翼無き翼兵たち プロローグ
作:えむえむ





「目標、確認。座標X+1500、Y+200、Z−2000。『降下』準備開始せよ」
 鉄製の伝声管から、無機質な声が響く。
 僕は黙々と『降下』の準備を始めた。
 空色に染められた降下服を着込み、膝や肘にプロテクターを装着する。これも空色に塗られた鋼鉄製の無骨なヘルメットをかぶり、顎にベルトをまわし、きっちりと締めあげる。大きなゴーグルを装着すると、準備は終わりだ。
 ……後は、『あれ』を抱えて飛び降りていくだけ。
 そう思った瞬間に、震えが来た。落ち着いていたはず………落ち着いていたはずだったのに。
 とにかく膝ががくがくと震えて、立ってもいられないような状態になってしまった。でも、そんな僕の状態なんておかまいなしに伝声管は無慈悲な命令を下す。
「目標、X+10、Y−10、Z−2000。『降下』可能誤差内。ホバリング開始。一分以内に『降下』せよ」
 ぐっ。
 僕は恐怖を噛み砕くように歯を噛み締め、目の前にある扉を開ける。…抜けるような青い空が広がっていた。
「ほら、得物だ」
 いつの間に後に立っていたか、筋骨隆々とした大男が僕に『あれ』を渡す。先が大きく膨らんだ槍のようなそれの柄を腋にはさみ込み、両手でぐっと握り締める。
「行け」
 男が言う。迷ってはいられない。タイミングを逸したら死ぬのは僕であって彼らではないのだから。僕が失敗して死んでも、彼らは何も思わずに次の要員を確保するだけだろう。
 ぐっ。
 僕は再び歯を噛み締めると、大空へ飛び出していった。



 空の時代。
 この世界に点在する島と島を結ぶ手段が船しかなかった時代に人生の大半を過ごした老人たちは、今の時代をこう言う。
 世界最大の島、アクテア島の山脈で最初に発見された旧世代の『船』。
 古文書にはその存在が記されていたものの、既に失われていたと信じられていた『空を飛ぶ船』。
 最初の発見の後、それは世界各地の人跡未踏の奥地から船は次々と発見された。
 世界中の学者、技術者が船について徹底的に調べたものの、彼らの持つ知識を大きく超えた船の解析は遅々として進まなかった。
 幾つか分かったことは、『船』はどのような原理で動いているかは分からないものの何らかの形の永久機関を使用しており、彼らの技術力でも使用することは出来ること。
 また殆どの船の各性能が同一であること、などであった。
 人間達は船を交通の主要手段として使用することとなる。
 船が主要な交通手段となったのなら、その輸送される物品を狙う輩が生まれるのは当然のことだった。
『空盗』。
 自前の船で船を襲い、物品を強奪する彼らはそう呼ばれるようになる。
 しかし、彼らの多くは大した成果を挙げることは出来なかった。
 原因は船の殆どが『性能が同一』であったこと。
 最高速度も同じならレーダーの性能もまったく同一。船同士の戦闘手段が近接しての肉弾戦か相手の船に乗り込んでの斬り合いしかない以上、不意打ちでも成功しない限り戦闘にすら持ち込めない。
 最高速度がまったく同じならレーダーで敵艦を感知した時点で最高速度を出せば相対距離が縮まることは無い。
 襲撃を常に成功させる空盗は『レッドウイング』デトロ一家か『アバランチ』コロラ一家程度のものである。
 彼らは異質船と呼ばれる普通の船より一つの性能が飛び抜けた船を駆り、船乗り達から恐れられる存在となる。勿論、異質船を駆るのは空盗だけでなく彼らから船を守る自警組織の中にもいるのだったが……。
 そして今遺失船を駆る新しい空盗が台頭することとなる。
『ブルージャケッツ』コロンバ一家。
 彼らは、『翼』と呼ばれる謎の武器を使うことによって、一躍空盗の中での株を上げることとなる。
 彼らに襲われた船は何も探知することもないまま一瞬にして動力を破壊され、その後に彼らの船によって捕縛されるという。
 正体の分からないにもかかわらず、いや正体が分からないからこそ翼は船乗り達の中で畏怖の対象となっていった。
 翼の正体を暴いた者には、彼らを狩る者から莫大な報奨金がかけられているという………



「………はぁ」
 濡れタオルで顔をごしごしと拭う。頭に溜まった熱が冷やされ、生きているという実感が戻ってくる。
 何とか成功した。
 実戦での降下はこれで八回目。
 今のところ全てが成功している。けれどこれからも成功し続けられるとは限らない。
 降下は経験がものを言う技術だ。経験したことが無い状況での降下では失敗する確率が高くなる。
 しかし訓練所の変化が少ない状況での訓練は実戦での変化に富む状況とは違う。だから僕らは多くの場合最初の降下のときから経験したことが無い状況での降下を強要される。
 訓練所を出た新米の多くが、一回目の降下で帰らぬ人となる。
 そして、二回目の降下でも同じくらいの割合で失敗する。
 降下がコンスタンスに成功するようになるのは降下の成功が十回を越えたあたりらしい。
 僕はあと二回で、一人前として認められる『十回成功』になる。
 仲間達の中には早く十回の降下を成功させたいと進んで降下に立候補する奴がいるそうだ。十回成功すれば待遇が大きく良くなるのだから無理も無い。
 でも僕はあまり気が進まなかった。
 自分の命が惜しい。
 僕は何故か自分が十回成功を成し遂げることは出来ないような気がしていた。
 そう、特に志願しなければあと一ヶ月は生き延びられるだろう。
「はぁ、部屋に帰るか……」
 そう、あの雑魚寝の部屋に戻ろう。
 部屋に戻ると仲間達はいつものように博打をやっていた。フォーカードという一般的なカード賭博だ。
 カードをやっていた彼らの視線がこちらを向く。
「よう、スフィン。これで八回目か?」
「……あぁ、まぁね」
「あと二回で十回か……あー羨ましいねぇ」
「羨ましいなんて…」
「まぁそんな話はいーや、おぃ、仲間に入れよ」
 男の一人がカードをこっちに四枚山から適当に投げる。
「いや、僕は……」
 部屋の中では古参の、九回成功のシィがこっちを見て笑う。
「おぃ、レオン、スフィンはカードはやらねぇよ……っていうかルールも知らねぇんじゃねぇか?」
「マジかよ…そういややってるところ見たことねぇな」
 そう、僕はそういうことをやる気になれないのだった。いや、カードに限らず部屋の仲間と一緒に何かをやろうとする気がしないのだ。
 部屋の中での一番の仲良しといえばシィということになるが、それとてそこまで深い仲という訳でもない。
「おぃ、そういやお前にフィーさんがお前に用があるってよ」
「フィーさん?あの『三十回成功の』フィー・エルダか?……なんだってスフィンなんかに」
 そう、この船での降下最高数成功者、三十回成功のフィー。
「いや、もう『三十一回成功の』、だよ。もうすぐ戻るっていったら帰っていったぜ」
「帰ったんだ……ぇ…」
 そう言った瞬間後から肩を掴まれ廊下に引き出された。
「…?」
 そう、僕を引きずり出したのは小さな女の子だった。
 眼に鮮やかな濃い青色の髪を肩まで伸ばした少女は、僕のほうを見てこう言った。
「私の名前はフィ……スフィン・ジルバね。……私は貴方を『右の翼』に指名する」
「………!?」
 こんな小さな女の子が『三十回成功の』フィー?
「……拒否する権利は貴方にありません…いいわね?」
 命令口調でありながらそれは何故か僕にお願いをしているようだった。
 僕は、無意識に答えていた。
「はい、了解しました」
 そう、この時僕の進む道は大きく変わったんだ。
 この時に、僕は薄々感じていたんだ。
 でも、不思議に不安や恐怖は感じ無かったんだ。
 降下の後だから感覚が麻痺していたのか、それとも……















 あとがき

 お久しぶり、すぎますね(汗)
 お久しぶりすぎて忘れ去られているかも…
 えむえむです。
 ブランクがありすぎるので色々と変だとは思いますが、そういうところは感想掲示板で辛口過ぎない程度の辛口で(なんだそりゃ)つっこんでください(笑)。