銀狼少女 三話
作:槇原想紙





三話 魔女の血を受け継いだ娘


 桜には古くからの伝説が伝わっている。その伝説とは桜の木の下に人間の死体が埋まっており、その人間の生を吸い取り、その美しい桜の花を咲かせているのだという。
 そんな伝説は迷信であり、現実に桜の木の下に人間の死体が埋まっているはずなんてない。けれど、その伝説を肯定している一人の少女がいた。
 金髪の髪を腰まで伸ばし、エメラルドグリーンの眼をした小柄な少女。その彼女の両腕には包帯が巻かれていた。
 彼女と出会ったのは、満月の夜の一本だけ大きな桜が咲いている、私の住んでいる町では通称『桜ヶ丘』と呼ばれている場所だった。
 私がその桜の木の上で夜空を見上げていると、彼女は気配を感じさせずに現われたのだ。
「桜の木の上に上らないで頂戴。銀狼少女さん」
 私が上から見下ろすと、彼女は私を見ても驚きもせずに言った。
「桜の木はデリケートなのよ、早く下りなさいっ!!」
 彼女は怒鳴り上げて言うので、私は仕方がなく下りる事にする。
 私は下りると彼女の眼の前に立ち、軽く頭を下げる事にした。
「ごめん、悪気はなかったんだけど………」
「悪気も何も、上っちゃいけない事は分かるでしょうに」
 彼女はそう言うと、長い説教を私にし続けたのだ。確かに私が悪いのだが、ここまで怒られるのは洒落にならない。というか、彼女は私が銀狼だというのに、気にせずに説教をしている。もしかしたら普通の人じゃないのかもしれない。私は試しに質問してみる事にした。
「あの………」
「何、私の話に不満でもあるの?」
 彼女は自分の説教を止められて、私に怪訝な顔をした。
「私、銀狼なんだけど?」
「何を今さら、見れば分かるじゃない。それにあんたが銀狼なら、あたしは魔女よ」
 彼女は普通の人間ではなかった……。っていうか、真面目にそう言われても困るんですけど………。
「それじゃあ、ホウキで空を飛ぶの?」
「はっ!?」
 私がそんな質問をすると、彼女は心底呆れた顔をした。
「あんた夢の見すぎじゃないの?今時の小学生でもそんな事を言わないわよ。空想に決まってるでしょうに」
「そ、そうなんですかぁ〜」
 納得させられてしまう私だけど、やはり証拠がないと信じる事はできなかった。
「取り合えず、結論からしてもう二度と桜の木に登ろうとするバカな真似はよして頂戴」
 初めからそう言ってくれればいいのに。彼女は長い説教をし終わると私の腕を掴み、桜の木の反対側の方へ無理やり移動させた。
「丁度良いからちょっとここに隠れてて。あたし、とある連中とここで待ち合わせしてんの。あんたには悪いけどヤバクなったら助けてね」
 彼女は説教をし終えても私を開放させる事はせずに、今度は利用しようとしている。ヤバクなったらって言われても、私はあまり自分の姿を、そのとある連中に見られたくないんですけど………。
 そんな事を言おうとする私を無視するかの様に、彼女は丘から登ってくるとある連中を見つめていた。

 「桜乃唄 恵葉(さくらのうためぐは)さん。私達の考えを理解してくれましたか?」
 桜ヶ丘に登って来たとある連中とは、黒い布を全身に覆った五人だった。そのうちの背が一番高い一人(声からして男)が、彼女に話しかけていた。桜乃唄とは彼女の名前らしい。
「理解も何も、あたしはあんた達に協力する気はないし、協力してもらう気もないわ」
 彼女は仁王立ちをして、男の考えを否定していた。私にはその内容はさっぱり分からないのだけれど。
「しかしですね、あなたのその力は神様がくださったもののはずです。神の為にその力を尽くすのは当然じゃないですか」
「残念ながらあたしは神なんて信じないの。それにあたしは自分の為にしか魔法を使わないわ」
「でもですね、私達がいれば魔女狩りのハンターからあなたを守れる事ができる。すくなくともその桜に埋められた、あなたのご先祖様の様にならなくてすむのですよ?」
 男が真面目に、まぁ私にとっては意味がさっぱりの話を語っていると、彼女は突然馬鹿らしく笑い出した。
「全く傑作な事を言うじゃない。あんた達はあたしが欲しいんじゃなくて、私の魔女の血が欲しいんでしょうに。それに気安くご先祖様の事を言わないで頂戴」
「……………」
 彼女がキッパリと言うと、男達は黙り込み彼女の周りを囲い込んだ。どうやらマズイ感じになってきたらしい。
「全く初めからそうすればよかったじゃない。神様がなんやらとパチもんの狂った宗教団体のくせに、回りくどい事するわね」
「…………貴様には我々の目的の為に利用させてもらうぞ………」
 男は低い声で言うと、周囲の連中と一緒に、そのままじりじりと彼女に寄って行った。
「ウザイ連中ね。銀狼少女ちゃん、出てきて頂戴」
 彼女はニヤリと笑い、余裕満々で反対側の桜の木に隠れている、私を指名した。はっきしいって巻き込まれたくない私は無視したいのだが…………。
「何もたもたしてんの、早く出てきなさいっ!!」
 彼女は怒鳴りながら言うと、囲んでいる五人の中から素早く抜けて、隠れている私を無理やり引っ張り出すと自慢する様に言った。
「さぁさぁよってらっしゃい、見てらっしゃい。泣く子も黙る銀狼少女よっ!!私の美しき凶暴な下僕さぁっ!!」
 あの〜、いつから私はあなたの下僕になったんですかぁ〜?っと、言いたいところだけれど、この状況で言うのはかえってマズイと思った私は、言うのをやめておく事にした。
「さぁ、おもう存分に痛めつけちゃいなさい。でも殺しちゃダメよ」
「分かってる」
 彼女は私の耳元で囁くと、後ろへと交代した。こうなった以上はしょうがないと思う事にする。
「さぁ、誰から先に痛い目にあいたいの?」
 私は低く唸ると、血の様に真っ赤な眼光を五人に向けて睨み付けた。
 五人は怯む様に一歩後退するが、再び前に一歩踏み出すと、体を覆っている黒い布の中から『チャキリ』という音を鳴らした。私はその瞬間、刹那に身を低くして五人全てを蹴り上げた。そして五人の黒い布の中から地面に落とされた物は、やはり拳銃だった。もしも今の音で気が付かなければ、私は確実に撃たれていた。
 「銃なんて持ってたのに、本当に回りくどい事をしたわね」
 私の横に彼女は立つと、いきなり自分の両腕に巻かれている包帯を解きはじめた。その腕には拷問にあったかの如く、生々しい傷跡が刻まれていた。それに私は驚き、とても見る事ができず眼を伏せてしまった。女性の体にとって一生残る傷跡とは、とても残酷なものだから。
 そして―、彼女はおもむろに自分のその腕に噛みついたのだ―。
 彼女の腕から血が流れ出る。彼女はその血を反対の手で握り取ると、私には分からない呪文を口にし出した。その手に握られた血は赤く光だし、その光る血を、五人の落とした拳銃に一振りする。
 すると、拳銃がいきなり宙に浮き出し、彼女の周りに集まると、そのまま銃口が五人全てに向いた。
 彼女は腕を組みながら、そして五人を見下す様に淡々と冷徹に口を開く。
「あなた達のボスに伝えなさい。これからも私につきまとうなら、ただじゃすまないと………」
 彼女のあまりにも冷たい視線に、耐え切れなくなった五人は、負け犬の様に逃げ出し始める。桜ヶ丘を走りながら降りている五人を見て、彼女はクスクスと笑いながら大きな声で言った。
「忘れもんよぉ〜っ!!」
 彼女は人差し指を天に差すと、五人の方に振り下ろした。それが合図かの様に、宙に浮いていた拳銃は全て五人に向かって飛んで行き、見事に頭を命中した。連中は無様にコケると、桜ヶ丘を転がり落ちて行った。
 そんな様子を彼女は又クスクスと笑い。私の方へ振り向くと軽くお辞儀をした。
「助けてくれてありがとね。あたしは桜乃唄 恵葉、さっきも言ったけど魔女よ。信じてもらえたかしら?」
 この人は正真正銘の魔女だった……………。

 五人が去った後、私と恵葉は桜の木の側で隣同士に座り、さっぱり分からない事に巻き込まれてしまった私は、恵葉に質問をいくつかする事にした。
「ところでさっきの連中は何なの?」
「あぁ、さっきの連中は神とか何とか言って、あたしを利用しようとしているイカれた宗教団体よ。ちょっとばかし魔法を使った現場を奴らに見られて以来、ストーカーみたいな事をされちゃってるわけ」
「恵葉は魔法を使う時、自分を傷つけるの?」
 私が恵葉の両腕から眼を伏せながら言うと、それを察した恵葉は包帯を腕に巻き始めながら答えた。
「あたしは魔女だけど、普通の人間よ。ただご先祖様から代々受け継がれた、魔女の魔力が血に流れているだけ。さっきの呪文みたいなのはその血に流れる魔力を、覚醒させる為のものであり、私自身に魔女の力があるわけじゃない。自分をいちいち傷つけて、その流れた血を使って、自分のして欲しい想いを込めるの。つまり願いや望みが強ければ強いほど、自分の血を大量に使い身を削ってしまうわけ。しかも自分には魔法をかける事ができないから、両腕の傷跡を消す事ができないのよ」
 恵葉はまるで愚痴をこぼす様に言った。確かに魔法を使えるのは便利だが、自分を傷つけなければならないのは誰だって嫌だ。私は更に質問をする事にした。
「さっきの連中は、この桜の木に恵葉のご先祖様が埋められているって、言ってたけれどそれは本当なの?」
「えぇ、本当よ。この桜の木の下にはあたしのご先祖様が眠っているわ。あんたは桜の伝説って知ってる?」
 私が首を左右に振ると、恵葉はそのまま言葉を続けた。
「桜の木の下には死体が埋まっているって伝説があるの。そもそもその伝説が生まれたのは魔女のお陰よ、もう誰も知らないけどね。あたしのご先祖様が生きていた当時、日本へ逃げたんだけど魔女狩りのハンターに、この桜の前で殺されちゃったの。ご先祖様は最後の魔力を振りしぼって、自分の生きた存在価値を残すため、切り倒されていた一本の桜の木を元通りの満開の桜にし、この桜の下で眠りについたのよ。歴史的には抹消されたけど、魔女狩りの行われた場所では、死んだ魔女を吊るしていた木が、満開の桜の木になったんですって」
「そうなの…………」
「みんな生きた証ってのが欲しかったんでしょうね」
 恵葉は一通り私の質問に答えると立ち上がった。もうここでおひらきという事だろう。
「さてと、もうあたしも自分の家に戻るかな。一人暮らしだけど、あたしの唯一の居場所だからね」
「私もある意味で一人暮らしをしているわ」
「へぇそうなの、それじゃあ今度遊びに行こうかしらと言いたいところだけど。これ以上あんたを巻き添えにするわけにはいかないから、もうこれっきりって事でバイバイ」
 恵葉は私に手を振ると、いっきに丘を下り始めた。私もそれにならって軽く手を振った。
 なんだかんだ言って、恵葉とはもうこれっきりの関係だろう。私は自分の姿を人に見せない様に、そして襲ってしまわない様に避けていたが、たまには人助けも良いと少し思った。
 ―だが、その次の日―
 私がいつもの様に学校へ登校し、校門をくぐると―、
「おっは〜!!あんたちょっと面白いから、この学校に転校してきちゃったぁ〜♪」
 私の眼の前に私の通う学校の制服を着て、仁王立ちをした恵葉が立ち尽くしていた。私の学校では学年順に、三年生なら青のネクタイを男子生徒が、青のリボンを女子生徒が、それにならって二年生なら緑、一年生なら赤と着用している。私は緑のリボンであり、そして恵葉は青のリボンだった。
 つまり………恵葉先輩は幼児体系のくせに、私より一つ年上なんですね…………。
 きっと私は又、恵葉先輩に巻き込まれるのだろう。少なくともそんな気がする……………。

 やはり私は恵葉先輩に巻き込まれるはめになってしまった。それは私とすみれが昼休みの屋上で、昼食を食べている最中に起こった。
「あたしも一緒に食事を良いかしら?しーちゃん」
 突然、恵葉先輩が現われたのだ。って、勝手にニックネームを作って呼ばないで下さい。それと何で私の通う学校が分かったんですか?そんな質問をしようとした時、既にすみれが恵葉先輩に質問を投げかけていた。
「あのぉ〜。詩織せんぱいとは、どんな関係なんでしょうかぁ〜?」
 とても不安そうにすみれは言った。なんで?
「どんな関係って、昨日の夜に会っただけよ?」
「夜っ!?」
 その瞬間、すみれがいきなり大声で叫び出した。そして私の顔に、触れそうなくらい自分の顔を私に近づけてきたのだ。いきなりどうしたの、この娘は。
「詩織せんぱい………ウソですよね?ウソと言って下さいっ!!詩織せんぱいはわたしだけのものなんですからぁ〜っ!?」
 何でいきなりそんな話になるの。それに私はいつ、すみれの所有物になったんだか。それこそウソですよね?って、私が言ってやりたいぐらいだよ。私がそう苦笑をしていると、恵葉先輩がフォローらしき事を言ってくれた。
「大丈夫よ、すみれちゃん。しーちゃんとは昨日の夜の関係だけよ、それ以上でもそれ以下でもないわ」
「なぁっ!?」
 恵葉先輩、それはフォローになっていません。『夜の関係』で逆に話がこじれたじゃないですか………。
「詩織せんぱい………冗談っすよね?冗談と言って下さいなぁっ!!こんな幼児体系っとぉっ!!」
 すみれ、私もそれは思ったけど、本人が一番気にしてるんじゃないかなぁ〜。それにちょっと言葉がおかしくなっているわよ?私が恵葉先輩の方を恐る恐る見ると、拳をプルプル震わせていた。どうやら相当、頭にきたらしい。まずいと思った私は、
「すみれ、ちょっと一階の自販機のところに行って、ジュースを買ってきて頂戴」
「ご、誤魔化さないで下さいよぉ〜。まだお話がぁ〜」
「いいから、大至急お願いねっ!!」
 無理やりすみれの掌に、私のポケットから出した小銭を渡した。そしてすみれの背中を押し、屋上から緊急避難させてあげる。すみれ頼むから回りの空気を読んで………。すみれを屋上から撤退させた後、私は恵葉先輩の方に向き質問をした。
「それで恵葉先輩、私に何か用ですか?」
「なんなんじゃぁっっーあの娘はっ!!あたしは先輩よっ!!後輩ならもっとましな態度とらんかいぃぃっっ!!」
 恵葉先輩は怒りを爆発させていた。あと数秒、すみれを逃がしていなかったら、危なかったわね。まぁ本人が気にしている事を、他人が言っちゃうと、そりゃ怒るわね。私は恵葉先輩を落ち着かせると、再度質問をした。落ち着きを取り戻した恵葉先輩はそれに答える。
「あんたにちょっと、手伝って欲しい事があったのよ」
「手伝って欲しい事ですか?」
「そう、昨日の夜の連中の組織を、今日の夜に潰す事にしたから手伝ってねって」
「でも恵葉先輩、私は満月の夜にしか銀狼に変身できないんですよ?」
 私がそれを言い切ると、恵葉先輩はそんなの関係ないと、言いそうな感じで答えた。
「あたしを誰だと思ってるの?」
「魔女の血を受け継いだ者です」
「あんたの変身ぐらい、あたしがサポートしてあげるわよ」
 つまりこの人は、私に魔法をかけてその力で、銀狼に変身させようとしているんですね…………。

 そして夜になり私は恵葉先輩に連れられて、私の住んでいる町にある、もう使われていない教会へと行った。教会は老朽化が激しく、周りは雑草で茂っていた。私と恵葉先輩は隠れられそうな木に寄りかかると、恵葉先輩が指で教会を差した。
「あの教会が連中の住み家よ。ほら窓を見てみなさい、明かりが付いているでしょう。いつもこの時間になると、皆で神にお祈りを捧げているの。愚かな連中よね、自分達のしている事が神からの天命なんだって。全く笑っちゃうわ」
「それで恵葉先輩、私は一体どんな事をすればいいんですか?」
 私が質問をすると、恵葉先輩は答えた。
「中にいる連中は合計三十人いるはずよ。あんたはその連中全員をボコボコにぶちのめすの。でも絶対に殺しちゃダメだからね」
「分かってますよ。それに私は人を殺したくなんかありません」
「銀狼ってそんなに理性的なの?」
「理性的も何も私は元々、人間だったんです」
「へぇ〜、珍しいわねぇ〜。つまり銀狼の血を与えられちゃったのね」
 珍しそうに恵葉先輩は言う。それに私は付け足す様に真剣に言った。
「私は人間として生きたいんです。けれど理性を抑える事ができず、人を殺しそうになった事があります。その時はふと我に返って何とかなりましたが。もしも再びそんな事が起きたら、すぐに魔法で変身を解いて下さい。」
 私が真剣に言うと、恵葉先輩は不思議そうな顔をしてから、同じく真剣な顔つきになり、私に言った。
「あなた、自分が恐い?」
「………はい…………」
「私も自分が恐いわ。感情的になって理性を失くした時に魔法が暴発してしまって、人を殺してしまったらどうしようって」
 恵葉先輩はそこまで言うと、ニコっと笑った。そして私の首に腕を回して近づく。
「大丈夫よ、もしもあんたが理性を失くしたらあたしが何とかするから。でも、あたしが理性を失くした時は、あんたがあたしを何とかするのよ」
「はい、分かりました」
 私もそう言うと笑った。恵葉先輩に頬擦りをされながら、私は服の上から首にかけているロザリオにそっと触れた。大丈夫、きっと恭二も守ってくれるから。
「けれど恵葉先輩、私が連中をぶちのめした後はどうするんですか?」
「その後は私が魔法で連中全員に、記憶操作をするから大丈夫よ」
「それなら私が別に手伝わなくても、いいんじゃないんですか?」
「なに言ってんの、痛い目をあわせてやらないと、あたしの気が治まらないわ」
 恵葉先輩は復讐心を燃やしていた…………。

 恵葉先輩は自分の両腕に巻かれている包帯を巻き始めた。やはり私はその腕の傷跡を見続ける事ができず眼を伏せる。
「この傷跡はしょうがないわね。治す事だってできないし、それにこの傷跡はあたしが魔法を使う為の代償みたいだし。でもまぁ、そのおかげであたしは自分の体を傷つけてまで、魔法を悪用しようとなんて馬鹿な事を考えなくてすむのだから」
 恵葉先輩は地面に落ちていたガラスの破片を拾うと、悲しく皮肉げに言った。
「自分の腕を傷つける時、痛くありませんか?」
 私は馬鹿な質問をしてしまった。そんな事、当たり前じゃないか。けれど恵葉先輩は答えてくれた。
「痛いわ、とても痛い。でもね、慣れてしまったわ。自分の事を心配してくれる家族もいないし、友達もいなかったから」
 恵葉先輩の言った事に、私は答えた。
「私はもう恵葉先輩の友達ですよ。すみれだってあなたの友達です。一様、言いますが、あの娘はとても優しくて素直な子ですから、きっと仲良くなれますよ」
 恵葉先輩はその事を聞いて優しく笑い、そして自分の腕にガラスの破片を深く突き刺した。真っ赤な赤い血が腕から手に向かって流れ落ちる。それをこぼさない様に手に包み込んだ。恵葉先輩は苦痛の顔を浮かべている。
「友達ができたら急に痛みに耐え切れなくなっちゃった………じっとしててね、しーちゃん。いま呪文を唱えるから…………」
「普通の名前で呼んでくれないんですか?」
「変身中に本名を言っちゃ、マズイでしょう」
「そうですね」
 恵葉先輩が呪文を唱えると、傷から流れ出た血が赤く光りだした。そして恵葉先輩が私を見つめると、その光る赤い血を私に向かって振りまいた。
 私の体を光る赤い血が包み込むと、私は銀狼へと姿を変えた。

 「銀狼には魔法で一時的に変身させただけだから、魔法が解ける前にさっさとケリをつけちゃいなさい」
「分かりました」
 私は恵葉先輩の忠告を聞くと、地面を思い切り蹴り上げて、連中のいる教会のドアをおもいきり蹴り破った。
「な、なんだっ!!お、お前は昨日のっ!!」
 三十人いるはずであろう連中が一斉に私を見る。昨日の男らしき、背の高い男がこちらを指差した。
「何しにきたんだ、お前は」
 私は唸りながら、真っ赤な眼光を周囲に睨みつけ、冷徹に答えた。
「ストレス発散」
 そして私は次から次へと、周りにいる連中を殴り飛ばし、蹴り上げた。後ろから襲ってきた奴にはおもいきり肘で顎を打ち上げる。流石に銀狼には格闘で勝てないと分かった連中は拳銃を取り出し始めた。ちょっとこれはマズイと思ったのだが、突然、赤い光が連中全員の拳銃に振りまかれると、連中の手から拳銃は離れ、天井へと浮いてしまった。
「男のくせに女の子に銃を向けるなんて、最低よねぇ〜」
 恵葉先輩が悪戯っぽく言った。どうやら恵葉先輩の魔法らしい。私は構わずそのまま連中を痛めつける事を続ける。連中を倒すのには十分も掛からなかった。
 教会の中は私が暴れたせいで、壊れた椅子やら机やらが散乱していた。そして連中はズタボロの姿で皆が皆、失神してしまっている。最後に残ったのは組織を統率していたボスだけだった。
「最後に残ったのはあんただけみたいね?」
「どうかお許し下さい、もう二度とあなたに近づいたりしませんから」
「どうしようかなぁ〜」
 恵葉先輩が不気味に笑いながら言うと、天井に浮いていた拳銃の銃口が一斉にボスの方に向いた。
「ひぃぃっっ!!ご勘弁をっ!!!」
 ボスが情けない声を漏らした。私はそれを聞いて笑いを吹き出してしまう。
「どうしようかなぁ〜。やっぱ撃っちゃを、『バンっ!!!』」
 恵葉先輩が声を出して脅かすと、ボスは泡を吹いて気絶してしまった。そのあまりにも情けない動作に私は腹を抱えて笑い出してしまった。
「全く、こんなへたれに私はストーカーされてたのっ!!なんだか情けなくなるわぁ〜」
「でも良かったじゃないですか、これでスッキリしましたよ、きっと」
「それもそうね」
 恵葉先輩は天井に浮いている拳銃を床に下ろすと、再び血を握り取り、連中に赤く光る血を振りまいた。
「これでよし。それじゃあ帰りますか。こいつらが今まであたし達に関わっていた記憶を全て消したわ。それにその後に、警察へ電話をするように催眠をかけたから、こいつら全員、刑務所行きね」
 恵葉先輩はクスクスと笑い、魔法の力が解けたのだろう私の体は、銀狼から元の姿に戻った。
 私と恵葉先輩はお互いに笑いながらその教会を後にした。

 その次の日、連中全員は自首という形で警察に捕まった。
 あれから恵葉先輩はどうなったのか?それはというと、私の学校にちゃんと通っている。
 恵葉先輩曰く、『あんた面白いから当分この町に住む事にしたわ』っと、いう事らしい。
 まぁ、私は別に構わないのだけれど、『類は友を呼ぶ』ということわざがある。ただでさえお互いハンターに狙われる可能性があるのに、それ以外に私達みたいな、人間離れした存在と遭遇したらどうなるのだろうか?興味がある半分、心配なのが半分である。

                     つづく