僕らは別れた。
誰も振り返らなかった。誰も見送らなかった。別れの言葉さえ、なかった。
“一期一会”なんてそんなものか、と思った。
でも、ときどき――空の気紛れで突然降り出す夕立のように思い出す。僕らと一緒に育った彼ら。彼らは今、どうしてるんだろう、と。
例えば、人でごった返す交差点から見上げた、溶けていくオレンジシャーベットみたいな夕陽。帰り道、冷たく光る三日月に照らされて伸びる、電信柱の黒い影。ランドセル背負って駆けていく子供達。その手に魔法の杖のように握られた、真っ白いたて笛。
ありふれた日常の隙間に、あの時の僕らが確かに住んでいる。
僕らの学校は廃校になった。年代物の木造の校舎。すぐ雨漏りする屋根と傾きかけた庇。磨り減ってピカピカの床。壁に並んだ、数十年前の色褪せた折り鶴。落ちる度、校長が皺だらけの手で、ひとつひとつ丁寧に留め直す。正面入り口の、何十年も止まったままの柱時計。
何ひとつ、残らず。何ひとつ、残さず。
早春の澄んだ青空の下、真っ赤なショベルカーと黄色のブルドーザーが、段ボールの模型を壊すように、呆気ない程あっさりと、僕らの世界を踏み潰したあの日。
僕らは別れた。
それは、今年初めて雪が降った、生ゴミの日。
僕は、彼らのひとりに出会った。
くたびれたランドセルに給食パンを詰め込んでいた彼が、いじめられ、泣きベソばかり僕に見せた弱虫が、倍くらいの身長になって、近所の高校の制服を着ていた。
ずいぶん偉そうになっちゃって。
ふと、彼が僕を見た。あっ、という顔。忘れてるだろうと思ったのに、あの頃と同じ、真ん丸なドングリ目を更に丸くして、僕に訊ねた。
「タケ?お前、タケじゃないか?タケ!」
僕らは別れた。
誰も振り返らなかった。誰も見送らなかった。別れの言葉さえ、なかった。
それでも僕らは再会した。
“一期一会”なんてそんなものか。
僕は答えた。
「にゃぁおぅ」
やぁ、久しぶり。今日は、給食パンはないのかい?
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