風の物語 第3章 |
作:尾瀬 駆 |
どうして?
どうして、兄弟で憎みあわなくちゃならないんだ!
それもたった二人の生き残りなのに。
「やめろーーーっ!!!!」
風司は無意識に叫んでいた。
その心は悲しみでいっぱいだった。雷怪将、いや雷地と吉鬼の話を聞いて。
どうして?
それだけが風司の頭をかけめぐる。
「なんで、二人は戦うんだよ。たった二人の村の生き残り、しかも、実の兄弟じゃないか!?」
吉鬼は雷怪将に意識を残しながらも風司の叫びに耳を傾けていた。
雷怪将の方も同じく。
が、吉鬼は真剣な顔をしているのに対し、雷怪将は少しにやけていた。
「そう、たった一人の肉親なんだ。それが殺しあって、何になるのさ?家族に会いたいと思っても会えないんだよ?それの方がよっぽど嫌だよ。まだ、生きてるんだから。とりかえしのつかないことになる前に止めてくれ!」
「ごめん。それはできない。この男を殺すことは今の自分の生きる意味であり、親父や村の人の願いなんだから」
吉鬼はそうつぶやいて、
「さぁ、貴様を殺してやる!らいかいしょおーーーー!!」
と、雷怪将に突進していく。
「止めろよ!!!」
風司は風を使った。
その風は突風となり今にもぶつかり合おうとする二人を横から貫いた。
「風司君!止めないか!次は許さないぞ!これ以上、邪魔をしないでくれ!」
風司はびくっと身をすくめた。
その吉鬼の顔は今までとは違っていた。
阿修羅のようなすごい形相だった。
そして、変な音を聞いた。
ずぶっと言う嫌な音を。
焦点を吉鬼の顔からゆっくりと下げ、それを確認した。
雷怪将の手が吉鬼の胸に突き刺さっていた。
暗くてよく分からないが、そこから、どろっとした液体のようなものが流れていた。
風に運ばれ、その匂いがここまで届くとその液体は紛れもない血だということを悟った。
数瞬だった。
吉鬼がこっちに向けて話し終わったところに、雷怪将の一撃が入った。
そして、吉鬼は支えをなくした人形のように雷怪将の方へ倒れかかる。
雷怪将はその手を抜き、ぺろっとなめた。
吉鬼はそのまま受身もとらず、倒れこんだ。
「よしき!!」
風司は無我夢中で吉鬼に駆け寄った。まだ、体は暖かい。息もしているようだった。ただ、ただ意識だけが飛んでいた。
苦労してあお向けにさせ、傷を見た。その傷はちょうど中心より少し左にずれた、つまり、心臓の上だった。傷の深さは暗くて見えないけど、血はまだあふれているようだった。
「愚か者が。真剣勝負中によそ見なんぞするからだ。つまらんやつだったな。結局、あだ討ちをしようとして返り討ちとは、我が弟ながら情けないやつよ。おっと、こんなやつ、弟でもなかったな。自分で好き勝手ほざきよってからに。自分の力のなさを棚にあげてなぁ」
そうして、雷怪将は高らかに、また、嘲って笑った。
「笑うな」
風司は低くつぶやいた。
「なんだ、小僧?まだ、いたのか?殺されたくなかったら、逃げることだ。今の俺は気分がいいからなぁ」
そうして、また、笑った。
「笑うな」
さっきよりも強く大きく言った。
「ふん、いちいちむかつく小僧だ。そんなに死にたいなら……」
「わらうなッ!!!!!」
その時、辺りの風は止まり、そして、風司に集まった。
集まった風は竜巻となり、風司を中心にすさまじい勢いだった。それはまるで、風司の心境を表しているかのように、猛り狂っていた。
「長老!あれは!?」
その村の男はある方を指差していた。その先にあるもの。それは、見たこともないほど大きな竜巻だった。
長老は答えを知っていた。が、答えなかった。
まさしく、あれは風神の誕生の証だから。
危惧していたことが現実となり、今まさに目の当たりにしているのである。
「皆の者よ。聞け。とりあえず、村へ戻りなさい。その時に全てを説明する」
長老は風霊を使い、村人に伝えた。
風霊は遠くにまで言葉を届かすことができる技で、村長一族秘伝の技であった。
そうして、全ての村人にその言葉を伝えた後、違う言葉を今度は桃弥だけに伝えた。
「桃弥。お前の出番だ。お前の力で風神を止めてきてくれ。ただ、無理はしてはならん。死んだら終わりなのだから」
「分かりました」
桃弥は素っ気無くそれだけ返して、竜巻を目指して走っていった。
「無事でいてくれよ。風司。俺が絶対止めてやるからな」
「お前は絶対に許さない。殺してやる」
それは今までの風司の声とは違っていた。もっと低く、そして威圧感のある声。
荒れ狂う竜巻の中、風司は少し宙に浮かんで、自然体で立っていた。ただ、目だけは鋭く雷怪将をにらみつけていた。
「小僧が、ふざけおってからに!殺してくれる!」
雷怪将はその風を身に受けながら、静かに力を貯めていた。
その体からは空中放電も始まっていた。
そして、「焦げ死ぬがいい!!」と言う掛け声と共に右手を振り下ろした。
とたん、風司の頭上が光り、すさまじい音をたてて雷が落ちた。
風は止まり、辺りに静寂が戻る。
(お前では役不足だ。俺があいつを殺してやるよ)
が、それもつかの間、また風が動いた。
今度は竜巻とは違い、雷怪将に向けて突風が起こった。
「そんなもので、俺を殺せると思ったか?雷神の末裔よ。今度はこちらからお見舞いしてやる」
風司は相変わらず宙に浮いた状態で、手を前にかざした。その先には雷怪将がいる。
「風よ。全てを飲み込む龍となり、敵を切り裂け!」
風が再びやみ、そして、風司の手から竜巻となって現れた。
その竜巻は天をささず、雷怪将に向かって伸びていく。
それを間一髪で交わすと、また、さきほどと同じように雷を落とした。
「無駄だ。と、言ったんだけど。聞こえなかったのかな?」
その雷はちょうど風司をさけるように頭上で二つに割れ、地面に吸収された。
その時、雷怪将は見た。雷の光で照らされた風司の肌に意味不明な文様が浮き上がっていたいたのだ。そして、その形相は小さな子供とは思えないほど殺気だった顔をしていた。これほどの顔を見たのは初めてのことだった。少し恐怖を感じたかもしれない。
「そんなことより、自分を心配したらどうなのかな?俺に攻撃してる場合じゃないよ?」
その言葉にはっとして、後を見ると、すぐそこに竜巻の先端が見えた。
ちょうど、ブーメランのように戻ってきたのだ。
「な、なんだと?!クソッ!」
雷怪将はよけようとはしたが、遅かった。そして、竜巻に飲まれてしまった。
服がずたずたに裂かれてゆき、皮膚にも細かい切り傷が出来始めていた。
「どう?やられる気分は?お前はそうして、じわじわ死んでいくんだ」
竜巻をわざと自分の前におき、雷怪将が傷つく様を楽しみながら見ていた。
ところどころから血が吹き出すが、どれもこれも小さな傷でまだまだ死に至るまでには遠かった。たぶん、今、光の元で見たら、竜巻は真紅に染まっていることだろう。だが、惜しいことにまだ夜が明けていくところだったので、あまり分からなかった。
「どう?土下座して懇願するなら逃してもいいよ?俺はまだ目覚めたばかりで気分がいいからね。それに強いやつは嫌いじゃない。ずっと命を狙われてる方が人生楽しいだろ?」
風司は上機嫌でそう言った。小気味悪い笑みを浮かべて。
「はっ」雷怪将は鼻で笑った。「人を殺したこともない青二才が、殺すのが怖くなったんだろう?やれるんなら、一思いにやったらどうだ?」
「いいのかな?一思いにやっても?なら…」
風司は竜巻を止めた。雷怪将はすたっと地に降り立つ。その距離、わずか3mほどだった。
そして、風司は右手に風を集めた。その風は球となり、ごうごうとすさまじい音をたてていた。
「この技はな、破風球というんだ。これが当たれば、岩でも砕ける。もちろん、人の骨なんかぐちゃぐちゃになるよ。なんてったって、この球には嵐一つ分が入ってるからね」
風司はまた、笑った。その顔にかつての面影は少しもなかった。あるのは、殺戮を楽しむ、風神そのものだった。
「どうした、小僧?かかってこないのか?」
雷怪将は追い詰められていた。力では叶わない。だからといって、逃げる気はない。でも、勝機はある!
右手に静かに力を貯め、その機会をずっと待ちつづける。
「何をしようとしてるのかは知らないけど、これで終わりだよ。はっ!」
風司は構えてから少し後に飛び、助走をつけて突進していった。
が、雷怪将の間合いに入るか入らないか辺りで、いきなり後に飛びのいた。
その不可解な動きに一番驚いたのが、雷怪将だった。
用意していたカウンターがかわされたのだ。
あと、1秒でも風司が遅ければ、まともに喰らって動けなくなっていたかも知れない。が、その1秒のおかげで着ているものが少々破られただけに終わった。
「風刃波!!!」
すかさず風司は攻撃をしかけた。風刃波は雷怪将の体に大きくばってんをつけた。
それは前の傷とは違い、まるで、刀で切られたようにすさまじかった。
耐え切れず、そのまま雷怪将は仰向けに倒れた。
「やっぱり、狙ってたんだね。かわしてよかった」
段々と雷怪将に近づいていく。
「なかなかよかったよ。あれを喰らってたらいくらの俺でも動けなくなる」
到着。そして、顔を見下ろた。
「とどめは―」ちらっと右手を見た。変わらず「破風球」が作られている。「これをお前の胸へ沈めてやる」
雷怪将は立ち上がろうともしたが、体に力が入らなかった。すでに反撃の力すらない。たぶん、血を流しすぎていた。さっきまでの小さな切り傷があらゆるところにあり、かなりの血が流れ出ていた。その上、この刀傷とも言うべき大きな傷。限界量をゆうに超えてるだろう。
「少々、苦しみはあるかも知れないけど、ちょっとの我慢で死ねるから安心しなよ」
風司は右手を上にあげ、構えた。それが村の1シーンであったならボールで遊んでいる子供に見えた。が、持っているのはただのボールじゃないし、ただの子供でもなかった。
それは紛れもない殺戮のシーン。圧倒的な力量差によりできる、強者が弱者をいたぶるシーン。復讐ではなく殺すことが優先され、今、人を殺そうというのに風司はとても気分がよった。そして、風司の手が重力に引かれるように振り下ろされた。
違った。それは雷怪将に向けて振り下ろしたのではなかった。ただ、本当に力が抜けた。風司は穴があったら入りたい気分だった。吉鬼がこっちを見ていた。その時、すでに風神の支配からは逃れていた。
匍匐前進をするようにゆっくりとこっちへ向かって来ていた。何か言いたそうに口を動かしている。「やめろ」、そう言っているように思う。風司は目じりに涙を浮かべ、吉鬼に走り寄った。
「大丈夫か?吉鬼?」
風司はなんとかして吉鬼を仰向けに戻した。胸からどす黒いものが流れているのが分かる。
「ふ…うじくん。ぼくをあいつのところへつれていってくれないか」
吉鬼はゆっくりとした声で言った。言ってる途中、口から血がいく筋か流れ、その息はまるで虫のそれだった。
「分かった」
風司は吉鬼の上半身を持ち上げ、力いっぱい引っ張った。雷怪将のところまではあまりにも遠く感じた。吉鬼の体は段々重くなっていくように感じ、その温度も少し冷たく感じられた。
あと、10メートル。
5メートル。
ばたっ。
風司は何かにつまづきこけた。吉鬼の体に乗られ、思わず息を吐いたが、吸い直し、なんとかそこから這い出した。
実際のところ、風司も体力の限界だった。慣れない夜更かしをし、一睡もせずに、かなりの道のりを歩き、雷怪将を出会ってバトル。しかも、あれだけの風技(本人は自覚していないけど)を使ったのだ。大人でも、かなりつらいだろう。
風司はなんとか起き上がり、吉鬼を持ち上げるべく、わきの下に手を入れた。が、持ち上げようとしたとたん、力が抜け、しりもちをついてしまった。
「くそ!」
風司はもう一度チャレンジしようとした。けど、結果は同じだった。しかも、今度は仰向けに倒れた。もう起き上がる力もない。
(くそ!動けよ!吉鬼の願いを叶えてやらなきゃ!それが俺にできる恩返しなんだ。くそ!動け!)
風司は歯を食いしばり力を入れようとするが、それに答えてくれる個所はなかった。くそ!そう思った時、視界の上端に人影のようなものが移った。それに焦点を合わせようと、ごろんと反回転してうつ伏せになった。その人は、ゆっくりこう言った。
「お前は風神か?」
その人、そう、あの村でよく見知った人――桃弥であった。が、その声はいつもより低く厳しかった。風司はその言葉を頭の奥底で疑問に思いながらも、その会えた嬉しさでいっぱいだった。
「もう一度訊く。お前は風神か?」
「何言ってんだよ。桃弥。助けてくれ」
だが、桃弥はすぐには動かなかった。険しい顔をしてこっちを見ていた。が、ぱっと明るくなって、風司の方へ走ってきた。
「助けてくれって。どうしたんだ?その倒れてる人は?」
「そうだ。俺のことより、吉鬼を、この人をあっちで倒れてる人のところに連れていってやってくれ」
「分かった」
桃弥は風司のただならぬ雰囲気を察すると、吉鬼を持ち上げ、雷怪将の方へ連れていった。その倒れている人は胸に刀で切られたような大きなばってんがあったが、なんとなく理由は分かった。そして、この状況も。たぶん、風司が暴走したんだろうという程度のものだったが。その胸のうちでは、密かに次、風司が暴走したら…殺さなければならない―と再確認していた。
「こ…こで…いい」
桃弥ははっとして、吉鬼の顔を覗いた。体は死んだように冷たかったがなんとか生きているようだった。今にも死にそうだけど…。
「ぼ…くをら…いちのそ…ばに」
下ろして。口はそう動いていた。「らいち」とは誰か分からなかったが、倒れている人だと推測できた。吉鬼をその隣に仰向けに寝かせると、桃弥は風司の方へ向かった。
「なぁ、あにき」
「なんだ。いきてたのか」
「あんまりだいじょうぶじゃないけどね」
「もう、おれなんかにかまうな。おれはじぶんのむらをつぶしたおとこだぞ」
「でも、ぼくのあにきだ」
「………」
「なぜ、むらをこわしたの?ちちをかあさんをなんでころしたのさ」
「あれはふくしゅうなのさ」
「ふくしゅう?」
「おれはすてられたんだ。むらに。おまえはしらなかっただろうが、いじめられもした」
「どうして?」
「おれがひとなみはずれた力をもっているから。あくまのこといわれつづけた」
「そんな………」
「そんなとき、それでも、おれをかばってくれるやつがいた。おまえもよくしってる、となりのあゆだ」
「あぁ、あゆねぇか」
「でも、おれがむらをでるひ、おれについてきたばかりにむらのれんちゅうにつかまっちまって。そのばでころされたよ。めのまえで。そのときのおれにはどうしようもなかった」
「うそだ!あゆねぇはさんさいとりにいってがけからおちたって!」
「おれはそのときちかったんだ。ぜったい、ふくしゅうしてやるって。こんなむらつぶしてやるって」
「……」
「それから、おれはちからをつけた。そして、そのちからをせになかまをあつめた。むらはすぐにつぶせた。なんだかんだいってちいさいしきしゅうしたしな」
「なんであのときぼくをいかしたんだ?」
「おとうとにころされるのがじぶんへのばつだったのさ」
「?」
「おれはじぶんのふくしゅうによって、むらをつぶした。でも、おまえはかんけいない。だから、おまえのおれへのふくしゅうはおれじしんへのむくいなんだ」
「そんな、そんなことってないよ。じゃあ、もとからしぬきで」
「おまえにはいきてほしかった。でも、あのいちげきがはいってしまった。どうしてもとまらなかったんだ。たぶん、こころのなかでしにたくなかったんだろう」
「ありがとう。あにき。はなしてくれて。でも、ぼくはもうだめだ。さっきからねむくて…」
「あぁ。だけど、おれももうだめだ。でも、やっとこれでしねる。たぶん、てんごくではあえないな。おれはどうしてもじごくいきだ」
「……」
「さきにいったか。さいごにはなせてよかった・・・」
「……」「……」
「大丈夫か?風司?」
桃弥は風司の脇にしゃがみこんだ。
「大丈夫だって。体は動かないけど」
迷っていた。今、殺せば、楽だ。今度、復活した時を待てば、なす術もなくやられてしまうかもしれない。ただ、正直なところ殺したくはなかった。
風司は顔だけは笑っていた。無理矢理。心配させまいと。それを殺せるのか?
でも、殺すことが私の存在意義。みんなとの楽しい日常の中で自分は常に風司の監視をしていた。小さい頃から、そんな風に育てられた。覚えた技も知識も全ては風司を殺すためにある。
だけど…。
「どうしたんだ、桃弥?怖い顔して」
はっと現実に戻される。やはり、目の前の風司は笑っている。
「なんでもないよ。ちょっと疲れただけだって」
「……」
「……」
沈黙。日は昇りかけているのに空気が重い。
「あの、さ、さっき言ってたじゃん。『お前は風神か?』って。あれってどういう意味?」
自分でも顔が強張るのが分かった。いきなりの核心というか…。風司の問いは桃弥の鼓動を早めた。
沈黙。さっきの沈黙よりつらかった。
「言いたくなかったらいいよ。俺も無理矢理聞き出したいわけでもないし…」
「私はお前を風司を殺しに来たんだ」
風司の言葉は桃弥の重い告白によって遮られた。
「え?」
「風司を殺しに来たんだ。風神を止めるために」
沈黙。
風司は頭をフル回転させその言葉を理解しようとした。
桃弥はただ待っていた。
「風神ってあれか?あの変な声の持ち主…」
「そうだ。風司は風神の子―呪われた子としてこの世に生れ落ちたんだよ」
「俺が風神の子?なんだよそれ。だからなんだっていうんだよ!」
風司は叫ぼうとしたが声にならなかった。話すのもかなりつらい。ただ眠かった。
「さっきやけに強い風を使っただろ?あれは風神の力なのさ。純粋な力だけで言えば、長老よりも強いだろうな。だから、危険なんだ。暴れだしたら止められない。だから、殺す…」
「さっきの風…。あの時、信じられないくらいの風が集まってきて、それから、どこかから声がしたんだ。『お前では役不足だ。俺があいつを殺してやるよ』って。そしたら、意識が遠くなって、いや、意識ははっきりしてた。ただ、体の制御がきかなくなったんだ」
「それが風神なんだよ。ちょっと見てたけど恐ろしかった」
「だめだ。眠い。体がうごかな…い……」
く〜〜す〜〜。
桃弥は風司を見下ろした。そして、拳を風司の胸めがけて!
寸止め。
その屈託のない寝顔を見ていると殺す気なんて失せてしまった。
「さぁて、どうするかな…」
風司は柔らかい風を頬に受けて目覚めた。体を起こそうとすると少しだるかった。が、構わず起こした。ぐる〜っと辺りを見回すと、さっきの場所と違うことと、少し小高い丘の上にいること、木陰に寝ていたということ、太陽が真上にあったことなどが分かった。
もしかしたら、今までのは夢じゃないのか?
と、さえ思えてくる。そう、吉鬼の家を出て、城に向かう途中、一休みと木陰に寝転ぶと慣れない夜更かしのせいで、すぐに寝てしまった。そんな感じ。
吉鬼の家に帰ったら、畑を耕す、吉鬼がいて、「どこいってたんだい?心配したんだよ」と優しい声で向かえてくれる。そんな感じ。
みんな悪い夢だったんだ。吉鬼のことも、雷怪将のことも、桃弥のことも風神のことも…。
「やっと起きたのか。もう、お昼過ぎだぞ」
その桃弥の声で夢の世界から戻される。現実はそう甘くない。
「……」
「長老には話しておいた。風司を生かしていること。村にさえ帰ってこなければ自由にしていいそうだ」
桃弥はあえて言わなかった。条件としてもう一つ出されたこと。それは、ずっと風司について回ること。別に言われなくたってそうするつもりだったからなんともなかった。
「それと、あの二人。死んでたようだから、勝手に墓作ったんだが……」
桃弥は頬をぽりっとかいた。風司の顔、とても、つらそうだった。泣くのを必死に我慢していた。なんとも苦手な雰囲気。
「まぁ、元気出せよ。伝言くらいなら村のみんなに伝えてやるし。あの二人のことはしょうがないよ」
何がしょうがないのか分からなかったが、とにかく言った。精一杯の励ましのつもりだ。こういう時に自分が口下手なのがうらやまれる。
「ありがと。大丈夫だよ。もう気にしてない」
その励ましに精一杯の強がりで答えた。あの二人、雷地と吉鬼、は死んでしまった。自分のせいで…。せめて、弔いくらいは…
「あのさ、墓ってどこに作ったのさ?」
桃弥は何も言わず、風司の後方を指差した。
そこには簡素だが、石がおいてあり、その上に花が供えられていた。
風司は振り返って、正座した。そして、手を合わせて、一礼した。
その時、吉鬼の笑顔が蘇ってきてまた泣きそうになったが、必死に堪えた。
「なぁ、二人の遺体は?」
「土葬したよ。その石の下に眠ってるさ。二人一緒にね。仲のいい二人だよな。手を繋いで亡くなってた」
「そっか……」
風司は立ち上がると、桃弥の方を向いて、
「あの、お願いがあるんだ。村の人たちに伝言を…」
「分かった」
そうして、風霊の準備をした。両手でお椀を作り、その中に風を集め、たまを作った。
「このたまに、誰に伝えたいかと、内容を言えば、伝わるよ」
「ありがと」
風司はたまを受け取ると、伝言を伝え始めた。
村の人たち
「迷惑かけてごめん。それから、こんな俺と今まで普通に接してくれてありがとう。俺は村を出ることにしました。外の世界に何があるのか見てきます。村の復興がんばってください」
母さん
「………、今まで育ててくれてありがとう。これからは自分の力で生きていきます。母さんも体に気をつけてがんばって下さい。色んな迷惑かけてごめんね。どうか、悲しまないで下さい。俺まで悲しくなるから。俺は旅に出ます。もう会えないだろうけど、もし、会えたらぶん殴ってください。『ばかやろう』って。どうか俺の分まで幸せになって下さいね」
咲良
「俺は旅に出ることにしたから、もう会えなくなるけど。もし、旅を終えて、村に帰ったら、あつかましいかもしれないけど、『お帰り』って言ってくれ。きっと、いつか風神も操れるようになって帰るから、それまで、待っててほしい。咲良、心から・・・・・」
そこまで言って、風司は自分が泣いているのが分かった。隠しきれなかった。とめどなく涙が溢れてくる。おえつがもれた。もう、止まらなかった。
地面にひれ伏し、とにかく泣いた。気の済むまで。村のみんなのこと、吉鬼のこと、雷怪将のこと、別れのこと、風神のこと。今まで貯まっていたものを全部吐き出して泣いた。
ぽんっと背中に桃弥の手が乗せられ、泣くのをおさえようとするが、だめだった。まだまだとめどなく嗚咽が漏れる。
「これ、みんなからの風霊だ。受け取れ」
そう言って、桃弥は風司から少し離れたところに座った。
風霊は風司の心に直接響くように語りかけられた。
「がんばれよ!風司」「お前なら風神なんかにゃ食われないさ」「また、帰っておいでよ」
村の人たち。
「お前がいなくなったって、さみしくなんかないんだからな!帰ってきたら、ぎったんぎったんにのしてやるから覚悟しとけよ。絶対お前には負けないからな」
拓人。
「この馬鹿息子が。父親に似て、ほんと馬鹿なんだから。絶対に生きて帰ってきなさい!そしたら、思いっきり怒ってやるからね」
母さん
「ずっと待ってるから。がんばってね」
咲良・・・。
止まらなかった。どうしても、この涙だけは。下に水たまりが出来始めていたが、そんな余裕はなかった。ただ、小さな子供のように泣きつづけた。
結局、泣き止んで立ち上がった頃には夕方になっていた。
「気は済んだか?」
桃弥は何をしているのかこちらに背を向けている。
「ああ。もう大丈夫」
一生分は泣いただろうな。風司は思った。涙でくしゃくしゃの顔を無理矢理笑わせる。
「じゃあ、飯にしよう」
桃弥がこちらを向くと食事が用意されていた。
何も言わず、二人は食事を終えた。
「これから、どうするんだ?」
桃弥は向かいに座っている風司に訊いた。
「西に向かうよ。なんとなくだけど、あの夕陽に突っ込んで行きたくなった。あとは、どうにかして、風神を操れるくらい強くならなくちゃな」
「そうだな。それがいいかもしれない。じゃ、行こうか」
桃弥は立ち上がった。
「うん。よし、夕陽に向けてしゅっぱ〜つ!」
風司も立ち上がり、元気に叫んだ。少し、行ったところで、振り向き、お墓に一礼した。なんだか、吉鬼が微笑んでるような気がした。
第一部完
あとがき
風の物語シリーズ。やっと完です。
第一部完にしたのは、これは始まりでしかないんだということです。
これから、風司君の旅は始まるわけです。
にしても、長かった。といっても、第3章は書き始めて2週間くらいかな?
つまり、書いてない期間が長すぎるわけですね。序章書いたの1年の夏休みですよ?
で、完結は今って・・・。3万文字くらいしかないくせに2年近くかかってます。
4月で執筆一時停止宣言しましたが、それまでに「図書部」が終わるか不安です。
まぁ、がんばりますがね。これの感想なんかくれるとうれしいです。
の前に、これ読んでくれてありがとうございました。
訳分からん部分もあったと思いますので、そこらの指摘もお願いします。