暗闇の戦い 作:紗慈鴻玄



 闇。
 まったく光のない閉鎖空間に、俺はいる。
 空間としての広さはあまりないが、黒一色に塗り潰されていると逆に開放的で、圧迫感はない。
 今、この場所には俺以外に三人の気配を感じることができる。
 正面、左・右前方に一人ずつ。ちょうど十字を描くような配置だ。距離は近い。手を伸ばせば届きそうである。
 俺は十年以上愛用している得物を手にとる。それに反応して他の三人の気配も動いた。
 俺は得物をやや下方気味に構えると、この暗闇では役に立たない目を閉じて神経を集中させる。一瞬たりとも気を抜くことは出来ない。
 どんなものでもそうだが、その動きには癖というものがある。それを全感覚を総動員して感じなければ到底この戦いに勝つことは出来ない。
 感じろ。感じるんだ。心の目で真実を捉えるんだ。
 俺は得物を構えたまま凍りつく。一度動けばもう後戻りは許されない。正真正銘の一発勝負に直面した俺は必死になって気配を読んだ。
 だが、俺は何も感じることが出来なかった。
 くっ。確かに動いているはずなのに……
 他の三人も同じらしく、手を出しかねていた。
 ならば、ここはもう自分の勘を信じるしかない。……ええい、ままよ。
 俺は狙いを定めて神速の突きをくりだした。他の三人もほぼ同時に突きを放っている。
 ずぶ。
 ぶす。
 ……。
 ずも。
 四者四様の音が闇に響いた。
 俺を含めしばらく誰も動かない。
 突然世界が明るくなる。
 俺は徐々に目を慣れさせなら周りを見渡した。
「よし、じゃあ獲物の確認といこうか」
 俺の正面の奴の獲物は、南瓜。左の奴は、豆腐。右の奴は蟹。そして俺は……
「か、蛙だと!?」
「闇鍋の鉄則、一度箸に触れたものは戻せない。まあ味は鶏に似てるって言うし、大丈夫だろ?」
 俺を除く三人はさっさと獲物を胃袋へ入れてしまい、残りは俺だけだ。俺は箸に刺さった不気味な物をしばし凝視した後、一気に口に放り込んだ。
「じゃ、二回戦ね」
 世界が闇に戻る。俺は猛然と咀嚼しながら、再び箸を構えた。



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