするんだよ!?
「……わ、わかった。」
爺さんも了承しちゃうのかよ!?
「ガチャ」
開けるの!?開けちゃうの!?ねえリッチー!!
「はい。じゃ、あけますよ〜?」
わ〜〜〜!!もう駄目だー!!リッチーの奴殺されちゃうよ!!
そのついでに俺も殺されるんだきっと!母さん!父さん!兄さん!
サヨウナラ〜〜〜!!

「ガチャ」
扉を開けるとそこには!


ぶっ壊れた便座の破片とともに目に飛び込んだ便器にケツをはめ込んだ
爺さんの姿だった…。
すげえ情けない、ズボンを半分下ろして座ったまま動けない姿は
まるで俺の怖がってきた姿ではなかった。
へ?じゃあなに?さっきの「ぐお〜」は
ケツはめ込んで抜け出そうとする気合の声とか?
そういや、便座壊れやすくなってたっけ、
そこにこのデブ爺さんの体重で便座が完全に割れてケツがはまってしまった。
そして便所から出れないわ、恥ずかしくて人は呼べないわって事か…。
納得…。

「ジョーイ!何ひとりで考え込んでんだよ、手を貸せよ。」
リッチーが俺を呼ぶ。
「あ、ああ、わかった。」
そこからは「爺さん便所から救出作戦」の開始ってわけだ。
爺さんは相当重かったが俺たち二人で引っ張れば大したことなかった。
大便を出す前にはまったらしく、爺さんのケツは水に濡れているだけですんでいた。
これで糞までついてたら最低だったな。
まったく、運が良いねぇ、爺さん。

爺さんは俺たちに礼を言うと
ガス代を払ってそそくさと車に乗って出て行った。
それを俺たち二人は見送った。
いやぁ、人騒がせなじいさんだったな………。

………待てよ?何か忘れてるぞ!?
……包丁とチェーンソー!あと髪の毛だ!
「そういえばな、ジョーイ。」
「なんだよ、リッチー。」
「お前が見た包丁とチェーンソーな?ありゃ爺さんの商売道具だ。」
「へ?」
「前にもカフェに来た事あんだよ、あの爺さん。」
「へ?そうなの?」
「お前はいつもガソリンスタンドで妄想にふけってるからしらんだろうがな。」
「バッ、お前…!」
「とにかくな、あの爺さんは大道芸人でな、ジャグリングやってるんだよ。」
「ジャグリングってあの物ほおり投げてぐるぐる回しながら受け取ったりするやつだろ?」
「そう、それ。でな、チェーンソーやら包丁はそのとき投げるわけだ。
 血糊つけてるのは演出だとよ、悪趣味だよな。」
「いや、でも!俺スーツケースの中から出てる髪の毛見たぞ!」
「ああ、それな……カフェでビールのみながらな…。」
「あれはあのスーツケースの中に死体があるってことじゃないのか!?」
「………酔っ払いながら言ってたんだけどな。あれはカツラなんだよ。」
「なんでだよ!?」
「あの爺さんな………」
リッチーは躊躇しながら言った


「女装趣味なんだよ。」