続く日々は永遠の夢
作:SHION





 キミのその美しい髪に惹かれたのはいつの頃だったろうか。
 だけどキミの顔は真っ白で、醜く歪んでいた。
 だけどキミの身体は他よりとても小さく形も悪く、蔑まれていたね。
 けれどボクは知っているよ。
 キミはどんなに疎まれても決して挫けたりはしない意志の強いコだということを。
 そしてキミの髪は他の誰よりも美しく輝いているということを。

 ボクはその美しい髪に惹かれた。
 そして恋に落ちたんだ。
 キミが誰からも嫌われていようが関係ない。
 ボクがキミを救ってあげるよ。
 さぁ……おいで。


 ボクはキミの手をとり、キミはボクの手をとった。
 周囲の反対を押し切っての逃避行は終わることのない旅路のように続いた。
 後悔なんてしていないよ。
 追っ手なんていくらでも払いのけるさ。
 最初から誰にも止めることは出来なかったんだ。
 キミとボクが恋に落ちるという運命を。
 そして幾日が過ぎただろう。
 ボクたちは見つけた。
 ボクたちが住める、ボクたちの楽園を……。
「……すごい……」
 キミは長い旅の最中幾度となく倒れたが、ボクたちの楽園を見つけるとため息まじりにそう呟いた。
 ボクも見上げた。
 それはとてもとても大きく、そしてとてもとても雄大な木だった。
 木漏れ日が射す場所は、人目につきそうなので避けて、ボクたちは巨木の闇へと進んだ。
「きゃっ……」
 キミは木々の根に足をすべらせ倒れた。
 ボクはそんなキミを愛しく想いながら、倒れたキミに手を差し伸べた。
 うっすらと瞳に涙を浮かべている。
 大丈夫だよ。もう、キミを蔑んだ目で見つめるものはいないから。
 キミの小さな小さなその手を慈しむように掴み、ボクたちはさらに奥へと進んだ。
 巨木の枝は太く、ボクたちが乗ってもあまりある居場所が確保された。
 ここにしよう。
 ボクとキミとの新居はここにしよう。
 ここなら陽も当たらない。誰かに見つかることもない。
 キミはもう何も心配することはないんだよ。
 ボクがキミのその美しい髪に惹かれてから10日目の朝だった。


 ボクはそれから毎日、キミの美しい髪がその輝きを失わないように丁寧に洗った。
 少し離れた場所に綺麗な川を見つけたんだ。
 ボクはキミの為に毎日毎日、そこから水を汲んできてはキミの髪を洗った。
 夜はキミに寄り添って眠った。
 キミの体温は温かくて、髪は少しくすぐったくて、ボクは幸せだった。
 このままこの幸せがずっと続く。
 それを信じて疑うことなんて考えもしなかった。考える必要もなかった。
 ボクらはこのままここで過ごし、そしていつまでも側にいるんだ。


 キミの美しい髪に惹かれてから、もう20日が経った。
 ボクが目覚めるとキミはボクの横に寝てはいなかった。キミの姿が見えなかった。
 何処へ行った?
 ボクは少し焦ってすぐに辺りの捜索を開始した。
 キミはいた。
 巨木の上の木漏れ日の射す空間に、座っていた。
 キミの髪はいつもの美しさがなく、濁った色をしていた。
 ……いけない。あの場所にいては、キミがキミでなくなってしまう。
 ボクはボクの乗っていた枝からキミの枝まで飛び降りた。
 その足音でキミはボクの存在に気づいて振り返った。
 その目には涙が溢れて零れ落ちていた。
 ……何故だ。
 ボクのいない間に何があった? 何がキミをそんなに哀しませる?
 さぁ、帰ろう。
 ボクはキミの手を差し伸べた。いつものように優しく手を差し伸べた。
 その時だった。
 ヒュン……!! っと風を切る音がしたかと思うと、それはボクの肩口を射抜いた。
 しまった!もう追っ手がここまできたのか!
 ボクはボクの肩に刺さった矢を引き抜いてへし折った。
 しかしそれでも今度は四方八方から矢が飛んできてはボクの身体を射抜いた。
 そしてその場に倒れた。
 不覚だった。
 このままではキミは元のひどい場所に戻らなくてはいけない。連れ戻されてしまう。
 ボクが倒れるのを確認すると何人もの人間がキミのまわりに現れた。
 キミは泣き崩れている。
 ボクたちが引き離されてしまうんだ。無理もない。
 だけど安心して。
 ボクはこんな矢では死なないから。
 大丈夫だよ。キミを守る。
「おぉぉぉぉぉぉおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
 ボクは咆哮をあげるとほとんど気力で立ち上がった。
 そしてボクの周りにいた人間たちの頭を鷲掴みにするとそのまま巨木の下へと放り投げた。
 ボクとキミの恋を邪魔するやつは許さない。
 ボクはキミを取り巻く人間に一歩一歩ゆっくりと近づいていった。
「…………あっ……あ……ぅ……」
 ふと近づくボクを見つめながら後ずさりをするキミの姿が目に入った。
 ごめん。キミまで怖がらすつもりはないんだ。
 ただ、このボクとキミを引き裂こうとする人間を始末するまで少し我慢して欲しいんだ。
 ボクはボクの身体に刺さった矢を抜くこともせずにさらに一歩進んだ。
 恐怖に慄く人間はそれでもボクとキミの間に立ちふさがった。
 邪魔だ。
 ボクは腕を一振りしてその人間をなぎ倒した。
 邪魔な人間はあと一人となっていた。
 キミを抱くその汚い手をどけろ。
「――――やめて!!」
 突如として、キミがその人間の前へと踊り出た。
「やめろ! 危険だ!!」
「いいの。あたしはいいの。……貴方には手を出させないわ」
 何を話している?
 ボクには分からない異国の言葉でキミとその人間は激しく声をあげていた。
 キミは人間の前で手を広げてボクの目の前に立った。
 キミはキミの側に落ちていた人間が使っていた武器を手にとり、ボクと対峙した。
 何故だ?
 キミは何を考えているんだ?
 ボクたちはこの20日間でお互いの愛を確かめ合ったはずだ。
 なのに、何故。
 胸が震えた。
 それはキミに身体を突き刺された痛みからなのか……。
 それともキミの行動にボクが哀しみを溢れさせたからなのか……。
「もういい。あとは……俺がやるよ」
 キミはボクをさんざん斬りつけると、ふと遠い目になって、息を荒げて、そして人間に剣を渡した。
「この化け物めっ!」
 何を言っているのかは分からなかった。
 ボクと人間の言葉はあまりにも違うものであったから。
 だけど感覚は伝わった。
 その人間訛りの汚い言葉はボクの脳にも突き刺さった。
「ぐおぉぉぉぉぉおおおおおぉぉぉおおぉぉ!!!!」
 ボクはもう一度咆哮をあげた。
 威嚇された人間は一瞬の隙を見せた。
 その瞬間にボクは人間の武器を吹き飛ばし、そしてその力の限り・・・潰した。
 人間の肉片がボクに……そしてキミに飛び散る。
 キミは膝を震わせてその場に座り込んだ。
 ごめん。キミまで怖がらせてしまったね。
 でもキミだって悪いんだよ?
 あんなカスみたいな人間をかばったりなんてするから。
 でもボクはキミを責めないよ。
 だってキミがとても心の優しい人だって知っているから。
「……いや……。いやぁ……こないでぇ……」
 泣きじゃくるキミ。
 ボクはキミにいつものように優しく手を差し伸べた。
 ふとキミの手にさっきの人間が掴んでいた武器があるのが見えた。
 そっか。
 そうすればボクたちはずっと一緒にいられるんだね。


 キミの美しい髪に惹かれてからもう何年が経ったであろうか。
 キミはいつまでも目を見開いてボクをじっと見つめている。
 ボクはキミに恋をしたんだ。
 キミを愛しているんだ。
 他の誰にも邪魔はさせない。
 キミはボクだけのものだからね?
 ボクはボクの手の中にあるキミの顔と、そして美しい髪を撫でた。
 小さい小さいキミの身体。
 今はボクの手の中にすっぽり収まる大きさにまで小さくなっちゃったね。
 だけどその美しい髪はいつまでも輝いている。
 今日もキミの為に水を汲んでくるから。
 そうだ……たまには一緒に行こうか。
 ボクは立ち上がって歩き始めた。
 身体のないキミを抱いて……。