ディストーション 作:ASD



 川向こうの工場の、でっかい真っ黒な四角い建物は、恵ちゃんに言わせると「アンプみたいだ」という事らしい。アンプと言えば兄貴がいつも自慢しているサラウンドがどかーんっていうヤツを思い出しちゃうけど、でも恵ちゃんはギターを弾いている人なので、アンプ違いだ。
「確かに、似ているね」
 安物の真っ赤なギターから伸びたコードは、そのまま真っ黒な色をした箱に繋がっている。練習用の、ちっちゃいアンプ。上の方に申し訳なさそうにちっちゃいつまみが並んでいて、天板には取っ手もついている。恵ちゃんがギターをじゃかじゃかかき鳴らすと、威勢のいい音がそのアンプから響いて来た。
「やっぱ、生で聴くと違うね。恵ちゃんの演奏でも、プロみたいだ」
「……そりゃどうも」
 恵ちゃんはちょっと不機嫌そう。ギターをがしがし弾いて、アンプからはごりごりと雑音。でも、さすがに家で聴くようなヴォリュームじゃ物足りない。
「そう言えば、今日は風が強いねえ」
「そうだな」
「川沿いの鉄塔、電線がびゅうびゅう唸ってたよ」
「そうか」
「あれ、三年前に一回切れたじゃん。うちらが中学に上がった頃」
「そうだったな」
 恵ちゃんは生返事。私は何気なしに窓の外を見る。川沿いの鉄塔がそこからも見えていて、風がびゅうと吹きつけると、電線はぶんと大きく揺れた。
 その時だった。川向こうの例の工場の方から、ぼぼぼーっという低い音が響いて来た。
 窓ガラスが、びりびりと震える。
 恵ちゃんもはっとして手を止める。窓の外では、電線がぶらぶらと揺れている。私は、電線と恵ちゃんのギターを交互に見比べる。
 ……まさかね。
 一人でにやにやしている私を、恵ちゃんが白い目で睨みつける。
「お前、今すっごいくだらないこと考えたろう?」
「……くだらなくないもん」
「帰れ。練習のジャマだ」
「遊びに行くって約束は?」
 川向こうの工場が何を作っているのか、恵ちゃんも私も、実はよくは知らない。



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