午後の林檎 作:F−MON



「ナイフ持ってない?」
 シーラの声に、僕は寝転がったまま、重いまぶたを開けた。片方だけ。
 やや淡い秋の木洩れ日が、彼女の姿を切れ切れに染めていた。
 彼女は何か丸いものを二、三度宙に放っては受け止め、白い歯を見せた。
「ないよ」僕は目を閉じた。
「この前、食い物と交換しちまったじゃないか」
 ひと月前だったか、十年前だったか。
「そうだっけ?」
 ふざけるような軽いステップが、落ち葉を踏んで近付いた。
「じゃ、剣貸してよ」
「自分のがあるだろ?」
 言ってから、僕はようやく頭を持ち上げた。
「仕事?」
「違うわよ。……ってゆーか、そうなんだけど」
 シーラは肩をすくめ、手にしていたものを差し出してみせた。
「問題は、これ」
 僕は訳が分らないまま体を起こし、それを受け取った。林檎だった。
「これ?」
「前金よ。山分けしなきゃ」
 彼女は身をかがめ、僕が枕がわりにしていた剣をすらりと抜いた。そして林檎を取り返すと、いきなり僕の頭に乗せた。
「!?」
「たあっ!」
 気合い一発、刃のうなりが頭上を薙いだ。
 空気がひんやりと静まったあと、僕は僅かに首を傾けた。林檎が転がり落ちて、手の上で斜めに割れた。
「おみごと」僕は立ち上がった。
「目が覚めた」
 シーラは斬り下ろした構えを崩し、ふうっと息をはいた。
 思えば、彼女だって腹ぺこのはずなのだった。半分のうち、心持ち大きい方を渡した。

 剣を返すとき、彼女が小声で言った。
「こっちで、よかったでしょ?」
 その剣を片手に持ったまま、僕は林檎にかぶりついた。
「どっちだって、構わないさ」
 シーラの剣は、昨夜使ったばかりだった。
 夜盗に出くわした。たまたま、僕より彼女が前にいた。あっけなく、金にもならない殺しだった。
「……これってね」
 林檎を噛みしめながら、シーラが言った。
「今度の標的がいる国じゃ、貴重品なんだって」
「……ごちそうさん」
 僕は、芯を投げ捨てた。
 本当に前金だったらしい。金貨に変える前に、行き倒れになったろうけど。



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