銀狼少女 プロローグ
作:槇原想紙





 銀髪の髪を腰まで伸ばし、獣の様に紅い眼をした少女が私を抱きかかえた。
 彼女のその紅い眼からは涙が滴り、彼女の頬を濡らしていく。
 その涙は私の頬にも流れ落ち、私の頬も濡らしていく。
 私は苦しくて身動きのできない体に精一杯の力を振り絞り、涙で濡れた彼女の頬を優しく拭ってあげた。
『大丈夫、あなたのせいじゃないから・・・・』
 彼女にそう言ってあげたい。だけどその言葉は腹部からの痛みと流れる血によって遮られた。
 私はもうすぐ死ぬ。恐怖と共に視界が霞み私はそう思った。
 意識がぼんやりとしていく。そんな中、彼女はおもむろに自らの腕に噛みついた。異様に出ている犬歯が腕に食い込み、彼女の腕から真っ赤な血が流れ落ちる。
 彼女は一体何をしたいのか、ぼんやりとした意識では考える事ができず、私は瞼をゆっくりと閉じた。
 視界が闇一色になり、私の体は底なし沼へ沈んでいく様な感じに襲われる。その沼に沈むごとに体の寒さが増した。もうダメなんだと諦めた時、生温かい感触が私に触れた。そして冷えた体を温め始める。
 私が再び瞼を開くと、彼女が私の唇に自らの唇を重ねていた。途端に口の中に彼女の血が私を支配する。
 私はその行動にやっと彼女のしていた行為を理解した。
 彼女は噛みついた自らの腕から血を吸いだし、私に注ぎ込んでいるのだ。
 私の中に獣の血が流れていく。その血が体に巡るごとに熱くなり鼓動が速くなった。
 自分が変わっていくのが分かった。
 私の肩までしかない黒髪は腰まで伸びた銀髪になり、犬歯が異様に出て、耳が尖り、爪が鋭さを増していく。きっと眼も彼女と同じ紅い獣の眼になっているだろう。
 自分の体の変異に耐え切れず、虚ろな瞳で夜空を見上げると、満月が私を嘲笑うかのように照らし出していた。

 あれから一週間の時が流れた。私はいつもの様に日常を送っている。しかし満月を見るたびに私の体は彼女と同じ様に獣へ変身してしまう、銀髪の狼少女へと。故に銀狼と言われる。
 彼女とはあの日以来会ってはいない。彼女には目的がある。
 彼女は銀狼と人間の間に生まれた娘なのだ。彼女は自分の父親を探している、父親を殺す為に。
 なぜ彼女が父親を殺そうとしているのか、結局のところ教えてはもらえなかったけど、私が知ってもどうしようもない話。そして私はあの満月の夜に彼女と出会ってしまった。
 彼女は狼人間を狩るハンターに追われていた。
 ハンターは彼女に銀の弾が入った、ライフル銃の銃口を彼女に向けたのだ。
 私はただそれを黙って見ていただけ。
 私に気が付いた彼女は素早く私の首に鋭い爪を向け、私を盾にした。
 彼女は小さく呟くように『ごめんなさい・・・・』と言った。
 私はその時なぜだか、彼女に私は殺される事はないと思った。しかし彼女の策略とは裏腹に、ハンターは躊躇わず私ごとライフル銃の銃口を彼女に向けた。
 ハンターがライフル銃の引き金を引く瞬間、私は彼女を突き飛ばした。そして私の体を銀の弾丸が貫いた。
 気が付いた時には私は彼女に抱きかかえられ、ハンターは彼女によって殺されていたのだ。
 もうろうとする意識の中、私は彼女にキスをされると同時に、彼女の血を飲まされ彼女と同じ獣になった・・・・。

 そう言えば彼女の名前はなんて言うのだろう。私は彼女の名前を聞く事ができなかったのだ。そして私はこれからどう生きていけばいいのか教えて欲しかった。もう普通の人間としては生きていけないから。
 満月の夜が恐い、もし私の正体を知った人が現われてしまったら、どうすればいいのか。今の日常が壊れてしまったらどうすればいいのか。
 それを教えてくれる彼女はもういなくて、私は自分一人で考えていかなくてはいけないのだと、理解しなければいけなかった。