イブ
作:尾瀬 駆





 街がイルミネーションとカップルであふれ返っている。
 異教の祭りなのに馬鹿馬鹿しい。
 結局、マスコミにうまいように踊らされてるわけだ。
 僕は。
 僕は今日も塾に通っていた。
 センターまで後1年とちょっと。
 2次試験のことも考えると時間はあまり残されていない。
 だから、家に帰って、勉強するつもりだった。
 だったのに。
 僕は今街の中にいる。
 一人の少女に連れられて。
 彼女の名は衣鳥真由(いとりまゆ)。
 同じ塾に通う同級生。
 高校こそ違うけれど、小学校、中学校は一緒だったりする。
 事の発端は塾の終わった後だった。
「ねぇ、街の方に行ってみない?」
 彼女のその一言に釣られて、塾からちょっと離れた通りまで出てきたのだ。
 ちなみに自宅はもっと田舎の方で塾まで電車で20分程かかる。
 もちろん彼女も同じくらいだ。
 だから、とてもこういう風景は新鮮だった。
 テレビでは見たことあるけど、実際に見てみると迫力が全然違う。
 馬鹿馬鹿しいと思っていながら、心が少し浮つく。
「ね。来てよかったでしょ?」
 彼女が後から声をかけてきた。
「うん。そうだな。よかったかもしんない」
「よし、じゃあ、何か食べに行こうよ。もちろん、あんたのおごりで」
「何か食べるって…。そろそろ行かなきゃ終電行っちゃうだろ?」
「大丈夫よ。いざとなったら歩いて帰ればいいんだし。せっかくのイブなのに何もしないで帰るのってさびしいじゃない?」
「あのなぁ…」
 彼女を見るとむちゃくちゃ残念そうな顔をしている。
 だめだ。
 あの顔を見ると…。
「分かったよ。じゃあ、ちょっとだけな」
 そう答えると、彼女はうれしそうに僕に腕に捕まってきた。
「お、おい」
「いいじゃない。せっかくのイブなんだから。ちょっとくらい真似事したって」
 僕は真っ赤になってしまう。
「でも………」
「ほら、早く行こ!」
「あ、ちょ、ちょっとぉ…」
 と、言いつつ、僕の足も進み始めていた。
「で、どこに行くんだよ?」
「そうね。手軽なとこでマクドとかは?」
「いいよ。でも、食べたらすぐ帰るんだぞ」
 僕は歩みを速めた。
 そして、頭では財布の残金を思い出していた。
 ―――確か二千円くらいは入ってるはず。
「ねぇ、待ってよ。足速いってば」
「え?」
 彼女を見ると必死に腕にしがみついてちょっと駆け足のようだった。
「ごめん」
 僕は立ち止まった。
「そんなに私といたくないの?それとも、早く家に帰りたいの?」
「いや、ちょっと考え事してて・・・」
「はぁ、こんなかわいい女の子連れて歩いてるのに考え事だなんて・・・」
 彼女はすっかり呆れ顔だ。
 にしても、自分で自分のことかわいいって言うか?
 確かに不細工ではないし、僕もかわいいとは思うけど・・・。
「何よ。何か言いたげね?」
「ううん。何にも。それより、早く移動した方がいいんじゃないかな。一応道の真ん中だし」
 その一言に彼女はくる〜りと辺りを見回した。
 あからさまに文句を言う人はいないまでもけっこう迷惑そうな顔をしたカップル数人こっちをにらんでいた。
「そうね。ほら早く行きましょ」
「はいはい」
 僕たちは再び歩き始め、目的のマクドに到着した。
「す、すごい混んでるわね」
 案の定、とてつもなく混んでいた。
 席は満席、テイクアウトも店の外ぎりぎりまで並んでいた。
「どうするの?ここは諦める?」
「そうね。ここは止めましょう。どこか空いてそうなところは・・・・・・・」
 待ち時間が嫌いな彼女は他の店を探すべく、ちょっと高い位置に立って辺りを見回した。
「なさそうね。しょうがない食事は諦めますか」
 僕は内心ほっとして駅の方に歩き始めようとした。
 が、彼女に引き止められた。
「どこ行くのよ?」
「え?何も食べないんだろ?だから、帰ろうかなと思って・・・」
「馬鹿ね。当初の目的を忘れたの?」
「当初の目的って何かを食べることじゃないの?」
「ちが〜う!イブなのにそのまま帰るのがもったいないから何かして帰ろうってのが目的でしょうが!」
 僕はそうだっけ?と思いつつ言葉には出さなかった。
「じゃあね。ゲームセンターに行ってみない?ここらへんに安いゲームセンターがあるのよ」 
「分かりました。行きましょうか」
 すでに帰ることを諦めた僕は素直に従った。
「うん。物分かりがいいのね。よし、レッツゴー!」
 そして、ゲームセンターに向かった。
 無論、ゲームセンターもカップルでいっぱいだった。
 が、彼女は奥のほうへずんずん進んでいく。
 僕は仕方がなく連れて行かれた。
 そして、一つのゲーム機の前で止まった。
 それは・・・DDR4thMIX(ダンスダンスレボリューションフォースミックス)だった。
「思ったとおりだわ。さすがにこれは空いてたみたい」
「ってこれやるの?」
「そうよ?嫌なの?」
「でも、僕やったことないよ」
「大丈夫だって。しょうがない私がするの見てなさいよ。そしたら、次は一緒にやるんだからね」
 僕はとりあえず頷き、彼女がステージに上るのを見送った。
 さすがの僕でもこのシリーズの名前くらいは知ってる。
 DDR。
 出てくる矢印に合わせてステップを踏むゲームで、とても疲れるらしい。
 はっきり言って苦手な方だ。
 音痴がない上に運動音痴。
 そんな奴にこれをやれという方が無謀だと思う。
 Fall in love〜!!
 いきなりの大音量に驚いたが、曲が始まったようだった。
 自分からやろうと言い出しただけあって、彼女はけっこううまかった。
 見る人が見れば、下手なのかもしれないが僕には十分すぎるほどうまいように見えた。
 そして、びびってる間に一曲目が終わってしまった。
「どう?どんな感じか分かった?次、あんた踊ってみなさいよ。簡単な選んどいたから」
「え?まじ?」
「うん。ほら、早く早く」
 彼女は笑顔で答え、僕をステ―ジに誘う。
 ステージに立つとすでに曲が始まっていた。
「ほらそこ!」 
 彼女の言葉につられて適当に足を動かす。
 Great!
 画面にはその文字が出た。
 が、僕にはすでに何がなにだか分からない。
「ほら、次来てるわよ。今、右!」
 右〜!?
 方向を言われて右、右と考えるが頭が真っ白で右がどちらか分からない。
 MISS
今度はその文字が画面に現れる。
「もう、何してるのよ!もう次来てるわよ!ほら、上!!」
 と、そのような調子で、なんとかクリアすることができた。
「よかったじゃない。初めてでクリアできるなんてちょっと見直したわよ」
「あ、ありがとう」
 僕はすでに精も根も尽きたって感じ。
 人に言われながら、しかも、やり慣れないゲームを運動不足の体でやるのはやはり無謀だった。
「さて、後は私がやるわね。ちゃんと見ててよ」
 彼女は再びステージに上がった。
 驚いたのはそこからだった。
 さっきやったのは準備運動のようなものだったのだ。
 今やってるのはとてつもなく矢印の数が多い。
 見てて何をしているのかが分からなかった。
「どう?見ててくれた?」
 言葉をかけられてはっと我に返った。
「う、うん」
 実のところ、画面ばかり見ていて踊っている姿はほとんど見ていなかった。
「じゃあ、今度は二人一緒に踊ろうよ。ね?」
「うそ!?」
「いいじゃない。これで終わるからさ」
「うん。分かった」
 僕もステージに上がった。
「簡単なのにするから大丈夫よ。私もちょっと疲れたしね」
 そう言う彼女を見ると確かに額の辺りに汗がうっすらと見える。
「え〜っと、これでいいかな?」
 ピッ。
 ボタンを押すと画面が曲選択の画面に切り替わったようだった。
 が、なぜか難易度を表す記号の数が多い。
「え?え?」
 彼女も困惑しているようだった。
「ごめん。設定間違えたみたい。なるべく簡単な曲探すけど、私もクリアは難しいと思う」
「ほんと!?僕どうしたらいいんだよ」
「できるだけ、がんばって。私もがんばるから」
 彼女はちょっと厳しい顔をして、画面を見つめていた。
 そして、始まった曲は・・・明らかに彼女がさっきやったものと比べても難しいものだった。
 矢印だらけで何を押していいのかも分からない。
 彼女は必死に足を動かしている。
 僕もとりあえずやってみるが、出てくるのはMISSの文字ばかり。
 その内、一曲目が終わった。
 結果はなんとか彼女の方が越せたようで、また曲選択画面が出てきた。
 が、彼女はかなり息を切らせ、肩で息をしている。
 僕も彼女ほどにはないにしてもかなりつらい。
「もう、いいんじゃないか?」
「だめよ。お金がもったいないじゃない!」
 彼女はそう言って、曲を選択した。
 そして、気合を入れなおすように少し伸びをした。
 曲が始まり、彼女は激しく動き始めた。
 彼女は順調にステップを踏んでいた。
 僕は相変わらず全然だめだったけど。
 が、終わりに近づいたその時、
「きゃ!?」
 その声に反応して彼女の方を向くと彼女が倒れこんできた。
 背中に床の衝撃を受け、一瞬息が止まる。
 が、彼女のことが心配ですぐに彼女の方を見た。
 彼女は倒れた時の衝撃こそあまり受けなかったと思うが顔がかなりつらそうだった。
 僕は、人だかりができる前に彼女をなんとか抱き起こし、ゲームセンターの外まで連れていった。
 外は相変わらずの人だかりだったけど、とりあえず邪魔にならないところに彼女を座らせた。
「大丈夫?」
「う、うん。途中で足をくじいちゃったみたいで。でも、大丈夫よ。ほら、帰りましょう」
 彼女は立ち上がろうとして体を起こすが、顔がとてもつらそうだった。
「ほら、早く帰らないと終電終わっちゃうんじゃないの?行きましょうよ」
 彼女は壁を使って少しずつ歩き出した。
 が、つらそうな顔がより歪んでくるのがすぐに分かる。
 僕は彼女の前に立ち、彼女の行く道を防いだ。
「何よ?早く行かなきゃ終電終わっちゃうんじゃないの?」
「それより、足大丈夫なのか?」
 大丈夫じゃないことはさっきから分かっているが、一応聞きなおす。
「大丈夫に決まってるでしょ。ほら行かなきゃ」
 彼女は壁から手を離し、一人で歩いていこうするが、
「きゃ」
 足の痛みにまた倒れかけた。
「ほら、言わんこっちゃない。もう、終電はいいよ。それより、衣鳥さんの足の方が心配だよ」
 僕は彼女を抱きとめていた。
「ごめん」
 彼女は素直にそう言った。
 消え入りそうな声だったけど。
「足挫いたんなら、ほら、肩貸すからゆっくり歩いていこう」
「ごめん。でも、歩くのも痛いんだ。おんぶして」
「へ?」
「だ・か・ら、おんぶしてよ。でないと、帰れないんだから」
「しょうがないなぁ」
 僕は渋々、彼女の願いに了承した。
 人をおんぶするのはこれが初めてかもしれない。
 僕は思った。
 今までを思い出してもおんぶされた経験しかない。
 まぁ、なんとかなるだろう。
 そう思った矢先、ずしりと背中に重みがかかった。
 もちろん、彼女が乗って来たのだ。
 僕はよろよろしながらも歩き始めた。
「じゃあ、その調子で家までお願いね」
 彼女はさらっと大変なことを言う。
「そ、そんな無茶な」
「大丈夫よ。私、そんなに重くないでしょ?」
「・・・・・・」
「重くないわよね♪」
 そう言って、彼女は僕の首を絞めてきた。
「お、重くありません」
「よろしー」
 ぱっと彼女が手を離すと、僕は思う存分に息をした。
 にしても、一瞬しおらしくなったと思ったらまたこれか・・・。
 僕は小さな溜息をついた。
「ねぇ、どこに向かってるの?」
「一応、駅にね。まだ11時半ぐらいだから、電車残ってるかもしれないし」
「ふ〜ん」
 彼女はそれっきり黙ってしまった。
 彼女と話すことがないと、どうしても周りの目が気になってしまう。
 街でおんぶしながら歩くってとてつもなく恥ずかしい。
 しかも、クリスマスイブの夜にだ。
 カップルが多く、色んなタイプの絡み方がある中で、一番目立っていた。
 もしかしたら、彼女もそのせいで何も話さないのかもしれない。
 僕は段々スピードを上げ、ついには走り出してしまった。
 そして、駅に到着。
 が、入り口はシャッターで閉められていた。
「電車だめみたいだから、やっぱ、歩いていくよ。今からだったら、1時間半くらいかかるだろうね」
 僕は少し笑った。
 が、彼女からは笑い声どころか返事すらしなかった。
 寝てるのかな?
 そうだったら、起こすのもかわいそうだし、このままほっておいた方がいいかな。
 僕はまた歩き始めた。
 街から少し離れるとさっきまでの明かりが嘘のように少なくなっていった。
 それと同時に足の方もかなりつらい。
 運動不足な上にDDRをして、おんぶしながら走ったりすれば、当然の結果だった。
 それに、こんな夜中に歩くのはかなり心細い。
 さっきから、何回も休みながら辺りを見回している。
 この分じゃ家まで2時間くらいかかりそうな感じがする。
 せめて、彼女が起きててくれたらなぁ。
 そんなことが浮かんでくる。
 ただ、背中に彼女の体温を感じられることがせめてもの救いだった。
 この体温すらも感じられなかったら、僕は今ごろどこかにうずくまってるに違いない。
 それほどまでに怖い感じがする。
「はぁ、起きてくれよ〜」
 僕は何度目かの溜息をついた。
「・・・3・2・1・・・メリークリスマス!!」
 突然の声に思わず彼女を落としそうになった。
「な、な?」
「何してるのよ。落ちちゃうじゃないの!」
「寝てたんじゃないの?」
「寝てないわよ。ずっとタイミングを待ってただけなんだから」
「タイミングって?」
「メリークリスマスのよ。今、ちょうどクリスマスになったの」
 彼女は腕時計を僕に見えるように、前に出した。
「ほんとだ。もう、12時なんだね」
「ねぇ、さっきから何回か止まってたけど、足大丈夫?」
「衣鳥さんの足よりはましだよ」
「そう。それならよかった。休みたい時は言ってくれたら、私降りるからね」
「うん。ありがとう」
 また、沈黙が始まろうとしていた。
 が、僕はすぐにそれを破った。
「あのさ。少しでも、話しといて欲しいんだ」
「え?なんで?」
「静かだと心細いから」
「ふ〜ん。いいわよ。前からちょっと聞きたかったこととかあるし」
 彼女は意味ありげにそう言った。
「あのね。将来、何かなりたいものってある?」
「将来かぁ。そうだな・・・」
 僕は記憶に思考をダイブさせる。
 あれは、小6の頃だった。
 僕はきつい肺炎にかかり、手術しなければ危ないところまでなってしまった。
 両親は仕事もあり、ほとんど来れなかった。
 そんな時、心の支えとなってくれたのが一人の医者だった。
 全然僕に関係のない人なのに色々な話をしてくれたり、手術の前にも励ましてくれた。
 だから、僕はその時絶対に医者になろうと心に決めたのだった。
「僕は、医者になりたい。そして、病気だけでなく心も治してあげれるような」
「へぇ、だから、そんなに勉強ばっかしてるのかぁ」
「まぁね。勉強しないと医者にはなれないしね」
「でもね、勉強ばっかりしてる医者には見てもらいたくないなぁ。私」
「え?」
「だって、そういう医者って生きてるって感じがしないもの。ほんと機械みたいやつがいるし、患者のことを人と思わないようなやつもいるし。そんな医者にはなって欲しくない」
「う〜ん」
「それにね。やっぱり、遊ぶことって大事だと思うの。息抜きの意味もあるし、それに人生を楽しむってことにしても。仕事でも楽しんでできれば、きっとすばらしい人生をすごせると思うの」
「・・・・・・」
「はっはっ。ごめんね。変なこと話して。でも、今日誘ったのも同じ理由。なんかあんたが自分を追い詰めてるような気がしたから」
 自分を追い詰めてる?
 まさか、僕はただ勉強しようと・・・。
「もっとね。勉強も楽しんだらいいと思うの。難しいけどさ。ただ、機械的にするんじゃなくて何か楽しみを見つけて、そして、成績も上がったらすてきだと思わない?」
「それはそう思うよ。でも、勉強を楽しむなんて僕にはできないよ。まして、医者になろうと思ったら、今の倍はやらなくちゃならないだろうし」
 そうだ、僕は医者になるんだ。
 そのためにはもっと勉強しなきゃならないんだ。
 そんな楽しむなんて悠長なことできるもんか。
「でも、私はそんな風にして医者にはなってほしくないなぁ」
「?」
「考えてもみてよ。勉強ばっかりして人とあんまり接してない人間が医者になって突然人と接せられると思ってるの?」
「・・・・・・」
 彼女の正論に僕は黙ることしかできなかった。
 確かに僕はこのままだったら目指す医者にはなれないだろうと思う。
 でも、どうしたら・・・。
「だったら、どうしたらいいんだよ」
 僕は誰に訊くでもなくそうつぶやいた。
「それは自分で考えなきゃね。私も分からないもん。生涯の問題ってとこかしらね」
 ひどいやつだ。
 僕は彼女をそう思った。
 自分で問題投げかけといて、答えはないなんて。
 でも、なぜか笑えてきた。
「そっか。生涯の問題か。いつか答えを出せたらいいな」
「うん。そうね。私もそう思う」
 彼女も笑った。
「でも、よかった。元気でたみたいで」
「元気どころか、めちゃくちゃ疲れてるんですけど」
「そっか、ごめん。ごめん」
「じゃ、今度は衣鳥さんの番だよ。将来の夢は?」
「私は・・・・・・」
 それから僕たち二人は取りとめのないようなことや進路に関すること、勉強のことや、友達に関することなど色んな話をした。
 そして、その間にも二人に笑顔が絶えることはなかった。
 そう。
 それはずっと昔からの恋人ように思えた。
           ・
           ・
           ・
「じゃあ、今日はありがと。私も楽しかった」
 もう彼女の家に到着してしまった。
 彼女を下ろし、壁に寄りかからせた。
「ううん。僕の方こそ。色々励ましてもらったし」
 背中にはまだかすかに彼女の体温が残っていた。
 が、そろそろそれも消える。
「じゃあ、また。塾でね」
「う、うん」
 二人ともなかなかその先を言えないでいた。
 さよなら。
 その一言を言うと全てがひと時の夢が終わってしまいそうで。
 沈黙が二人の間を支配していた。
 そして、沈黙を破ったのはまたもや僕だった。
「また、遊びに誘ってくれないかい?」
「え?」
 彼女は意外そうな顔をして、
「こんな感じでよければいつでも誘うわよ」
「よかった。じゃあ、僕は帰るよ」
 僕は名残惜しみながらもなんとか後ろを向いた。
「待って!」
 彼女はそう言って、僕の背中に抱きついた。
 そして、僕のほっぺたにそっと口づけた。
「またね」
 彼女はそういい残してさっと、家の中に入っていった。
 僕は彼女の家のドアを見つめ立ち尽くしていた。
 そして、彼女が口づけた場所にそっと手で触れたみた。
 微妙に暖かい気がした。
 今度は自分の家に向かう。
 もしかしたら、家に入れないかもしれない。
 もしかしたら、とてつもなく怒られるかもしれない。
 もしかしたら、何にもないかもしれない。
 もしかしたら・・・・・・・・・
 色々な仮定を立ててみるけど、たぶん、大丈夫だろう。
 彼女との今日過ごした記憶さえあれば、どんな苦難も乗り越えれる気がする。
 そう、つらい受験勉強でさえも。
 だから、大丈夫。
 大丈夫なのだ。
 僕は少し歩を早めた。















あとがき

 かわばたさんとこに送ったSSSの長いバージョンです。
 かなり長くなっちゃいました。(当社比約9倍)
 にしても、「イブ」なのに完成がクリスマス当日とは情けない。
 時期ネタなのにおもいっきり外しました。
 笑うなら笑ってくれ!
 ここまで読んでくれてありがとうございます。