銀狼少女 八話
作:槇原想紙





八話 前へ進む為に


 朝日の眩しさを感じた私は、ベッドから目を覚ました。ふと周囲を見回す。ここは彼女の部屋なのだろうか。四畳半の部屋にベッドが一つという、殺風景な場所だった。アパートなのだろう。私は昨夜の事を思い出す。昨夜、私は人を殺した。正確には吸血鬼だが、生きている人の命を奪ったのは事実だ。
 私は自分の体を見る。彼女が貸してくれたのだろうパジャマを着ていた。銀狼の姿ではなく、人間の姿に私は安堵した。血まみれの姿になっていないという事は、彼女が私の体についた血を拭き取ってくれたからだろう。けれど…………、私の口の中には、須賀蔵優馬と兎綺の血の味がまだ生々しく残っていた。窓の外を見上げる。今日は快晴だ。しかし私の心はブルーだ。次に銀狼になった時、私はどうなるのだろうか、想像するのが恐かった。また昨夜の様な出来事を起こしてしまったらと思うと、震えが止まらなかった。部屋の外から階段の音がし、部屋のドアが開かれた。
「おはよう」
 開かれたドアからロングヘアーの少女があらわれた。おそらく銀狼に姿をしていない時の彼女なのだろう。
「おはよう」
 私も彼女に挨拶をした。彼女の右手にはコンビニの袋を持っている。朝の食べ物でも買ってきたのだろう。
「少し落ち着いたみたいね」
 彼女は少し微笑んで言う。落ち着いているのだろうか。昨夜のように泣き叫んではいないが体は震えている。
「今、お茶でも淹れるわね。そうしたら少しは震えが収まるわ」
 そう言って彼女は台所でお茶の準備をした。そしてマグカップに入れられたお茶を私に差し出す。
「コンビニで何か買ってきたけど、食べる?」
「食欲がないからいい」
 私は一言言うと彼女からマグカップを受け取る。彼女は私のいるベッドに寄りかかって座った。
「まだ自己紹介がまだだったわね。わたしの名前は田村 永久(たむらとわ)、よろしく」
「私は綿津見 詩織」
 自己紹介をした私達。けれどそれ以上会話が続かなかった。本当は言いたい。言ってやりたい。『私はこれからどうなるのっ!?』だけど永久にもそれはわからないだろうから、言わなかった。だけど、これだけは言わなければならなかった。
「永久、あなたは人を殺した事がある?」
「っ!?」
 唐突な質問に驚いた彼女が目を見開く。でもこの事は聞かなくてはならない。死んだ恭二の為に。
「わたしは人を殺した事がないわ」
「それは本当?」
「本当よ」
 永久は真剣に私を見つめて答えていた。
「私は好きな人がいてね、その人も私を愛してくれたの。でもその人はハンターで、銀狼に家族を殺されたって言ってたわ。その人は私に形見として、このロザリオをくれたの」
 私はそう言って、首にかけていたロザリオを永久に見せる。永久は一瞬、目を大きく見開いた。
「何か知ってるの?」
「ええ」
 永久がそう頷くと、言葉を紡ぎだして言った。
「わたしは自分の父親を探していたわ。これ以上、犠牲者を増やさない為に」
「犠牲者?」
 私が問うと、永久は頷く。
「わたしの父親は罪のない人達を簡単に殺す人。最低の銀狼よ。だから私自身で父を殺そうと決めたの」
 永久はマグカップにうつる自分を見つめる。
「ある町でね、後一歩のところで父を逃がしてしまった事があったわ。父はその町の人間の家族を殺していたの。わたしは父が殺した家族の現場にいたわ。その現場で唯一生き残った一人の男の子に会った。」
「その男の子が恭二………」
「多分そうね。彼はわたしを酷く憎んでいたわ。わたしが殺したんじゃないって必死に弁解したけど、その時の彼には何を言っても無駄だった」
 永久は私が見せているロザリオにそっと触れた。
「その男の子の死んだ妹が持っていたのが、詩織が持っているロザリオなの」
 永久の瞳が少し潤んでいるのが分かった。悲しくてとても悲痛だった。
「ねぇ、永久………。もう一つ聞いていいかしら?」
「なにかしら?」
 私は永久にもう一つ質問してみる事にした。その質問に永久が答えてくれるかわからない。それにこの質問は永久にとって聞いてはいけないものなのかもしれない。
「なぜ永久は、そこまでして自分の父親を殺そうとするの?」
 永久の表情が一瞬、凍りついた。
「その質問に、わたしは答えなくてはいけないの?」
 私は永久に問い返されてしまった。だが当然の事だろう。
「……永久が答えたくなければ、答えなくていいわ。だけど自分のたった一つの家族を、殺そうとするなんて深いわけがあるのかもしれないと思って」
「たった一つの家族……ね。そんなんじゃないのよ。父は、わたしの大切な人を奪った張本人なのよ……」
 永久は虚ろな瞳で天井を見上げた。彼女の口から会話が紡がれる。
「父はね………わたしという存在を、母に無理やり形成させたの………」
 永久の瞳から涙が溢れ出した。私はなにも言えない。永久は……彼女は望まれて生まれた子供じゃないという事……。
「でもね……母は生まれたわたしを愛してくれたのよ。わたしには罪はないからって……。その母をっ!!あの父は気にくわなかったっ!!あの男はわたしを形成させて母を苦しめさせてたのよ。そして自分の身勝手で母を殺したっ!!そんな男を生かしておくことなんてできないでしょっ!?」
 永久は悲しみと怒りの言葉を私に向けて吐き捨てていた。私はそれを受け止める事しかできない。永久に質問をしてしまった以上、それが私の義務だ。
「父は今、この町にいるわ。きっと次の満月の日に人を殺すわ。今度で最後にしたいの。だから力を貸してっ!!わたしに父親を殺す手助けをしてほしいのっ!!」
 私の袖を掴み、永久が懇願する。だけど私は首を縦に振れなかった。私は今の自分の現状を受け止めようとするのに精一杯なのだ。とてもじゃないけど今ここで答えを出す事はできない。
「時間を……頂戴……お願い………」
 私は永久の瞳を真っすぐに見つめ、自分の服に着替えた。今は家に帰りたかった。

 私は自分の家へと重い足を引きずるように歩いた。考える事はたくさんある。自分はこれからどうするのか。永久の父親を殺す手伝いをするのか。心が痛すぎる。少なくとも、もうこれ以上は日常生活を過ごす事ができないかもしれない。そんな事をうすうす思ってたし、自覚もしていた。だけど実際に起きたらもろいものなのだ。
「学校、どうしようか………」
 私はポツリと呟く。まだ午前の二時間目くらいだろう。だけどこんな状態でとても行けそうにない。行ったら行ったで心が絞めつけられそうだ。私は、人間ではないが生きる者を殺めた。学校のみんなを見た時、私は正常でいられるだろうか。だれかに昨日の出来事が見られていないか、挙動不審になるかもしれない。頭が痛い。考え事をしすぎだろう。考える事がいっぱいありすぎて、頭の中がパンクしそうだ。眠りたい。今はとにかく家へ帰って、深い眠りにつきたい。自宅の屋根が見えてきた、もう少し歩けば到着だ。
「綿津見さん……」
 誰かが私を呼んだ気がした。気がしたのではない。誰かが確かに呼んだのだ。その人はいつの間にか私の目の前に立っていた。小波君だった。今は誰とも会いたくはなかった。そういう時に限って誰かに会ってしまうのだ。
「小波君、今は何も話したくないの」
 私は小波君に開口一番にそう言った。そして彼を素通りして歩く。前に立ちはだかる事なくすんなりと。
「須賀蔵優馬と兎綺は君が殺したの?」
 小波君が後ろから話しかけてきた。私は何も答えない。
「これから君はどうするんだい?」
 私はその質問にも答えない。
「答えろっ!綿津見詩織っ!!」
 私は仕方なく立ち止る。そんなに怒鳴る事なんてないのに。ちゃんと聞こえているのに。
「少なくとも普通の人間として、普通の暮らしはもうできないわ」
 小波君のいる後ろに振り向かずに私は言った。その後の返答は何もなかった。すでに後ろに気配はない。私は再び歩き始める。自宅に着いた時、私は涙が止まらなかった。

 私は家のソファーに横になると天井を見上げていた。眠る事ができなかった。部屋の中は薄暗い。なぜなら私が部屋という部屋のカーテンを閉め切ったからだ。窓から自分が何者かに見られているんじゃないかと思ってしまうからだ。それに誰かの笑い声が聞こえてきたり、吐き気がしたり。自分の体はボロボロだった。銀狼の力で体の怪我はすぐに治る。だけど精神的なダメージは癒える事はないのだろう。時間と自分なりの決断が必要なのだ。だけど、今さら私は何を決断すればいいのだろう。永久と一緒に、その父親を殺すのか。また私は自分の手を血で染めなければならないのだろうか。いや、これから一生、私は手を血で染め続けなければならないのだろうか。それは嫌だ。だけど再び自分の体をコントロールする事ができなくなれば繰り返してしまうのだろう。考えただけでも恐い。ならこれからどうすればいい。自殺でもすればいいのか。あぁ、そういう答えもあるのだ。これ以上、犠牲者を増やさない為に自らの命を絶つ。賢明な答えなのかもしれない。私はソファーから立ち上がると、台所へと移動し、包丁を手に握り締めた。どこを刺したら楽に死ねるのだろうか、胸か首か腹部か。今の人間の姿の私ならどこを刺しても死ねるだろう。
 私は包丁を両手で逆手に握りしめ、天井へとかかげる。このまま一気に振り下ろせば死ねる。私は涙で溢れる瞳をそっと閉じた。そして両腕に力を加え、自分の胸を狙って振りおろした。
―カキン―
 金属のぶつかりあう音がし、私は胸を刺す事ができなかった。その音に私はじれったさを感じ再度、胸を狙って包丁を振り下ろす。だが再び金属のぶつかりあう音がし、私は胸を刺す事ができなかった。何度も何度もそれを繰り返したが。私は胸に包丁を刺す事ができなかった。私は、今度は包丁を首筋へとあてた。そして力を加えて首筋を切ろうとした時。
―チャリン―
 何かが私の首筋から胸をつたい、包丁によって破れた服の胸元から落ちた。私は床に落ちた物を見る為、瞳を開ける。その物を見て、私は首筋にあてていた包丁を床に落とす。そして自分のとった愚かな行動を呪った。
 私は何をやっているのだ。死を選んで楽になろうとして。恭二が私を守ってくれたのに、命を張って守ってくれたのに。
 私は床に落ちたロザリオを握りしめると、そっと胸に押し当てた。

 家に明かりを灯すと、私はシャワーを浴びる事にした。とにかくさっぱりして、心を落ちつかせる事にしたのだ。シャワーを浴び終えて、パジャマに着替えている時だった、家のチャイムが鳴ったのだ。今は七時。一体誰だろうか。
 私は玄関に行くと、ドアの覗き穴から外の人物を見る。知らない人なら居留守を使う事にする。だけどその相手は私の知っている人だった。
「詩織せんぱい、いますか……?」
 制服姿のすみれが玄関の外に突っ立っていたのだ。私はドアを開けた。
「すみれ、何か用?」
「あの、用というかその……」
 私が質問をすると、すみれは表情をくもらせて、はみかみながら言う。
「あの、中に入っていいですか?」
 すみれがすがるように私に言う。そういえば昨日、私は学校から帰宅途中にいきなり別れてしまった。その事を謝らなければいけないかもしれない。
「いいよ、どうぞ入って」
 私はすみれを家に入れる事にした。その私の言葉にすみれは一瞬、安堵した様な表情をしたが、再び表情を曇らせた。なにかあったのだろうか。
 私はすみれを家の居間へと移動させると、ソファーに座らせた。
「お茶とコーヒー、どっちがいいかな?」
「いいえ、おかまいなく」
「客を迎えるマナーとして当然の事よ」
「それじゃ、お茶にします」
 私が優しく微笑みながら言うと、すみれも微笑み返して答えた。しかし、いつものすみれと違うのだ。私はそう思いながらお茶を用意しに、キッチンへと移動する。
「今日、学校を休んだみたいですけど。何かあったんですか?」
 居間からすみれが質問してきたので、私はお茶をマグカップに淹れながら答える。
「あっうん、ちょっと調子が悪かったの」
「そう……ですか………」
 すみれが信じていないように言った。だけど仕方のない事だろう。私はお茶をマグカップに淹れ終わると、両手でマグカップを持って居間へ移動し、すみれにその片方を手渡す。そしてすみれの隣に座った。
「すみれ、ごめんね。昨日はいきなり帰っちゃって」
「大丈夫です。わたしは気にしていません。だけど……」
「だけどなに?」
 すみれが言い止まったので、私は疑問する。
「昨夜、詩織せんぱいの身になにが起きたんですか……?」
 私は一瞬、背筋が凍りついた。すみれは私が起こした昨夜の出来事を知っているのではないかと。いや、それはないはずだ。少なくともすみれが質問をしてきているのだから。
「昨夜はちゃんと家にいて、寝てたわよ」
 私はすみれに嘘をついた。だが、すみれはクスリと笑った。
「ウソばっかし」
 すみれは私の方へ向くと、暗い表情ながらも冷たく微笑んでいた。すみれの瞳は私のした事を全て見通しているようだった。その表情が私には恐いくらいだ。
「嘘じゃないわ」
「ウソばっかしじゃないですかっ!!」
 すみれは怒鳴るとともにソファーから立ち上がった。そのひょうしに私とすみれはそれぞれのマグカップを床のカーペットに落としてしまう。カーペットに大きなシミができる。
「詩織せんぱい、あなたの口からわたしに本当の事を伝えてくださいっ!!」
「どうしたのすみれ?私は本当に嘘なんか言ってないわ」
 私はすみれに嘘を本当にさせようとしていた。それは仕方がないのだ。私は誰にも知られたくないのだ、昨夜の出来事を。
「わたし知っています。詩織せんぱいが昨夜なにをしたのか……」
「え……」
 私は一瞬、声を失った。今、すみれは知っていると言った。嘘でしょう……。
「嘘じゃありませんよ。わたしは人の心が読めるの。特に詩織せんぱいの事は敏感に読み取る事ができるんです」
 すみれの突拍子な話に私は面食らってしまう。冗談のつもりなのか。だけど信じてしまうしか他にないだろう。
「どうして、そんな事をするの……?」
「詩織せんぱいが好きだからですっ!!せんぱいと同じ痛みを知って感じていたかったからっ!!傍観者だったけど、わたしはそれで満足だったっ!!」
 すみれの瞳から涙が溢れる。
「だから止めようとしているんですっ!!詩織せんぱいは永久って娘の父親殺しの手伝いをしようとしているからですっ!!」
 すみれは今の私の心の心境まで読んでいるとでもいうのか。
「お願いです。そんなバカな事やめて下さい。自分の意思で生きる人を殺めないでくださいっ!!」
「だけど私はもう、後戻りできない。またいつか、昨夜の様なことを繰り返してしまうかもしれない」
「なら、わたしを殺してくださいっ!!」
「そんな馬鹿なこと―」
 意味がわからず言い返そうとした瞬間、私は言葉を奪われてしまった。すみれが私の唇を奪ったのだ。なぜ、いきなりこんな事を。
「わたしは詩織せんぱいと結ばれない事を知っていから、だからこそ詩織せんぱいの手によって殺されたい。詩織せんぱいの心に一生刻み込まれる人になりたかったんです……」
 すみれの唇と私の唇がそっと離れる。すみれは静かに私から離れると、部屋を後にする。そのまま家を出て行くのだろう。私はうっすらと天井を見上げる。
「こんな私になにを求めているのよ………すみれ………」
 すみれはもういないのに、私は一人ポツリと呟いていた。

 次の日、私は学校を休む事にした。永久に返事を答えなくてはいけないと思ったからだ。
 朝食をすませ着替えをすますと、永久の住んでいるアパートへと向かう事にする。ふと、昨夜のソファーのシミを見やる。あれからすみれはどうしているのだろうか。昨日の事が夢ならいいと思ってしまう。人の心を読む力。人の痛みを知ると言うのはどんな感じなのだろうか。私には理解する事はできないだろう。だけど、自分の痛みはよく知っているつもりだ。私はソファーから離れると家を出た。
 永久のアパートへと向かう途中、天気があまりにもよくない事に気がついた私は空を見上げる。朝だというのに太陽を完全に覆い隠した不気味な雲が、空を薄暗くしている。その雲が私には何か悪い前触れのような気がしてきた。とにかく、永久の元へ急がなくてはいけないと思った私は、歩調を速めた。
 永久のいるアパートへ辿り着くと、私はアパートの階段を上る。永久はアパートの二階に住んでいるのだ。階段を上っている途中、帽子を深くかぶり黒いコートを着た背の高い男性とすれ違った。その時、私の鼻孔を血の匂いが駆け巡った。あまりにも濃く、その男性から発せられていると私は一瞬で悟るが、振り向かずに私は階段を上りきった。すれ違いざまに血の匂いの他に、恐怖を私は感じたのだ。一体、今のは何だったのだろうか。それに不自然な事に、永久の住んでいる部屋のドアが開きっぱなしになっていた。私が外から部屋を覗くと、部屋の床に苦しそうに倒れている永久がそこにいた。
「永久っ!!」
 私は急いで部屋に入ると、永久を抱き起こした。
「今……父が来たわ……あなた、すれ違わなかった………?」
「えっ!?」
 私は永久の言葉を聞くと、再び部屋を出て外を見回す。さっき私がすれ違った人は永久の父親だったのだ。だが、すでに私の視野からその男性を探す事はできなかった。私は仕方がなく永久のいる部屋へと戻る事にした。
 まだ床で苦しんでいる永久を抱き上げると、私はベッドへと横たわらせる。
「一体、何があったの?」
 私は永久に質問をしてみる事にする。
「詩織が来るついさっきの事よ。突然、父親がわたしの部屋へやって来たの。どこで居場所をつきとめたのかは分からないけど。部屋に入ってきた瞬間、嘲笑うようにして殴られたわ」
「そんな事、酷すぎる」
 父親が自分の娘に暴力を振るうなんて私には想像する事ができなかった。しかし、永久が殺したいほど憎む相手だ。それほどの人格の持ち主だという事なのかもしれない。
「そして、わたしにこう言ったわ。3日後に紅い満月が出るとね」
「紅い満月?」
 私が首を傾げると、永久は首をたてに振った。
「あの父親は儀式をする気よ」
「儀式?」
「そう、永遠の命を手に入れる為のね」
 永久はそう言うと、詳しく話し始めた。
「銀狼は長生きをするわ。三百〜五百歳くらいね。だけど、たいていハンターに狩られたりして。短い生涯を閉じる奴がたくさんいるわ。父の場合はハンターが手を出さないけどね。父は今でも殺戮の快楽に酔いしれているわ。その父も今ではけっこう老いているのよ。だから若返りとともに永遠の命を手に入れようとしているの。あの人、言ったわ。今までの殺人はその儀式の為と。それに―!!」
「どうしたのっ!?」
 永久が声を荒げ、叫ぶように言うので私はどうしたのか不安になる。
「あの人は言ったのよ、わたしにっ!!『お前を生んだのはただの暇つぶしだった』ってっ!!」
 永久の瞳から涙が溢れ出ていた。私は黙って永久を抱きしめた。なんて事を言うのだろう。永久の大切なものを奪った父親は、更に永久の存在までも否定するなんて。
「私も戦うからね……。だから一人でなんでもしまいこまなくていいから……。あなたの父親だってあなたの存在意義を否定する事なんてできないわ」
 私は永久にそう言い続けた。そして彼女が泣き止むまで抱きしめて頭を撫でてあげた。

 次の日、私は学校へ行く事にした。何もしないで家に閉じこもっているより、外へ出て気分を変えたかったからだ。私は学校への道を歩きながら、永久が昨日言っていた言葉を思い出していた。永久の父は二日後に不老不死になる為の儀式を行おうとしている。しかもそれには更なる人の命を奪わなければならないという。つまり、この町のたくさんの誰かが命を奪われる犠牲者になるかもしれないのだ。その事だけは絶対阻止しなければならない。いや、これで最後にさせなければならない。これ以上、永久の父を野放しにする事はできない。永久と私で決着をつけるのだ。そう考え込みながら学校へ登校した私は、自分の教室へと入る。教室へ入ると、既に登校してきている数人の生徒が私に振り向いた。その中に小波君がいたが彼は何も言わなかった。それは仕方がない事だろう。だけど学校へ来たかった。これが私の最後の日常生活になるかもしれないからだ。それに私は今日、誰とも話す気はない。恵葉センパイにも今日は会わないで帰る気だ。会えば必ず何か問いただされそうだったからだ。私は今日、学校にいるだけでいいとも思える。そんな気がした。だが、そういう日に限ってバッタリと会ってしまう事もある。私がその日の授業を無事に終え、家に帰ろうとした時の事だった。校門を出た時、恵葉センパイと会ったのだ。ただ会っただけではない、明らかに待ち伏せをされていた。
 私はそっと恵葉センパイの横を通り過ぎるが、
「待ちなさいよ、しぃーちゃん。一緒に帰りましょうよ」
 案の定、呼び止められてしまった。仕方がなく、私は恵葉センパイと一緒に帰る事になった。私と恵葉センパイは横に並んで歩くが、何も言わず無言だった。ひたすらに気まずい空気が流れている静寂をやぶったのは、やはり恵葉センパイだった。
「小波って生徒から、しぃーちゃんの身に何が起こったか知らされたわ」
「……そうですか………」
 私は驚かずに言う。小波君が知っているのなら、恵葉センパイにも知らされる可能性は十分にありえると思っていたからだ。
「しぃーちゃんは、これからどうするつもりなの?」
「どうするもなにも。そんな事、私にも分かりません。する事といえば、ある人を助ける事でしょうね」
「助ける?」
 私の言葉に恵葉センパイは首を傾げる。小波君はきっと永久の事までは言わなかったのだろう。それはそれでいいかもしれない。永久の父親を殺す手伝いをするなんて、恵葉センパイに言う事じゃない。
「はい。その人は私の力を必要としているんです。それが終わったらこれから、どうするのか。決めようと思います」
「そう。だけど、わたしは心配だわ。またあなたが罪を犯してしまわないか」
「……それは避けられないかもしれません。そうなったら死ぬしかありませんね」
 私が苦笑しながら言うと、恵葉センパイが睨みつけた、あまりにも軽率な態度だったからだ。
「すみません。でもこればっかりはどうすることもできません」
「しぃーちゃん………」
 恵葉センパイが悲しく言った。そうこうしているうちに、分かれ道にたどりつく。ここからは別々の道だ。
「それじゃあ、私はこれで。それと恵葉センパイ」
「なに?」
 二手に分かれるとき、私は恵葉センパイに言う。
「これからはもう、私に構わないで下さいね。これ以上は誰かを巻き込みたくないんです」
 私の言った言葉に恵葉センパイは何も言わなかった。そしてそっぽを向いた。
「さようなら」
 恵葉センパイが愛想悪く言いながら自宅へと歩いていった。私の言葉に頷かなかったが、私の言ったようにしてほしいと願う事にした。

 この三日間、私は平凡な日々を過ごす事ができた。同級生や、不登校中のすみれ、恵葉センパイ達とあまり会話をできなかったけど、自分なりに楽しい日々を過ごしたと思う。これからこんな生活をできなくなるのかもしれないのだから。けれど、そのこれからというもの事態、できなくなるのかもしれない。銀狼である永久の父親は私の予想以上に強いと思うからだ。それに永久だって自分の父親とまともに戦った事がないのだというのだから、強さがはっきりしないのだ。銀狼で様々な戦闘を経験してきた永久の父親だ。私達なんか、いとも簡単に殺されてしまうかもしれない。だけど、私は永久と一緒に戦う事を決意した。それに私は永久と一緒に、永久の父親を倒す事を一種の壁だと思っている。その壁を乗り越えないと、私はこれから先に進めない気がするのだ。そんな事を私は考えながら今夜の満月を待っている。自然と鼓動が高鳴ってくる。また自分が銀狼の時に意識を失ったらと思うと不安を感じる。私は首にかけてある、恭二の形見のロザリオを服ごしに握り締めた。もうすぐ変身する。私は悟ると自分の部屋を後にし、階段を降り始めた。
 階段の壁には鏡が埋め込まれている。その鏡を見ると、私の瞳は赤く光っていた。被害妄想だろうが、自分の素顔を見た時なぜだか私は自分が自分を皮肉に笑っているように見えてしまった。私は階段を歩くのを途中でやめると、そっと鏡を人差し指で触れてみた。もちろん鏡の中の私も同じような動作をするが、腰まで髪が伸び始めていた。そして色素が薄くなり、銀髪へと染まり上がっていく。指の爪も異様に伸びて、カリカリと鏡の表面を引っかいた。そして口元をほころばせれば、異様に出た牙が現われる。その姿を見ていると、私は自分がコインのように表と裏をかね揃えた者だと改めて意識してしまう。表の私は平凡な日常を求める者、では裏の私はこれから何を求めるのだろうか。私はそこまで考えると、鏡から眼を背き再び階段を折り始めた。二度と鏡に振り返らずに。
 私が自宅の玄関を出てから夜空を見上げると、血のように真っ赤な満月が不気味に光り輝いていた。その光景を見ていた私の心は、何か得体の知れないものに追われているような危機感を感じてしまう。胸が高鳴りはじめているのに複雑な気持ちだ。そんな私を誰かが呼んだ。
「あんなにも狂気めいた月を、長く見続けるのは危ないわよ」
 その声の主の方に振り向けば、私のすぐそばにいつの間にか、もう一人の銀狼の女の子がいた。私はその姿を見て、もう一つの永久の姿だとわかった。
「あなたは平気なの?」
 私は永久にむかって質問してみる。永久の表情には少し元気がなかった。
「平気といえば嘘になるわね。だけどあなたと違ってわたしは生まれながらに持った力ですもの。ある程度、自我でコントロールできるの」
 永久はそう言い背をむける。
「さあ、急ぎましょう。父のところに。これ以上、罪のない人々を死なせない為に」
「どこにいるのか、場所の見当はついているの?」
「当然よ。ノコノコわたしの目の前に姿を現して、わざわざ二度と忘れぬよう、人間の血の生臭さを嗅がせたのだからっ!!」
 永久は叫びながら言うと、地面を一蹴し空高く飛び上がった。私はその後姿を見つめながら、それ以上は何も言わず黙って後について行く事にした。

 私は永久の後ろを追いながら、家々の屋根を素早く移動していた。その間、私達は無言である。特に何も話す事がないのだから当たり前だが、永久の後姿を見ていた私はなにか永久が深く思いつめている感じがした。それは当前の事なのかもしれない。いくら父親を憎んでいるとしても、自分の家族を殺すのに抵抗がない人なんていない。いるのだとしたら精神的異常者だろう。もしかしたら今まで永久は自分の父親を殺す機会はいくらかあったかもしれない、だがたった一人の父親を殺す事に躊躇ったこともあるといえばあるのかもしれない。だが、それはあくまでも私の想像に過ぎない。永久の口から言ったものじゃないのだから。しかし、永久の後を追いかけて思ってのだが、どんどんと家の間隔が空いてきた。人気の少ない場所になってきているのだ。多分、永久の父親は身を隠すために人気を避けているのだろうし、永遠の命を手に入れる為の儀式の為に誰にも邪魔にされないようにしているのかもしれない。もしくは私達を誘う罠か。けれど考えていても仕方がない。私達は永久の父親の元へ行くのにはこれしか方法がないのだから。
 私がそう考え込んでいると、永久が急に立ち止まった。慌てて私も立ち止まる。どうやら私達の目的の場所についたみたいだ。
「ここに永久の父親がいるの?」
 私が永久に質問する。だがそこは深い森の入り口のように見える。すでに周辺に家などない。まるで人々に忘れられたような一種の空間みたいだ。
「まだよ、この森の中にいることはわかる。だけどかなり深いところよ」
 永久が私を振り向かずに言った。どうやら更にまだ歩くらしい。
「怖い?」
 永久が今度は振り向いて言ってきた。私は答える。
「恐いけど、このまま立ち尽くしていると先に行けない」
「そうね、じゃあ行きましょうか」
 そっと永久が手を差し伸べる。
「これで少しくらい落ち着くと思うから」
「うん……」
 私は永久に頷き、そっと差し伸べられた手を握った。永久の手は温かかった。その手が父親の血で染まる事を想像すると少し私は躊躇ったが。だけどそれは今この時は逆だろう。私の手は既に血に染まったも同じようなものなのだから。そして私達はお互いの手を握り合い、闇が広がる不気味な森の中へ歩き始めた。また光を見れる事を信じて。

 私達はお互いの手を握り締め、森の中を歩き続けていた。森の中は真っ暗で私は永久の臭覚だけが頼りだった。彼女をすっと見ると、瞳が赤く光っているのに気付いた。私も同じように光っているのだろうか。ふと、そんな事を思っていると永久がこちらを向いてきた。
「なに?」
「ううん、別になにもない。ただあなたの瞳が赤く光っているから」
「あなただって光っているじゃない」
 どうやら私の瞳も光っているようだ。それはそうだろう。それに暗くても多少はこの森の中で視界を確認する事ができる。私達はそれ以上、一言も話さず、黙って歩き続けた。そしていつの間にか私達の前方に赤い光が現われ、お互いに目を合わせるとそこに向かって走り出した。

 視界が開けた時、紅い月がそこを照らし出していた。そこには森の中にぽっかりと穴が空いたように何もなかった。半径五十メートルには赤い線で巨大な魔方陣が描かれていたのだ。その魔方陣には鼻孔を刺激する異臭を放っているのだ。私はその臭いが何の臭いかすぐにわかった。人間の血だ。この巨大な魔方陣を描くのにはきっと何十人という人間が犠牲になっているのだろう。
「詩織……あれ………」私がそう思っていると、永久がある方向へ視線をうるがした。私はその方向を見た時、言葉が一瞬出なかった。
「……ひどい………」私は押し殺した声で一言、言葉を絞り出した。私達が向いている方向、魔方陣が描かれているはじっこの方に、薄暗いがはっきりと私達は視認する事ができた。それは何十人という人間がまるでガラクタのように積み重ねられていたのだ。山のように埋もれている死体は腕がなかったり足がなかったり、首がなかったりと原型をとどめていないのだ。そして私達がその光景を見ていた瞬間、私達の周りにいきなり激しい風が吹き荒れた。その風は巨大な魔方陣に吸い込まれるかのように中心へと集まっていくように見えた。風が吹きやむと同時に、その魔方陣の中心にいつのまにかある者がいた。
「やっと来たのか、わが娘よ。その隣にいるのはお前の友達か?」
 まぎれもなく永久の父親だった。しかし、アパートですれ違った時と雰囲気が違う、そして外見も全くの別人に思えた。そいつは紅い月に照らされて、二メートルの体に銀髪を地面にまで伸ばし、瞳は赤くそして牙が口から飛び出していたのだ。そしてその赤い眼光からは痛いほどの視線を私達に向けてきているのだ。
「ええ、そうよ。だけど友達といってもあなたを殺す手伝いをしてくれる娘よ」
 永久がそう言って私の前に立った。その言葉に永久の父親は高らかに笑った。
「我を殺す手伝い人か……永久よ、お前も人を利用するなんて腹黒いなぁ……」
「うるさいっ!!わたしはあなたを殺したいっ!!どんな事をしてもねっ!!それがわたしを愛してくれた母の仇よっ!!」
 永久の怒鳴り声に再び父親は笑う。
「仇かっ!!だがそこまでするお前の復讐心、執着心は我に似ているぞっ!!」
「わたしはあなたのような、下等な奴じゃないっ!!」
 次の瞬間、永久が風をきるように父親に向かって突撃を開始した。その反応に素早く気が付いた永久の父親は両腕を開いてこう呟く。
「さぁ、祝宴のはじまりだ」
 その次の瞬間、永久は父親の右腕の一振りによって、魔方陣の外にまで吹っ飛ばされ森の木に体を叩きつけられた。

 永久の父親は、いとも簡単に永久をあしらってしまった。
 私はその光景を見ておもわず足を一歩後退した。私の力では話にならないと。だが逃げるなんて事はしない。それに逃げたところで、永久の父親はあきらかに私のスピードを上回っている。背を向けようものなら一撃で仕留められるだろう。なら、この戦いはどうすればいいのか。永久は木に叩きつけられてからピクリとも動かない。一人で永久の父親に戦いを挑むのは危険すぎる。だが永久が動けない以上、私だけで戦うしかないのだ。
「どうした?今ので腰を抜かしたのか?」
 永久の父親が魔方陣の中心から、私に痛いほどの視線で睨みつけてきた。私も睨み返しながら言う。
「もう覚悟はできているの、後一歩踏み出せばいいっ!!」
 私は地面を力強く蹴り上げると、永久の父親めがけて真正面から飛び出した。そして自分の鋭く伸びた爪をつきたてると、永久の父親の間合いに入った瞬間、勢いよくそれを振り下ろした。だが―、
「えっ!?」
 私のその攻撃は見事に空振りをしたのだ。永久の父親は私の攻撃が触れそうになった瞬間に私の視界から完全に消えてしまったのだ。目標を見失った私は空中で大きく体制を崩し、背中から地面に叩きつけられ、転がるように地面にはってから立ち上がった。服にはべっとりと魔方陣の血がついてしまった。
「やれやれ、せっかくの魔方陣が台無しだ」
「っぐっ!?」
 私の背後から永久の父親の声が聞こえ振り向いた瞬間、鈍い音とともに自身の腹部に鈍い痛みが走った。私は永久の父親に腹部を蹴られたのだ。私はそう認識する事ができたが、そう思っていた時には既に私は蹴り上げられ宙に舞っていた時だった。
 私はそのまま魔方陣の外へ吹っ飛ばされ、死体の山の中に激突して埋もれてしまった。そして私の体の全体からすさまじく血生臭い異臭が包みこみ、耐え難いものだった。
 永久の父親は私を見下すように一瞥すると、死体の山に埋もれる私にゆっくりと近づき歩きはじめた。
「お前の体には永久の匂いがするな。永久がお前を銀狼にしたのか?」
 死体の山から埋もれる私の首を掴み、永久の父親は私を片腕で吊るし上げた。
「まさか永久が仲間を増やす行為をするとは思わなかったな。我を殺す手段を撰ばなくなったという事か?」
「違うっ!!永久は私を仕方なく銀狼にしたんだっ!!自分の責任だと思ってっ!!だからっ!!―」
 私は永久の父親に首を絞められながら、叫び声を上げた。しかし私の首を掴んでいた手にぐっと力が入り、それ以上は口を開く事ができなくなった。
「別に構わない。だがこれ以上、永久やお前のような者に追いかけられるのも面倒だからな、ここで死んでもらう」
 永久の父親はそう言いきると、徐々に私の首を締め上げはじめた。私は息ができなくなり、必死にもがいた。だけど息が苦しくなるだけであって無駄な抵抗であった。そして私の意識はもうろうとしていき、瞳を閉じかけた瞬間の事だった。スパッとなにかが切れるような音がしたかと思うと、私の首を絞めていた永久の父親の片腕がいきなり切断されたのだ。私はその切断された片腕を首から離すと、その片腕を永久の父親へ投げつけて自分はいっきに離れた。この私を助けたのは永久ではない事はわかっていた。そう考えていると、魔方陣の周りの茂みから騒がしい音が聞こえ、二人の男女が現われた。その二人とは、桜乃唄恵葉センパイと小波啓介君だった。恵葉センパイ達はきっと私達を尾行してきたのだろう。どうしてこんな危険な場所にノコノコとついてきたのか。私には理解できなかった。
「恵葉センパイっ!!小波君っ!!ここは危ないから逃げてっ!!」
 私は二人の方を振り向くとそう叫んだ。だけど恵葉センパイと小波君は首を左右に振った。
「しぃーちゃんはあたしの数少ない友達の一人だからね、放っておく事なんてできないわ」
「僕はフィストとしてここに来たんだ。これ以上あの化け物に犠牲者を増やされたくないしね。それにあいつは恭二の家族を殺したんだ。仇をとってやりたいでしょ、綿津見さん?」
 小波君の言葉に私は思わず頷いてしまった。そうなのだ、恭二の家族は永久の父親に殺されたのだ。私は首に巻いているロザリオをそっと取り出すと強く握り締めた。
「恵葉センパイ、小波君。命の保証はないよ?」
 私が問いかけると、二人は黙って頷いた。そして私達は永久の父親の周りを囲み戦闘の構えをした。

 永久の父親は周囲を囲んでいる私達を一瞥すると、切断された片腕をもう片方の腕で持ちながら魔方陣の中心へと歩き始めた。私達も永久の父親を囲みながら間をおいて歩き出す。小波君は大薙刀をいつでも振れるように構え、恵葉センパイは黒いコートを着て露出している両腕から血を流していた。さっき永久の父親の片腕を吹っ飛ばした風はきっと恵葉センパイの魔法だろう。
「何人でかかってきても同じ事だ。我がお前達を葬りさってやるぞ」
 永久の父親は魔方陣の中心で立ち止まると、そう私達に告げた。そして自分の切断された片腕を切断された腕にくっつけると、切断面が赤く光りだし腕が元通りに治ったのだ。
「凄い治癒能力ね。それぐらいの力があるのなら不老不死にならなくてもいいんじゃない?あなた十分に長生きできるでしょう?」
 その永久の父親の行動を見た恵葉センパイが言う。しかし永久の父親は首を左右に振る。
「我はもっと生きとし生きるものの命を奪わなければならない。それが我の快楽であり使命なのだ。我が銀狼として生まれてきたのはその為だ」
「生きるものの生命を奪う為に生まれてくるものなんているものか。あなたは狂ってる」
 永久の父親の発言に今度は小波君が言い返した。小波君の目は鋭く光り殺気だっていた。
「お前達にはわからんだろうな。非力な人間に、出来損ないの魔女、複製品の銀狼にはな」
 永久の父親は私達に愚弄の言葉をかけると、再び囲んでいる私達を一瞥した。その体の全体からは凄まじい程の殺気が沸いて出ていた。
「あまり、馬鹿にしないでほしいなっ!!」その瞬間、小波君が先手必勝とばかりに大薙刀を握りなおして、永久の父親に近づくとその大薙刀をおもいきり横一線に振るった。その瞬間、永久の父親が風のようにビュッと消えたのだ。だけど、私は神経を研ぎ澄ましその動きを目で追う事ができた。
「上に跳んだわっ!!」
 私は叫び上げるように言う。それに反応した恵葉センパイは素早く小声で呪文を唱えると、恵葉センパイの両腕の傷口から蜘蛛の巣状に赤い糸が放出された。
「捕らえるわよっ!!」
 恵葉センパイも叫ぶと、見事に蜘蛛の巣状の赤い糸が空中にいる永久の父親の体を包み込んだ。だが、
「それで捕らえたつもりか?」
 蜘蛛の巣状の赤い糸に体を拘束されながらも、永久の父親は苦にもならない表情を見せると、その赤い糸を自信で掴むと引きちぎったのだ。そしてその赤い糸がまだ恵葉センパイの傷口から繋がっている事を確かめると、地面に着地したと同時に勢いよく自分の方へ力を込めた。
「しまっ……!?」
 恵葉センパイが言葉を出しかけた時には既に永久の父親の間近にまで引きずりこまれていた。
「チェック・メイトだな」
 永久の父親がにんまりと笑うと右腕の爪をギラリと光らせて横一線に、引きずり込まれた恵葉センパイに振るった。
「ぐっ………!!」
 その瞬間、霧状の血が恵葉センパイの腹部から噴いたのだ。
「恵葉センパイっ!!」
 私が叫んだ時には恵葉センパイは地面に叩きつけられ、魔方陣の外まで吹っ飛ばされていた。そして永久の父親は元通りの魔方陣の中心にいた。小波君は再び永久の父親と距離をあけていた。私は恵葉センパイの倒れているところへ行こうとしたが、迂闊に動く事は危険と察してもどかしかった。恵葉センパイは低く唸りながら、腹部から流れる血を必死に手で抑えていた。
「よそ見をしていて、いいのかい?」
 魔方陣の中央に仁王立ちしている永久の父親が言うが、私が魔方陣の中心にいると思っていた永久の父親は、既に私の目の前にいた。動きが早すぎて目で視認する事ができなかったのだ。
 永久の父親は私を見下ろしながら、右腕を天にかざして鋭い爪を光らせていた。
「痛みなど感じないさ、すぐに楽にしてやる」
 永久の父親が優しく囁いた。私はその攻撃を避けようとした。だけど永久の父親の瞳を見た瞬間に金縛りでもあったかのように体が全く動かなくなったのだ。まだ私は一歩踏み出す事ができなかったのだろうか。そう思考が勝手に動いてしまうと、永久の父親の右腕がスローモーションのように動くのがわかった。それは私が生きた最後の光景のように。
「そんな事はさせないっ!!」
 突然、横から永久の声が聞こえた。その声の方向に視線を向けると、意識を取り戻した永久がこっちへ近づくのがわかった。そして永久の父親が私を引き裂こうとした時、永久が全体重をのせて父親に衝突した。
「ぐっ……!?」
 永久の苦しむ声が響いた。それは父親の片腕が永久の腹部を貫き苦しむ声だった。
「永久、お前では我を殺せんよ」
「殺してやるっ!!絶対に殺してやるっ!!お前は母を殺したっ!!私の大切な母を………っ!!」
 永久は父親に腹部を貫かれ、つるされながらそう口ずさんでいた。その瞳に移る自分の父親を憎んで。そして最後の足掻きのように、自分の牙で父親の腕に噛みついた。その光景に永久の父親はしかめ面をすると、まるでホコリをはらうように私に向かって永久を振りはらったのだ。
「永久っ!!」
 私は振りはらわれた永久をしっかりと受け止めると、魔方陣の外の木に背中をぶつけながらも、永久の意識を確認した。
「永久っ、永久っ!!大丈夫っ!?」
 私は永久の腹部から流れる血を抑えながら彼女に話しかけた。その間に永久の父親は私達に近づいてきていた。
「待てっ!!お前の相手はこの僕だっ!!」
 小波君が永久の父親の注意を引きつけるように言った。だが、その小波君の行った行為は自殺行為に等しい。私と永久、恵葉センパイでも敵わない相手に、生身の人間の小波君が太刀打ちできるはずがないのだ。
「愚かな行為だな、人間」
 永久の父親が小波君の方へ振り向いて言った。そして私達から離れるかわりに、小波君の方へと歩き始めたのだ。
「やってみないとわからないっ!!」
 小波君はそう叫ぶと、永久の父親の真正面に駆け出していた。そして縦一閃に薙刀を振り下ろしたのだ。しかし、その攻撃を永久の父親は指二本で受け止めてしまったのだ。薙刀の刃先をがっちりとつかんだ永久の父親は、表情一つ変えない。
「くだらんな……」
 永久の父親がそう言った瞬間、その受け止めていた刃を根元から折ってしまったのだ。そして、その折った刃を手投げナイフのように、小波君に向かって目にも見えない速さで投げつけたのだ。
「うっ………!?」
 小波君が低い声で呻いた。永久の父親が投げた刃が小波君の喉に突き刺さっていた。小波君はそのまま地面にひざまついてしまった。
「すぐ楽にしてやるさ」
 永久の父親は一言そう言うと空に右腕をかざす。だが、その右腕には赤い糸が束になって絡みついてきたのだ。その赤い糸の主は恵葉センパイだった。恵葉センパイは腹部から流れ出ている大量の血を魔法に変えているのだ。
「恵葉センパイっ!!それ以上は止めてくださいっ!!死んでしまいますっ!!」
 私は恵葉センパイに向かって叫んだ。このまま恵葉センパイが魔法を使い続ければ大量出血で命の危険に関わるからだ。
「そんな事は言われなくてもわかっているのよっ!!だけどね、しぃーちゃんはあたしにとって大切な人だからさ、ほっとけないのっ!!」
 赤い糸が永久の父親の体を全て包み込んだ。そして激しく永久の父親を締めつける音がしたのだ。
「このまま、絞め殺すわっ!!」
 恵葉センパイは地面から立ち上がると、腹部の傷口から更に赤い糸を放出した。だが、赤い糸に包まれた永久の父親はそれをなんなく引きちぎったのだ。
「その程度の魔法でっ!!我を倒せると思うのかっ!!」
 永久の父親は次々に向かってくる赤い糸をはらいのけると、恵葉センパイに向かって空へ飛んだ。紅い月に照らされて永久の父親の右爪がギラリと光ったのがわかった。
「恵葉センパイ………っ!?」
 私は思わず声を漏らしてしまった。永久の父親が恵葉センパイの側に着地をしたと同時に鮮血が飛んだのだ。永久の父親が恵葉センパイの首を吹っ飛ばしたのだ。そして地面に恵葉センパイの生首がゴロリと音をたてたのだ。
「恵葉……センパイ………っ!?」
 私は思わず恵葉センパイに問いかけてしまった。無駄だとわかっているはずなのに。
「お前らも同じようにしてやるさ」
 永久の父親は私達の方へ振り向いてそう言った。そして再び私達の方へ近づき始めたのだ。その時、永久の父親の前方に小波君が立ち塞がった。小波君の喉にはまだ刃が突き刺さっていた。その両腕には片方の刃が折れた薙刀を握り締めて。
「まだ……まだ終わらない………」
 喉から血を流しながら小波君はそう繰り返していた。
「わざわざ死にたいみたいだな君は」
 永久の父親は呆れたように言って右腕を宙にかざす。だが、その時だったのだ。急に永久の父親が苦しみだしたのは。
「ぐっ……っ!!うぅっ!!」
 何が起きたのかわからないがそんな時、私に抱きしめられていた永久がぴくりと動いた。そして私に話しかけてきたのだ。
「もう一度、血を飲みなさい……」
 私を見上げるように見つめた永久は口の中からドロリと血を垂らしたのだ。私はそれを見て理解した。永久が腹部を父親に貫かれた時に、悪足掻きのように噛み付いたのだ。きっと永久の口の中に含まれている血は、永久の父親のなのだろう。私は思わず首を左右に振ってしまった。
「そんな事、私はできないわ。もしも私がその血を飲んだらどうなるの?」
「きっと暴走するわね……」
 私の質問に永久があっさりと答えた。
「なら尚更その血を飲む事はできないよ。あの永久の父親のように大量殺戮をする化け物になりたくない……っ!!」
「ここでみんなが殺されても?」
「っ!?」
 永久がそう呟いた時、私は反論する事ができなかった。
「詩織せんぱいっ!早く決めてくださいっ!!」
 永久の言葉に悩んでいる私に突然、すみれの声が聞こえたのだ。森の茂みからすみれが現われ、眩い光を胸元から放ちながら永久の父親に近づいてきているのだ。なぜ、すみれまでも私の前に姿を現したのか、意味がわからない。
「お前っ!!我に何をしたっ!!」
 頭を抱えながら苦しむ永久の父親に、すみれはあっさり答える。
「あなたの心に、わたしの心に傷をつけた記憶を逆流させてるの。痛いでしょ?精神的なダメージってなかなか鍛えられないから」
 すみれが更に一歩と永久の父親に歩み寄る。すみれは人の心を読めるといった。なら逆に人の精神にダメージを与える事も可能という事なのだろう。そんな事を考えていた私にすみれは言った。
「詩織せんぱいっ!!早くしてくださいっ!!この化け物の血を飲むのか、それともここで死ぬのかっ!!あと少ししか持ちませんっ!!」
 すみれに背中を押されるように、私は永久の唇を見た。その唇から流れる血を。
「もしも……その化け物の血を飲んだら、次は私が大量殺人をする者になるのかもしれないのよ………」
「気をしっかり持っていれば大丈夫ですっ!!それに、わたしは詩織せんぱいに愛してもらえないのなら、その手で殺してくれるのなら、それだけで本望ですっ!!」
 すみれが涙を瞳に浮かべながら私の言葉に返事を返した。だが次の瞬間、苦しむ永久の父親がすみれをふっ飛ばし、すみれは魔方陣の地面を転がるとそのまま気絶してしまった。それと同時に小波君が薙刀の折れていない片方の刃を永久の父親に刺そうとするが、同じように吹っ飛ばされ、魔方陣の外側に生えている木にぶつかり気絶してしまった。
 もう私しか永久の父親を止める事ができないと決心した時、私はそっと永久の唇に自分の唇を重ねた。そして化け物の血を吸い上げたのだった。

 私はそっと抱きしめていた永久を地面に横たわらせた。これから自分に何が起こるのかわからない以上は、あまり永久の側にいてはいけない気がするし、すみれと小波君にも同じ事がいえるからだ。だから私は永久の父親のところに一歩一歩と歩み寄る事にする。
「愚かな女だな。我の血を飲んで意識が保てると思うのか?」
 永久の父親がそう言った時、私の鼓動が周囲に聞こえるくらいドクンと鳴ったのがわかった。
「ぐっ!?」
 私は唇を噛み締めるとその場にくずおれた。体が熱くなり火傷をしたようなくらいの痛みが全身に走ったのだ。
「あっ!……あぁっ!……ぐっ!うぇっっっ!」
 私は喉に込み上げてきたものを地面に勢いよく吐き出した。血を吐き出していたのだ。それはきっと、永久の父親の血を拒絶しよう私の体がしているのだ。
「無駄だ。今さら吐き出してももう遅い。我の血がお前の体の隅から隅まで行き渡っているのだよ」
 永久の父親は私を見下すように言う。だがそんな事を私は気にする余裕なんてなかった。息ができなくなりそうになり、金魚のように口をパクパクとさせ地面の土を掻き毟っていた。意識を失えば痛みが和らぐのではと思った。だけど私の意識は逆にはっきりとし鋭くさえはじめていたのだ。痛みは増す一方だった。
「詩織せんぱいっ!!気をしっかりともってっ!!
 耳にすみれの声が聞こえたが、私は激しい痛みに意識を失いたかった。誰かに救いを求めたかったのだ。
「無駄な励ましだ少女よ、理性なんて残らなくなるさ」
 永久の父親がそう言い、すみれの方へ歩き始めていたのだ。
「お前はその娘に殺されてもいいと言ったなぁ。だが残念だな、お前は我が殺す」
 横たわっているすみれの背中を永久の父親は足で踏みにじる。
「あぁっっ!!」
 すみれが叫び声を上げた。永久の父親はすれみを踏み殺そうとしている。今にも骨の軋む音が聞こえてきそうなくらいだ。
「ほらほら、もっと叫べ。さっきの精神的な攻撃のお礼といったところかな」
 永久の父親は更に捻りこむように、すみれの背中に体重をかけていく。すみれの声がますます張り上がった。
 私はその光景を見た時、この化け物だけは殺しておかなければならないと思った。例え理性が無くなったとしても、こいつだけは始末しておかなければと。
 朦朧としている意識の中、私はよろりと立ち上がった。
「殺すんだ……」
 私は口ずさむ。
「殺すんだっ!!お前だけは絶対に殺すんだっ!!」
 私は叫びあがると永久の父親に向かって飛び掛った。そして右足をおもいきり永久の父親の顔面に向かって蹴り上げた。
「なにっ!?」
 永久の父親は一瞬、油断の声を上げた。だが既に私の右足は永久の父親の顔面にヒットしており、空中で回転をするように永久の父親が吹っ飛んだのだ。そのまま魔方陣の外の木に激突する。
 私は倒れているすみれの近くに寄った。
「すみれ、小波君を連れて逃げて」
 私はすみれを立ち上がらせると、そう告げた。しかしすみれは左右に首を振る。
「嫌です、わたしもここに残ります。詩織せんぱいに殺されてもいいように―」
 瞬間、私はすみれの頬を叩いた。
「詩織せんぱい……どうして………」
 叩かれた頬をさするようにすみれが涙を流した。
「すみれ、あなたはそれでいいかもしれない。だけど大事な人を自分の手で殺してしまう事は辛い事なのよ」
 私はすみれの肩を強く握り締め見つめる。
「生き延びる事ができたらまた会いましょう」
 私はその言葉をすみれに伝えると、すみれの背中を倒れている小波君の方へ押した。すみれは小波君の方へトボトボと歩き出す。そしてポツリと呟いたのだ。聞こえないように言ったのだろうが、今の私は聴覚が優れているため何を喋ったか聞こえた。『嘘つき』と。すみれは私の心の中を読んだのかもしれない。永久の父親をなるべく理性のある内に殺し、自分の命を自ら絶とうということに。
 すみれが小波君を起き上がらすと、私と永久が歩いてきた道を戻りだした。
「我から逃げる事はできん」
 木に叩きつけた永久の父親が立ち上がり、すみれ達に近づこうとするのを私は制した。
「あなたの相手はこの私よ」
 永久の父親に私は宣戦布告する。
「そんな体で我に勝てると思うのか?」
 永久の父親が問う。それは事実だった。私の体のいたるところから血が流れているのだ。体が永久の父親の血に耐え切れず、皮膚を貫いて血が噴出しているのを感じる。全身の痛みを堪えて、永久の父親と戦わなければならなかった。
 私は鋭く尖った自分の爪を前方にいる永久の父親に向けて構えた。その指先から血が滴り落ちている事に気がついていながら。
「まぁ、どっちにしろお前達は死ぬのだ。この我の手で」
 永久の父親も私にむかって構えをとる。だがさっきの私の攻撃からみて、ある程度用心をしているみたいだった。
「どうした、震えているぞ?」
 永久の父親が私の震える腕を見て呟いた。私は怯えているのではないのだ。出血のせいか痛みとともに感覚がおかしくなってきたのだ。この勝負、持久戦に持っていかれたら勝ち目は私になくなる。その事が明らかに震えるその手を見てわかった。
「そんな事、自分でもわかってるっ!!覚悟しろ化け物っ!!」
 私は地面をおもいきり蹴ると永久の父親に向かって蹴りを繰り出す。それと同時に永久の父親も動き出したのだ。
「でやぁっ!!」
 空中で私の蹴りと永久の父親の拳がぶつかった。その衝撃によってお互いに吹っ飛ぶが私はすぐに地面に着地して態勢を立て直すと、今度は拳を繰り出すように永久の父親に向かって突進した。だが、ふっとばされた永久の父親も地面に着地をして体の体制を立てなおすと次の攻撃にうつっていた。
「これならっ!!」
 私は右拳をお互いに近づく永久の父親の顔に目掛けてパンチを繰り出すが。永久の父親は体制を低くして、私の懐に潜り込んできた。このままではアゴに向かってアッパーを繰り出してくると判断した私は、その繰り出した右腕を永久の父親の肩にかけ、そのまま跳躍し、永久の父親の背後へとまわった。だが、それを予測していた永久の父親は背後の私に向かって後ろ蹴りをしてきた。
「くっ!!」
 私は反射的に前方を両腕で覆い隠す。だがあまりの脚力によって吹っ飛ばされた私は、永久の父親と間合いをつくってしまった。
「両腕が使えなくなったみたいだな」
 永久の父親が私を見てニヤリと笑った。そう、私はさっきの永久の父親の凄まじい脚力によって大ダメージを負う事はなかったが、その際に防ごうとして覆った両腕に負担がかかり両腕を骨折してしまったらしい。それによって今の私の両腕はぶらんと垂れていた。
 私の両腕はこれ以上、使う事ができない。幸いなのは足がまだ動けるというところか。永久の父親のスピードに反応できる足を今の私は持っている。だが、いつまで自分の体が持つのか私には分からない。それに私の心の中に不思議な気持ちが沸いてきているのだ。
「殺したい……」
 私は思わず心の中で思っていた事をぽつりと呟いていた。何かに駆り立てられるか如く、私は非常に永久の父親を殺したくてたまらないのだ。それと同時に何でもいいから何もかも壊してやりたい気持ちで抑えきれなくなったのだ。
「そろそろ、はじまったみたいだな」
 永久の父親が私に言った。何がはじまったというのか。
「お前も我のように殺戮や破壊がしたくて仕方がないってことさ。その前に我の命を奪えるかね」
 私に向かって永久の父親が手招きをしてくる。察する通り。私は自分の自我が働くうちに永久の父親を殺さなければならない。両腕が使えなかったとしても。
「ケリをつけるわよっ!!」
 私は永久の父親に向かって突撃をすると、右足を永久の父親のわき腹めがけて横蹴りをする。だが、その私の攻撃を永久の父親はガードして防いだのだ。今の私はだいたい同じスピードで戦える事ができるのに。
「戦闘の経験の差なんだよっ!!」
 永久の父親はそのまま私の右足を掴むと空中へと放り投げた。このまま空中から落下すれば地面に叩きつけられてしまう。私が空中で体制を整えている瞬間、すでに永久の父親が私の目の前にいたのだ。
「このまま叩きつけてやるさ」
 永久の父親はにやりと笑うと私の体に抱きつきながら片腕で私の頭部を掴むと、地面に向かって落下し始める。私を頭部から地面に叩きつける気なのだ。
「はっ、離せっ!」
 私は永久の父親から離れようと抵抗するが、がっちりと取り押さえられている為に抜け出す事ができない。このままでは地面に叩きつけられる事は避けられない。そんな時だったのだ、永久の声が聞こえてきたのは。
「詩織を離せっ!!」
 永久が勢いよく飛翔し父親に体当たりをくらわせたのだ。その隙を狙って私は拘束している永久の父親の腕から離れる事ができた。
 着地をした私と永久は、永久の父親から間合いをとる。
「永久、大丈夫なの?」
 私は永久にむかって言う。永久は腹部を抑えながら息を荒々しく吐きながら頷いていた。
「永久、我の攻撃をくらいながらまだ動けるとは、さすが我の娘と言っておこうか」
「ふざけるなっ!貴様など、わたしの父親などではないっ!!」
 永久が父親にむかって叫びながら言う。そして隣にいる私の方へ視線を向けると小さな声で言った。
「詩織、次の行動でアイツを殺しましょう。もうあなただって、まともに動ける状態じゃないでしょう?」
 永久の言葉は的確だった。私は徐々に体の感覚が鈍くなっている事に気付いている。そして出血のせいか目の前がかすむのだ。
「そうね、永久。私ももう限界みたい。次で決着をつけましょう」
 私は永久に告げた。次で全てを終わらせるのだ。永久の父親が永遠の命を手に入れない為にも。
「なにをコソコソと話している。我を倒すのは無駄だぞ。貴様らはここで死ぬ」
 永久の父親は私達を見下すように言うが、そんな事に聞く耳もたない。
 永久が動いた瞬間、私もそれに反応して動いた。私は永久の後ろにつくように、その永久の父親にむかって飛び込む。
「二人がかりでも、我を倒す事はできんっ!!」
 永久の父親が私達の方に両腕を構えた。永久が父親の懐へ入ると、自分の鋭い爪を父親の喉にめがけて振るった。しかしその攻撃を読んでいた父親は体制を低くして避けると、永久の首を右腕で掴み締め上げた。私は永久の後ろから跳躍をすると、永久の父親の後ろに回りわき腹を蹴った。
「ぐぅっ!!」
 私の攻撃によって永久の父親のわき腹の骨が砕け折れる音が聞こえると、永久の父親は苦しみだし締め上げている永久を離した。その隙を狙って永久は自分の父親の首に食いついたのだ。だが永久の父親も自分の娘に向かって牙を向いたのだ。永久の父親は永久の首筋にむかって己の牙を突き刺したのだ。両者の首筋から血が流れ出る。私はその光景を見ている場合ではなく、永久の父親のもう片方のわき腹にむかって蹴りをかまし、再び永久の父親のわき腹の骨を砕いた。それによって体制を崩した永久の父親はその場に倒れこむが、永久の背中に己の鋭利な爪を突き刺し、中央から永久の体を引きちぎろうとしていた。私もすかさず永久と同様に、永久の父親の喉に自分の牙で喰らいついていた。後はもう必死だったのだ。お互いに血で染まりながら永久と必死になって喰らいついていた。意識が途絶えてきている時に私は思ったのだ。次に目を覚ました時は理性などなく、ただの化け物になっているのだろうと。そう思いながら、私は永久の父親の喉に喰らいつきながら、目を閉じたのだった…………。

         エピローグへつづく