ゼロ・クリア ─還無─ 第1章[6]
作:のりゆき





6.


 「北のアジト」で行われた反帝組織合同会議の翌朝、シェイエン軍とゼディス反帝勢力の共同作戦が開始された。
 司令官は、全会の一致で反帝ゲリラ「ZLF」のアレン・メッケル大佐が推された。ゼディス戦役ではハルツ要塞の参謀長として、倍の兵力で攻め寄せる帝国軍から要塞を守りきり、その戦上手はシェイエンまで届いている。
 ZLF、ヴリトラ、シェイエン騎兵の3者を合わせれば一個連隊ほどの兵力となる。これだけの兵力を指揮できるのは、今の所彼をおいて他に考えられない。


「カリナミス高原の敵陣地を占領し、今後の作戦を容易ならしめるための橋頭堡とする」
 というのが、今回の作戦の目的であった。
 敵陣地というのは、帝国が是氏国境に位置するカリナミス高原に建設している空軍基地である。ヴリトラが帝国軍内部に放っている間諜の報告によれば、完成度は八割という事であり、未完成という事もあってか、航空機もほとんど運び込まれていないという。
 しかし、防壁や管制塔・滑走路などの施設は完成し、すぐにでも使えるような状態になっている。シェイエン軍本隊を迎え、帝国軍との大規模会戦を行うための拠点としては、これ以上の物件はちょっと見つかりそうになかった。


 各部隊は、隠密行動をとりながらカリナミス高原にほど近いハンガイ山脈に集結した。同地で潜伏し、シェイエン軍の宣戦布告後、一気に撃って出ようという訳だ。
 ジョセフ大尉率いるシェイエン騎兵は、移動する足がないため、ZLFが保有していたホバー艦に同舟した。ゼディス戦役で使用されたウィルヘルム級の陸戦「カナリア」である。
 旧式であるが、その巨砲とミサイルの数々は十分戦力たりうる。ZLFの旗艦であったが、今日からこの艦は反帝勢力軍の旗艦となった。


 シェイエン騎兵中隊の将兵は、乗艦してすぐカナリアのブリーフィングルームに集められた。今後の作戦の説明を行うとの事である。
「ん?」
 ブリーフィングルームに入って来たカディツァークが、声をあげた。
「カディ、あんたも呼ばれたの?」
 前に座っていたナナスが振り返る。
「……ああ」
 カディツァークは応え、一つ間を開けた隣の椅子に座った。既に中隊長のジョセフ大尉が、副官のシムス少尉を引き連れ、壇上に上っている。
「でもさぁ。あたしら、何でヴリトラじゃ無くてこっちなの?ジョセフ大尉の指揮下に入れって事かしら」
「……」
 てっきり、帝国兵を斬り殺した事について何か言われるかと思ったが、違った。
 しかし、カディツァークにも答えようがない。彼も、呼ばれたから来ただけである。
「ちょっとあんた!何とか言ったらどうなの?」
 ナナスが、またキレた。この女、よほどカルシウムが足りないらしい。とカディツァークは思う。
「あー。ゲホン!」
 壇上のジョセフ大尉が咳払いをした。
 周りを見れば、ナナスだけが大声で騒いでいたという状態である。真っ赤な顔をして、黙った。
 その後、作戦について説明があった。攻撃はシェイエンの帝国に宣戦布告後になる。本中隊は臨時にZLFのアレン大佐の指揮下に入る……などの細々とした事柄であったが、最後に、部屋の一番後ろに座っていたカディツァークとナナスが呼ばれた。
「ヴリトラが誇るレシピエントの二人だ。レシピエントとしての攻撃力は、襲撃が専門の兵種である騎兵にあった方が有効とのヴリトラ上層部の考えから、我々の部隊に迎える事となった。見知り置くように!」
 壇上にあがった二人に、騎兵中隊の将兵から拍手が送られた。ナナスは照れながらニコニコ笑っていたが、カディツァークはカチカチに緊張していた。


 所で、シェイエン騎兵についてである。
 騎兵というと、いかにも前近代的な印象を受けるが、もちろん現在は生きた馬を使う事はない。乗るのは、軍事用の大型バイクである。
 シェイエン軍では、それを「機馬」と呼んでいる。陸上戦艦の如き大型兵器が戦場で使われるようになって久しいが、機動力と小回りに優る機馬での襲撃は今でも有効であった。
 シェイエン軍は、「騎兵の神様」アキヅキ大将の献策により、騎兵を戦車などと組み合わせた混成部隊を世界に先駆けて数多く持っていた。騎兵=シェイエンというほど、その存在は有名であり、シェイエン軍を代表する兵種と言っても過言ではない。
 だから、カディツァークとナナスに騎兵のイロハを教え込むよう命令されたシムス少尉が、指導に熱を入れるのももっともであった。
「ぉらあ!カディツァーク、またコーン倒してるぞ!下手くそ!」
 シムス少尉が、メガホンを振り上げながらカディツァークを怒鳴りつけた。向こうの方で、カディツァークの乗った機馬が、ビクッとブレーキをかける。
 隣のレーンでは、ナナスが軽やかに障害の間を通り抜け戻ってきた。すでに要領を得たらしく、訓練とは思えないくらい楽しげであった。
「まったく、ナナスはこんなに上手になったって言うのに……」
 シムス少尉がため息をついた時、カディツァークが渋い表情のまま戻ってきた、ナナスの隣に機馬を止める。
「カディツァーク・ノール!」
 カディツァークは肩を震わせた。シムス少尉が、彼の前に出る。
「コーン2つ倒したんで、2点減点。少なくてもナナスぐらいのレベルになってもらわないと、恥ずかしくて戦場に出せないからな!」
 彼女は、黄色いメガホンで彼の乗っている機馬を叩いた。
 ──くそ、この鬼軍曹が。
 カディツァークは心の中で罵ったが、上司の命令は絶対服従である。嫌だからと言って逃げ出すわけにも行かない。そもそも、シムスは軍曹でなくて少尉である。
「……なんであんな簡単なスラロームで、コーン2つも倒すのかしら……?ダサっ」
「なんだと、コラ!」
 地獄耳のカディツァークが、機馬にまたがったままナナスにつかみかかったが、彼女は素速く機馬を前に出し、かわした。
「ぐぅ!」
 ちょうどまたさきの様な状態になり、バランスを崩して横向きに倒れた。
「……カディツァーク・ノール……」
 シムス少尉が、呆れた表情で彼の顔の前で腰をかがめた。メガホンで、彼の頭をコンコンと小突く。
「ケンカは、もっとウマの乗り方が上手くなってからにしなさいね。すぐおつむが留守になるんだから、まったく……」
「ぷぷ……」向こうの方で、ナナスが声を殺して笑っている。
 ──くそ、今に見てろこのバカ女!
 機馬を起こしながら、カディツァークは復讐を誓った。


 その後10分の休憩があり、訓練が再開されようとした時、ジョセフ大尉が機馬を走らせて現れた。
「ご苦労!」
 シムス少尉に馬上で答礼し、機馬を止めた。
「少尉、今日の訓練はここまでだ。二人には、他の任務についてもらう」
「は、了解しました」
 シムス少尉が応え、敬礼した。ジョセフは、うなずくとカディツァークとナナスの方に向き直った。
「二人とも、すぐカナリアに戻って荷物をまとめろ。任務は後で説明するが、2〜3日分の用意をしておくように」
 言うと、軽やかに機馬を駆って戻っていった。さすが隊長だけあって見事な乗りこなしである。
「かっこいい!」
 シムス少尉とナナスは、ジョセフ大尉の機馬に見とれた。
「大尉は、陸軍大学校時代から女性将士の憧れの的だったのよ。二枚目だし、秀才だし、機馬の運転も上手いし」
「あ、やっぱりですか!?お父さんのルーヴィエ大統領もおばさんとかにはファンが多かったんですよ。マダム・キラーとか言われて……」
「……」(そろり)
 二人がそんなことを話している間に、カディツァークは黙って機馬のエンジンをかけた。電気駆動の機馬は、ほとんどエンジン音がしないため、かけただけでは誰も気づかない。
 そのまま、隙を見てそろそろとその場を逃げ出そうとした、その時……!
「カディツァーク!」
 シムス少尉の怒声が響いた。
 カディツァークが、急ブレーキをかけて機馬を止める。振り返ったその顔は、心なしか青ざめていた。
「授業が終わったら、『先生ありがとうございました』でしょ?子供でも言えるわよね?そんな事……」
「す、すいません」
 その時、メガホンを掌でパンパンやりながら近づいてきたシムス少尉が、カディツァークの肩をガシッ!とつかんだ。彼の耳元に、顔を寄せる。
「招集がかかったから、今日の訓練はここで止めるけど、これで終わりと思うんじゃないよ。まだ宣戦布告までは6日あるんだからね……!」
「わ、解りました……(クソ!放せ、この年増女が!)」
「うむ!解ったら行って良し!」
 カディツァークが渋々うなずいたの確認したシムスは、彼の背をポン!と叩いた。


 カリナミス自治区では、ゼディス共和国の成立以来、亜人の血を引く赤髪で褐色の肌を持つ民族「サファル族」による部族自治が行われていた。
 彼らは今でも伝統を守った遊牧で生計を立てており、今回のターゲットである基地周辺は彼らの放牧地であった。土地を奪われた彼らの対帝国軍感情はもちろん悪い。
「報告によれば、敵基地には工兵と守備隊がいるのみで、ほぼ兵力は我が方と互角だ。しかし、敵には要塞がある。今の兵力では心許ないから、サファル馬賊に協力を取り付けに行くという訳だ」
 カナリアの後部ヘリポートで、ジョセフ大尉が説明した。
「サファル族の毛織物って、とってもキレイなんですよね〜。前に、友達がランチョンマットとか持ってたの見ました」
「ピクニックに行くんじゃねぇぞ、ボケ」
「だ、誰がボケよ!本当に口が悪いわね!あんた!」
「やかましいぞ、貴様ら!」
 ジョセフ大尉が怒鳴ったので、二人は口を閉じた。
「貴様らの任務は、私とアレン大佐の護衛だ。余計な事はしなくていい」
「馬賊に騎兵をやらせるのか?」
「それが、適材適所という所だろ」
 遊牧民族は、それそのものが騎兵だと言える。サファル族は「騎兵集団運用」という戦法によって、かつて様々な国家を蹂躙した。
 彼らに侵略を受けた国々は、こぞって彼らの戦法を真似し、大規模な騎兵隊を持つようになった。騎兵は戦車などの登場によって廃れたが、それを新技術を基に復活させたのがシェイエン騎兵だとも言える。
 カリナミス高原では、現在に至るまで村落ごとの自治が基本である。以前は、たびたび村どうしの争いに騎兵が駆り出され、それが馬賊全体の強さに繋がっていた。
 ゼディス領の一部になってからは、村どうしの抗争こそ無くなったが、対賊用の自警団として馬隊は今でも存在する。
 実戦部隊だけあって、訓練も良くできていた。旧ゼディス軍の将校がサファル族のある村の自警団を視察した時、その統率の取れた騎兵隊に驚いたという逸話も残っている。
「……とにかく、サファル馬賊の勇敢さは有名だからな。武器と機馬を与えて上手く組織すれば、十分戦力になるはずだ」
 と、ジョセフ大尉が説明した。


 三人がヘリポートに着いてから10分ほど経って、アレン大佐が現れた。参謀二人を引き連れている。
 大佐はジョセフに気づくと、パッとタバコの煙を吐き出した。
「お揃いですかな。大尉」
 紫煙が輪を描いて上る。
 ──この爺さんが、ZDFのアレン大佐か……。
 カディツァークも、本人を目の前にするのは初めてだった。
 小男である。口に葉巻をくわえ、所々白くなった坊主頭をなでつけながら、せかせかと急がしそうに歩く。
 陸軍大学校を優秀な成績で卒業し、将来を期待されたが、30代で病を患ったために軍を退いた。
 その後、ハルツ要塞の参謀長に迎えられるまで故郷で百姓仕事をしていたという。そのせいもあってか、雰囲気までどことなく田舎くさく、ZDFの将兵も上官というより、自分の村の村長と言った具合に親しんだ。
 そのくせ、この男の頭脳には一種の天才性があり、そればかりは若手の参謀が集まっても敵わない。その点では、十分幕僚達の尊敬を集めていた。


「は、ヘリコプターも準備が出来ております」
 ジョセフ大尉が応えた。
「それは結構。では、ボチボチ出かけるとしますか」
 そう言うと、アレンは引き連れてきた二人の参謀に向き直った。
「わしの留守中はお前らに任せる。先ほど言った通り、作戦開始まで訓練を怠らないように。いわば、我々は寄り合い所帯なのだからな」
「は、了解いたしました」
「うむ、それではもう見送りはよろしい。戻って、休め」
 二人の参謀将校は、アレンとジョセフに敬礼すると、きびすを返して戻って行った。
「あの二人はハルツ時代からの部下でしてな。まだ若いがなかなか面白い。わしにとっては文殊と普賢みたいなものです」
「文殊と普賢ですか、それは心強い」
「頭の切れる連中です。後で、大尉の所に挨拶に行かせましょう。若い世代どうし、きっと話も合うはずですからな」
「は、ありがとうございます」
 そう言うと、ジョセフはカディツァークとナナスを前に出させた。
「カディツァーク・ノールとナナス・テーヴァです。一見頼りないですが腕は立ちます」
「……カディツァーク・ノール?」
 一瞬眉根にしわを寄せて何か思案する風であったが、すぐにもとの表情に戻って、
「それは心強い。2〜3日、よろしくお守りを頼みますぞ」
 そう言うと、手を軍服の尻で拭い、差し出した。
 ──この手、ちゃんと洗ってんのかよ?
 カディツァークはそう思いながら、おずおずと大佐の手を握り返した。