Bullying mania 作:佐凪岾捧



 藤枝優はいじめられていた。
 黒板には毎朝、誰が書いたのかわからない彼女を苛む言葉の数々。教室中を嫌な空気が包んでいた。そこへ担任はいつも通りに足を踏み入れ、いつも通りに質問をする。
『誰が書いているのだ』
 もちろん、生徒達は答えなかった。答えられなかった。真実を隠しているのではなく、純粋に知らなかったから。
 誰かが消してやれば良いのだが、自らも被害にあうことが怖い彼らはそんなことしようともしない。ただ、見て見ぬ振りを決め込むだけだった。
 教壇に立つ教師が、細いため息と共に「またか」と呟く。

 藤枝優は、今日もこの教室にいない。
 否、鞄はある。下履きもある。校舎内にはいるのだ。けれど、彼女が教室へ戻ってくることはなかった。

 いつ始まったのかも、いつ終わるのかも判らない。そんな陰湿で低級な行為に皆がうんざりしていた。

 カツカツカツカツ。
 雲一つない爽やかな早朝。静かな教室内に、小気味いい音が響いている。
 カツカツカツカツ。
 その音が毎日同じ時刻に、同じように鳴っていることを知るのは、この校舎に住み着く小鳥達しかいない。
 カツカツカツカツ。
 力強く黒板に触れたチョークの破片が、ぱらぱらと教壇の上へ散った。古びた黒板が、一字一字書かれる度に音を立てる。
 カツカツカツカツ。
 白く細い腕が、忙しなく動き文字を書き、単語を生み出した。
 カツカツカツカツ。
 ガラッ。
 年代物の扉が、悲鳴をあげ、レールにぶつかりながら勢い良く開かれる。
カツ。
 文字を書いていた手が止まり、沈黙がおとずれた。
 教室の扉に手をかけたまま、見てしまった光景を信じられないとでも言うように、目を見開く男子生徒。
 黒板には藤枝優に対する酷い中傷の数々。そして、チョークを持ってたたずむ――

「……藤……枝?」

 藤枝優本人の姿が、そこにはあった。彼女は何も言わず、感情のない瞳でクラスメイトを見据えていた。見捨てられたチョークが、砕ける。

 藤枝優への、いじめが終わった瞬間だった。



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