私はベッドの上に身を起すと、カーテンを開けて汚れたガラス越しに夜明け前の空を見つめた。
また、あの夢だ。
ずっと忘れていたのに、今になって繰り返し彼女の姿が現れる。
白い透き通るような肌。美しい顔を縁どる艶やかな黒髪。ふっくらとした紅い唇。大きな瞳は、妖しく金色に煌いて……。
私は窓に近づくと、遠くにかすむ山を見つめた。
夢はきっと、私を呼んでいる。……あの山へと。
まだ薄暗いうちに、私は登山道の入り口に着いた。他の登山者は見えない。
私は簡単な装備に身を包むと、急な山道を登りはじめた。
息が切れ、ちょっとした石ころに足をとられそうになる。
私は運動不足を痛感すると、立ち止まった。
既に陽が高く昇り、秋晴れの青空に葉の落ちた白い梢が浮かびあがる。
いい天気だ。せっかく期待して登ってきたのに、霧なんかでて来そうにない。
私はため息をついて、汗を拭った。
本気で彼女に会えると思っていたんだろうか。
私は声をあげて笑った。
ひとしきり笑った後、私は再び登りはじめた。
せっかくだから、もう少し上まで登ってみようか。
樹林を抜けると、右側に急斜面が現れた。はるか下に、白茶けた町並みが見えている。
私は立ち止まって汗を拭った。
谷から出ているのだろうか。白い霧が流れ出して、町並みを隠していく。
まさか……。
驚きと期待が混じって立ち尽くす私の周りを、乳白色の霧が包みこんだ。
突然、地響きのような音が鳴り響いた。
あの時と同じだ!
私は目を凝らして見つめた。
急斜面からぬっと現れたのは、私の数倍も大きな、白い手。指が何かを探すようにうごめき、私の背丈ほどもある薄紅色の爪が光る。
その横に、大きな大きな女の顔が現れて、金色に光る大きな瞳が、私の姿を捉えた。紅い大きな口がぱっくりと開いて、甘い吐息が私の身体を震わせた。
「ずっと待っていたわ。早く来て。来て。来て。来て……」
私は足をもつれさせながら、彼女めがけて走っていった。
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