銀狼少女 五話
作:槇原想紙





五話 秘密多き傍観者

 わたしは学校の授業を終えると、机の中から自分の持ち物を必要最低限、鞄に入れて校門を出た。下校帰りに今から詩織センパイと恵葉センパイの入院の見舞いに行くのだ。
 昨日、詩織センパイ達は学校に来ていなかった。担任の先生に聞いて、入院している事が分かったのだ。交通事故に二人は運悪くあってしまったのだという。しかし、わたしにはそれが嘘だという事はすでにわかっていた。
 わたしは傍観者だ。詩織センパイ達の秘密を知っているのに、気が付かないふりをしているのだ。自分には心眼能力があり、他人の過去の記憶を探れる力があるから。
 しかし、その力は心を読まれる相手に心のキズがあれば、心眼能力者も同じ分だけ心のキズを味わう事になる。精神的に大ダメージを負う可能性もあり、心眼能力者の精神が耐え切れなければ精神崩壊を起こす危険性もあるのだ。
 わたしはその力を使って、詩織センパイの過去の記憶を読んだのだ。
 詩織センパイの心を初めて読んだのは、中学一年生の時だった。わたしはこの力のせいで友達を作る事ができず、いじめられていた。自分の心眼能力をコントロールする事ができず、他人を信用できなかったからだ。そんなある日、いつもの様に下足に入れたはずの靴がなくなっており、裸足で下校をしていたら詩織センパイに出会ったのだ。
 詩織センパイはわたしに自分の靴を渡すと、わたしを家まで送ってくれた。それだけではなく、出会ってから数日がたった頃、わたしがいじめられているところを助けてくれたのだ。しりもちをついて泣いているわたしを、詩織センパイが心配してさし伸べてくれた手を握った時、わたしは詩織センパイの心を自分の意志ではなく、勝手に読んでしまったのだ。
 詩織センパイにも心のキズがあり、わたしの心に詩織センパイのキズが刻まれた。だけどその心のキズはとても温かかった。それは自分と同じ心のキズだったから。
 詩織センパイは幼い時に母親を亡くし、父親は海外主張でいつも家では一人だった。
 わたしもわたしの事をいっぱい愛してくれた母親を幼い時に亡くし、父親はその事を忘れるために仕事一筋でわたしには構ってくれなくて、いつも家では一人だった。
 だからわたしは詩織センパイを信頼し、詩織センパイを母親と重ねてしまい、好かれようとしたのかもしれない。
 そのキッカケでわたしは人を少しは信頼する事ができる様になり、わたしをいじめる人もいなくなり、心眼能力をコントロールできる様になった。詩織センパイとも仲良くなれたのだ。
 二度目に詩織センパイの心を読んだのは燈室センパイが死んだ時の事だ。わたしは詩織センパイと同じ心のキズを味わいたくて、心眼能力を使ったのだ。高一になったわたしは既に詩織センパイを母親の代わりとして好きなのではなく、純粋に愛していたから…………。
 そして詩織センパイが銀狼だという秘密を知った。
 わたしはその他にも恵葉センパイが魔女だという事も知っている。それを知ったのは三度目に詩織センパイの心を読んだ時だった。
 いつの間にか詩織センパイと仲良くなっていた恵葉センパイの嫉妬から心眼能力を詩織センパイに使ったのだ。
 結局のところ、恵葉センパイは詩織センパイの秘密を知っていて、なおかつ恵葉センパイの秘密も詩織センパイが知っているというだけの存在だ。だけどわたしは恵葉センパイの事が大嫌いだった。なぜならお互いの秘密を知っているからだ。わたしの力は正直に思うと、人の過去の記憶を勝ってに読んでしまう、最低な力なのだろう。だから傍観者でいる事しかできない。恵葉センパイはわたしと違い、詩織センパイとお互いの秘密を知っているというポジションなのだ。わたしはそのポジションを羨ましく感じ、恵葉センパイはわたしの嫉妬心に火を点けてしまった。
 わたしの心眼能力を知っている人は母だけだった。それは母も心眼能力を持っていたからだ。母はその秘密を父に話さなかった。
 母は心眼能力を持っている事で自己嫌悪に陥っていた。他人の過去の記憶を勝ってに知り、自分は傍観者のフリをするのが嫌だったのだ。母以外、周りには心眼能力を持っている者はいなかった。母は心眼能力を誰にも相談する事ができず、苦しみながら生きてきたのだろう。そして母を更に苦しめた人物はわたしの父なのだ。
 父はわたしが幼い時に浮気をしていたのだ。母はその事を心眼能力で知っていたのだ。しかし母は父が浮気をしている事を知らないフリをして日々を過ごしていたのだ。それ程までに父を母は愛していたから…………。
 母は父が夜遅く帰ってくると、その度に心眼能力を使っていた。そしてそんな自分に自己嫌悪し、惨めな気分になりながらも父に笑顔を向けていた。
 母が心眼能力を使っていた理由として考えられるのは、きっと父の愛を独り占めしたかったからだ。
 父が浮気相手に注ぐ愛情を母は得たかったのだろう。そして母は遣いすぎた心眼能力によって精神的に壊れ、そのまま逝ってしまった…………。
 母が生きていた時は母の力によって、わたしの心眼能力はコントロールされていた。けれど母が死ぬ直前の時にわたしの力が母の力を超えてしまった。だからわたしは母の全てを知っているのだ。
 母は死んだのではない、父親に殺されたのだ。わたしはそう思った。もしも父が浮気などせず、母だけを愛していれば、母は死なずにすんだ。
 今でも父は浮気をしているのだろうか、だがわたしはその事で父に心眼能力を使おうとは思わない。あんな汚れた父親に力を使う価値はないのだ。
 いつかわたしは父を母と同じ様に精神的に壊し、母のもとへ逝かせてあげようと思う。それまで楽しんでいればいいのだ。
 わたしは花屋に入ると詩織センパイと恵葉センパイの為にお見舞い用の花束を買う。恵葉センパイはオマケにすぎないけど。
 わたしは花束を買うと、『北原総合病院』とかかれた門を通る。そして受付から詩織センパイが入院している部屋を知り、367号室へ向かった。

 「詩織センパイっ!!大丈夫ですかっ!!!」
 わたしは部屋にいきなり入るなり、ベッドで横になっている詩織センパイに抱きついた。少しでも詩織センパイに気に入られる為の配慮をしているのだ。
「ちょ、ちょっとすみれ。いきなり抱きつくのは…………」
 わたしがいきなり現われて、詩織センパイは驚きと戸惑いをみせた。わたしはそんな詩織センパイが可愛く見えて、更に腕に力を入れて抱きしめた。
「ちょっ、ちょっと苦しいし痛いっ!!」
 詩織センパイのその声を聞いてわたしは腕をはなす。スキンシップのやり過ぎは気を付けなければならない。
「てへっ、でもとても心配したんですよ、詩織センパイ。わたしは詩織センパイに一日も会えないだけで最大の拷問なんですからぁ」
 わたしはそう言ってお見舞い用の花束を渡した。詩織センパイはそれを受け取ると、わたしに優しく微笑んでくれた。その微笑みが今、わたしの為にある事に、わたしはとても幸せだと感じた。
 わたしはもっと詩織センパイと二人だけの時間を欲したくなった。そこでわたしは詩織センパイに尋ねる。
「詩織センパイ、恵葉センパイに花束を渡したいんですけど、どこの部屋にいるんですか?」
 わたしは詩織センパイの部屋だけしか受付の人に聞いていなかったのだ。
「恵葉センパイは隣の部屋だけど、今は体の検査でいないはずよ」
「そうなんですか、わたしちょっと、恵葉センパイの部屋に花束を置いてきますね」
 わたしはそう言うと、詩織センパイの病室を後にし、隣の恵葉センパイの病室へ行く。
 詩織センパイの言った通り、恵葉センパイは検査中で病室にはいなかった。わたしはそれを確認すると、花束をベッドの上に乗せた。わたしは恵葉センパイに会うつもりはなかった。わたしは恵葉センパイが嫌いだからだ。けれどわたしは恵葉センパイとの仲は結構良いのだ。なぜなら恵葉センパイと仲が悪くなると、詩織センパイが心配してしまうからだ。わたしと詩織センパイはあまり友達がいる方ではない。つまりわたしと恵葉センパイは、詩織センパイの数少ない友達であり、その友達の仲が悪いのは詩織センパイにとっては嫌なはずだろう。その為、わたしは恵葉センパイと上辺だけの仲を作り上げたのだ。
 まぁ、恵葉センパイはそんな事に気が付いていないと思うけど。
 わたしはそんな事を思いながら、また詩織センパイの病室へ戻り、詩織センパイと外へ散歩に行く事を提案した。

 わたしは詩織センパイを車椅子に乗せると病室を後にし、病院の庭へと出る。詩織センパイはパジャマ姿で点滴をしているが、特に目立つ怪我はしていなかった。
 怪我については何も聞かなかった。どうせ嘘をつく事は分かっている。それに詩織センパイは銀狼なのだから、治りも早いのだろう。
「詩織センパイ、早く退院して下さいね。わたし、とても寂しいから」
「ええ、もちろん」
 わたしはそう言うと詩織センパイを、ふと見つけたベンチに座らせ、わたしもその隣に座った。
「詩織センパイ、喉渇いていませんか?わたし何か自販機で飲み物を買ってきますよ」
「そう、それじゃあ頼もうかな。でも私、今お金持ってないわよ?」
「それなら心配無用です。わたしのおごりですからっ♪」
 わたしは詩織センパイに笑顔を向けると、そのまま走って近くの自販機へと向かう。けれど詩織センパイの姿が見えなくなるのを確認すると、病院の中に入り屋上へと向かった。
 屋上のドアを開き、フェンスに近づく。
 丁度、詩織センパイが座っているベンチを視認できる位置だったので、わたしにとってはとても好都合だった。
 わたしは屋上からベンチに座っている詩織センパイを見つめ深呼吸をする。詩織センパイはわたしには全く気付いていない様子だった。
 心を落ち着かせ、意識を集中させる。心眼能力を使う覚悟を決めるのだ。
 詩織センパイ、あなたの記憶を覗かせて下さい…………。

 わたしは屋上に人気がないのを確認し、制服のボタンを胸元まで緩めた。胸元から光が輝き紫色の瞳をした第三の眼が開かれた。わたしの心眼だ。
 母を亡くした頃の昔のわたしは、体の全体に心眼の力をめぐらせていた。その為、他人に触れるだけで勝手に他人の記憶を覗いてしまうのだ。けれど今は違う。ある程度、自分で体の全身をめぐる心眼の力の流れを抑え、心眼を使う時にはその力を体の一部分に集中させ、形として具現化させる事で心眼能力をコントロールする事ができるようになったのだ。
 わたしは屋上のフェンスから、詩織センパイの座っているベンチの方へ、心眼を向ける。
 心眼は瞳を開いたままにし、わたしはそれ以外の瞳を閉じる。
 わたしは心眼から、詩織センパイの心の記憶を読み始めた。心眼能力は他人の全ての過去の記憶を読む事はできない。それは精神崩壊を起こし、死ぬ確立が高くなるからだ。覗いた相手の記憶の深層を深く読んでいくごとに、精神的ダメージが肥大化する。
 心眼はある意味で自分の精神が他人の精神にどれだけ耐えられるかの、やせ我慢なのかもしれない。けれどわたしは詩織センパイの記憶によって、精神を破壊され死んだとしても、それは幸せな事なのかもしれない。
 愛する人によって殺される。しかもその人の精神(からだ)によって…………。
 人の心の記憶の中は図書館の様になっていて、無数の本が置かれている。その図書館のデザイン、その本のデザインは人それぞれで、その人の性格や色彩感覚によって異なる。詩織センパイは一面が真っ白の図書館に、赤い絨毯が敷かれていて、本の色も様々でオシャレな感じをしていた。
 わたしは詩織センパイの心の図書館を見回すと、詩織センパイが入院する前日の記憶が記録されている本を探し始める。
 記憶は本に記録されていて、その本が古くなると本に記録されている記憶の文章がかすれていく。そしてその人の心の記憶から古すぎてもう読めなくなった本が消えていく時は、その心の図書館の中央にある暖炉によって燃やされてしまうのだ。
 わたしはふと、本棚に不自然なところを発見する。一冊分のスペースが空いた本棚があるのだ。しかもそれは詩織センパイが入院する前日の記憶が記録されていた本に間違いなかった。
 つい最近の新しい本は燃やされる事など絶対にない。この場合、詩織センパイ本人の記憶からも入院する前日の記憶がないのかもしれない。どっちにしろ、確かめる必要がある。
 わたしは心眼を閉じると、屋上から降りて近くにあった自販機で飲み物を買うと、詩織センパイのいる庭へと戻る事にした。

 「詩織センパイ、オレンジジュースとアップルジュースどっちが良いですか?」
 わたしは自販機で買ってきた飲み物を詩織センパイに近づけながら言う。
「ええっと、それじゃあアップルジュースにしようかな。ありがとね、すみれ」
 詩織センパイはアップルジュースをわたしから受け取ると、微笑んだ。わたしも微笑み返すと、詩織センパイが座っているベンチの隣に座った。
 詩織センパイはアップルジュースの缶の蓋をあけると、ノドをこくこくと鳴らしながら美味しそうに飲み干した。わたしも同じ様にオレンジジュースを飲み干した。
 わたしは詩織センパイに病院に入院する前日はどうしていたのか、聞く機会を窺う。
「詩織センパイ、一つ質問なんですけど」
「何?」
 詩織センパイがわたしの方へ振り向く、わたしを見てくれるのが嬉しい。
「詩織センパイは入院する前日、何をしていたんですか?」
 わたしが質問をすると、詩織センパイは額にしわをよせて、腕を組み始めた。
「それが全く覚えてないの。気が付いたら恵葉先輩と病院にいたの。恵葉先輩は一緒に交通事故に遭ったんだって言ってたけど、その時に頭でもうって、記憶がぶっ飛んじゃったのかな?」
 詩織センパイが笑いながら言う。どうやら詩織センパイは自分の記憶が部分的に抹消された事に気付いていないらしい。やはりこの謎の答えの鍵を持っているのは恵葉センパイなのかもしれない。あの魔女は自分の魔法を使って、詩織センパイの記憶を部分的に抹消したのだ。わたしはそれがとても知りたい。詩織センパイの事は何でも知りたい。なのに心眼能力をもってない恵葉センパイが、わたしの知らない詩織センパイの過去の出来事を知っているなんて。わたしはその事に強く嫉妬心を感じた。
「あれ、すみれちゃん?お見舞いに来てくれたの?」
 わたしが考え事をしていると後ろから声が聞こえた。どうやら嫌な奴に見つかってしまった。
「恵葉センパイこんにちは。怪我の具合はどうですか?」
 わたしは恵葉センパイの方に振り向くと、偽りの笑顔をみせた。
「ええ大丈夫よ、ありがとね」
 恵葉センパイも笑顔を返した。恵葉センパイもパジャマ姿だった。
「恵葉先輩、診察が長かった気がするんですけど、どうかしたんですか?」
 恵葉センパイに詩織センパイが質問をする。
「あ、うん、ちょっとね」
 恵葉センパイはごまかし笑いをした。わたしが察するに、きっと恵葉センパイは傷跡のある両腕の事で何かあったのだろう。詩織センパイもその事に気付いたらしく。苦笑していた。
「わたし、それそろ帰ります。詩織センパイ、恵葉センパイ。体を大切にして下さいね」
 わたしはそう言うとベンチから立ち上がった。
「え〜っ、せっかく来たんだから、もっとお話しようよ」
 恵葉センパイが唇をとがらす。わたしは心の底から、あなただけとは楽しいお話をしたくありません。と強く思った。
「じゃあね、すみれ。今日はありがとね」
「また来てね、すみれちゃん」
 詩織センパイと恵葉センパイが軽く手を振ると、わたしも同じ様に手を振り、背を向けて歩き出した。
 病院の校門から再び病院の庭の方を振り向くと、詩織センパイと恵葉センパイが楽しそうな顔をして、ベンチに座って話をしていた。
 わたしはそれを見て、唇を噛み締める。
 ―いつか必ず、詩織センパイをわたしだけのものにしますから。それまで待っていて下さいね―
 だからわたし以外の人に…………あなたの笑顔を見せないで下さい……………。

                  つづく