予定運命の輪 〜questions of the witch〜 序章 |
作:沖田演義 |
序章 〜opening〜
その炎に包まれてからのことは、青年の想像を超えていた。
死後の世界について、深く考えていたわけではない。それでも時には楽観的に、時にはぞっとするような予想も、人並みにはしてみたものだ。
しかしそれらの予想はことごとく外れ、彼はこうして向かい合っている。
『それ』と。
彼のいる空間自体は、先ほどの後者の考えに沿ったものであった。
見渡せば指先ほどの距離を見ているのか、果てしなく遠くを見ているのか、それすら判断不可能の濃密な闇。だが自分とそれの体だけは、光を発するかようにはっきりと見えている。
それは人のようだった。頭、四肢、全てきちんと揃っている。
それを人に例えていうならば、年の頃十五、六歳の少女だった。違和感なくだぶだぶの白ローブを着こなし、それと同じ真白いショートカットから覗く、赤い瞳が印象的な。
ただ、ここにいるということ。それだけがそれと人間とを分けているように思えた。
それは彼よりやや高い位置にいた。両手をローブの中にしまって、無表情でこちらを見下ろしている。
目を離しても、それは一向に反応を見せなかった。彼はそこで初めて、自分が何かしっかりとしたものの上に立っていることに気が付いた。
一歩前へ進み出る、すると足元には何もなかった。
「くっ――」
悲鳴も上げられないほどの短い落下感のあと、彼は初めと全く同じ状況にあった。落ちたはずなのに、まだそこにいる。妙な感覚だ。
違うのはただ一つ、上方に見えるそれが、声を上げて笑っていただけだった。
とてもよく通る声で、それは人のような笑みを浮かべ、こちらに向かって喋り始めた。
「初めのゲームは、私の勝ち」
彼は動かない。
「私はキミにゲームを仕掛けたよ。キミがその場から動くか、否か。動けばキミはびっくり、動かなければ私は残念。……キミ、名前は?」
「お前が、先に名乗れよ」
それだけ、ようやく言った。
それは若干驚いたようだった。目を細め、赤い眼光で微笑む。
「へぇ……度胸あるね。さすが軍上がりは違うってことかな?」
彼はそれに対してまっすぐ目を向けた。
相手の軽口には耳を貸さない。体は動く、声は出る。見れば軍服もあの炎に焼かれずに、未だ彼の体を包んでいた。さらに武器さえも。
彼の脳裏に希望が湧く。もしかしたら、自分はまだ生きているのではないか――
「ああ、キミは死んだよ。確かにね」
彼は軽く目を閉じた。
そして腰に下げてある時代遅れのマシンガンを、片手で無造作にそれに向けた。
射撃音は長い余韻を残したが、なぜか硝煙は出なかった。
「少し黙ってやがれ、化物が」
元いた場所から掻き消え、自分のすぐ後ろへいつのまにか移動している『彼女』に、彼は言った。
この空間に置いても自分は無力でない。その思いが、彼本来の冷静さを取り戻させた。
「乱暴だなぁ、キミは。……いいよ、時間をあげる。私が次のゲームを仕掛けるまで……ね」
彼女が消えたあと、彼はどかっとその場に座り込み、状況を整理しようとした。脳の中の思考する部分が、徐々にギアを上げ始める……。
落ち着け。
俺の名前は?
ルクセイン=クゥ。
まずは、
そう……、
何故こうなったのか。
それからだ……。