翼無き翼兵たち 第一章
作:えむえむ





 コロンバ一家が誇る『翼』という兵器、いや兵器とは言うが、要するに翼は特殊な訓練を受けた兵員の一種だと言える。
 遺失船はある一つの性能が特に優れた船のことだが、コロンバ一家の持つ遺失船『ブルージャケット』の特性は『レーダー性能』であった。
 絶対的な探知能力により通常の船がこちらを捕捉する前に相手を補足できる、それが艦の特性なのだが、これだけでは襲撃を成功させることは出来ない。
 遺失船と言えどもその特化した性能以外は他の船と変わりないのだから、相手の船のレーダー有効範囲内に入ってしまえば逃げられてしまい、同じ航行能力では何時までたっても追いつくことは出来ない。
 そのレーダー性能を活かしきる手段として生み出されたのが『翼』だ。それは相手のレーダー範囲外からの超超距離攻撃。レーダーの届かぬ高空から降下攻撃を仕掛けるという事。
 最初は爆弾の投下等による攻撃を想定していたのだが、それでは精度が実用レベルに全く達しない上に獲物である船を撃墜させてしまう可能性があることが判明し、彼らは別の手段を講じる事となる。
 そう、『武器を携行した人間が降下して敵艦に攻撃する』という手段を。
 訓練した人間ならば降下を制御できる。適量の爆薬を装填した『突撃槍』と呼ばれる攻撃兵器を携行し、船の足を止められる効果的な部分を破壊する。
 だがそれは降下する人間に大きなリスクを背負わせることになる。利己的な空盗が自らそのようなリスクを負うはずも無く、彼らは『降下』専用の人員を創り出す。人買いから子供を買い、訓練所で徹底的に鍛え上げる。

 僕が空盗ブルージャケッツ一味に買われたのは僕が五歳のときだった。
 辺境の島によくある貧しい農家の家庭に五番目の子として生まれ、そこではよくあることとして人買いに売られた。
 多くの売られた子供は都市で子供のいない家庭に養子として引き取られたり、人手の足りない商店や工場に買われていくらしいが、僕は運悪く『捨て駒の兵器』を必要としていた空盗に買われたという訳だ。
 逃げ出そうとは思わなかった。逃げ出して捕まればどのような目に会うかはそれを試みた他の子供達を見て分かっていたし、実の親に売られた子供に共通した、ある種の諦めにも似たようなものがあったというところも大きいだろう。
 僕は今惰性で生きているだけだ。
 仲間のように降下と訓練の合間の遊興に価値を見出す訳でもなく、一部の翼のように五十回成功すれば開放するという空盗たちの言葉を信じて積極的に降下をこなす訳でもなく、何かの目標を持っている訳ではなかった。
 そのような自分でももどかしい日々を変えてくれるような気がして、目の前に立つフィー・エルダの言葉に殆ど無意識のうちに答えていたのかもしれない。

「私は明後日に降下があるの。……早速一緒に飛んでもらうわ」
「……え?」
 『右の翼』とは高耐久度を誇るの船、または複数の船で集団を作り航行する船団を攻撃する為に大きな実績を持つ翼の補佐を勤める二人の翼の一人だ。
 船は基本性能は全く同じ。
 だが船の中には装甲板で補強したりした大きな船が存在する。
 そんな高耐久度を誇る船に対する降下や、船団の中の一隻に対する降下は勿論他の場面に対して危険は多くなる。
 故に通常は一人で行う降下に対して、そのような降下ではベテランの翼に補佐が二人という体制で望むのだ。
 だが、現役最高成功回数を誇る『三十一回成功の』フィー・エルダは今までどんな高耐久度の船、又は船団の中の船に対する降下でも一人の補佐も無く降下をこなしてきた。
 また、彼女ほどのベテランともなれば重要な任務以外は駆りだされないのが普通だが、彼女はどんな任務でも進んでこなしていると聞く。
 僕は今まで補佐を求めていなかった彼女の一人目の補佐となり(しかも選ばれた理由が分からない)、しかも明後日にすぐ降下があるというのだ。
 頭では理解できていても、今までいつも降下の間隔が一ヶ月と開いていた僕にとって、今回降下が終わったばかりですぐに降下があるという状態に身体が適応していないのだろう。
 震えが来た。
 だが、それはいつもの降下の前の震えよりも、酷いものではなかったような気がした。
 そして、僕はこう答えた。
「はい、わかりました……」
 その言葉を発した後の、彼女の笑顔が眩しくて、思わず目をそらしてしまっていた。

 フィー・エルダはとにかく謎の多い存在だと、他の翼達の中では思われている。
 積極的に任務をこなし、しかしそれは他の翼のように早く自由の身になりたいが為に降下をこなす翼たちとは異なるらしく、何の為に降下をこなしているかわからないらしい。
 また私生活の面でも僕のように付き合いが悪いという次元ではなく、まったく付き合いが無いと言っていいほどだ。
 訓練所からこの船に来たのはこの船の翼達の中でも再古参だという。
 フィと同じ時期に入った翼で今現在この船にいるものはいない。
 つまり、訓練所時代の彼女を知るものもいないということだ。
 空盗たちもいくらか理解の出来ない、だが不平も言わず仕事をこなす都合のいい存在として距離を置いて接している。
 だから、仲間の翼たちの中で彼女の部屋を訪れたことのある者など勿論おらず、僕は彼女の部屋のドアを前にしてとても緊張してしまっていた。
「えーと……」
 そういえば女の子の部屋に入るのも初めてだ。
 だいたい翼に女性は特に少ないのだ。
 それが女性の子は値が高くつくために比較的値が安い男性を買っていったのか、理由は色々とあるとは思うが、ともかく翼の中での比率は女1に男9といったところだろうか。
 女性の翼は男性と同じような大部屋に放り込まれるが、シィは個室に住んでいる。
 降下の成功十回を為した翼は様々な待遇が良くなるのだが、個室というのもその中の一つだ。
 コンコン。
「えーと……すみません」
 何故か謝りながらドアをノックする。
「入って」
 すぐに答えは返ってきた。
「えっと、じゃあ、失礼します」
 ドアを開け部屋の中に入る。
 フィの部屋は予想していた「女の子の部屋」とは違って部屋の中にはベッドとその横に置かれた小さな棚以外は何も無い、言ってしまえば寂しい様子の部屋だった。
 その中で、フィはぽつんと立っていた。
「えっと、えー、言われたとおりに今日の降下のうちあわせに来ました」
「そう……」
 なんだか身の置き所が無い。
 部屋の中にはベッドと棚のほかには何も無い、つまり椅子が無いので座るとしたらベッドしかないのだろうが、それはなんだか気が引けるし、だいたいフィは何故か立ったままなのでこっちが座る訳にもいかないし……
「あの、今回のはどういう船への降下なんですか?」
 取り敢えず、「うちあわせ」なのだからそういう関係の、当たり障りが無い会話を進めてみる。
「……知らない」
「……え?」
 降下のときに目標の船を正確に把握することは非常に重要なことで、訓練所でも厳しく叩き込まれる。
 それを彼女は知らないというのだ。どういうことだろう。
「私、そういうのは降下のときに確かめるから」
 降下のときに相手の船のタイプを判断するというのだ。
 簡単に言うが、実際には降下するとき船からは相手の船が見えない。相手の船のレーダー外からの降下なのだから当たり前だ。
 つまり、降下しながら、相手の船が見えた瞬間にどの部分を攻撃するかなどの判断を行うということ。
 そんな人間離れしたことが出来るのも驚きだが、相手の船のタイプもわからないというのになにをうちあわせるというのだろう。
「あの、えと…じゃあ何を打ち合わせするのかな?」
「……………………………」
 いや、黙られても。
 しばらく居心地の悪い沈黙が続く。
 僕は頭の中で色々と考えをめぐらす。
 そもそも何故彼女は僕を右の翼に指名したのだろう。
 何故、彼女は積極的に降下をするのだろう。
「……あの、えっと、君は何故降下をするのかな?」
 その問いは自然に口をついてきた。
 普通ならば何故自分を右の翼に指名したか、というのが自然な問いだろう。
 でも、その問いが自然に、本当に自然に口をついて出てきたのだった。
「……自由だから」
 またしばらくの沈黙の後に、彼女が口を開く。
「えっ?」
「…降下している間は自由だから。……貴方はその『自由』から逃げている。だから、貴方を右の翼に指名することでこの自由を知って欲しかったの」
 その時の、窓から差し込む夕陽を背にした彼女は、とても神々しく見えた。
 そして、僕は……