私はドアを見上げていた。
それは、部屋の天井に付いている。
煙突とか通気口とか、そういった類の穴ではなく、部屋は一戸建ての二階で、非常扉でもない。
本物のドアだ。それが、天井にくっついている。
上部――と言っていいのか、何しろ床と平行なのだから――は、半月型を描き、胴は縦に長い。絵本の挿し絵に出てきそうな、古めかしいデザイン。細長い硝子が中央にはまっていたが、それは相当な年代物のようで、黄ばんでいた。だから、その向こうにあるはずの景色はまるで見えない。
部屋には、その奇妙なドア以外には出入口のドアしかない。それどころか、廊下もキッチンも他の部屋も、どこにも異質なものはなく、ありきたりなカントリー風に設えられていた。
そこは空き家だった。何年も誰も住んでいない。
この家には幽霊がいるという、どこにでもある噂が、私達子供の間で流行っていた。大人達は真相を知っているのだろうが、聞いても笑ってごまかすばかりで、何も教えてくれない。誰か知り合いの持ち物なのかも知れない、私達子供が無断で忍び込み、不安と好奇心に震える手でノブを回すのを招き入れるように、いつも鍵がかかっていなかった。
天井まで、軽く3メートルはある。どんな巨漢でも、あのコックを回して景色を仰ぐことは敵わないだろう。
不意に肩を叩かれて、私は跳ね上がった。
振り返ると、見覚えのある女性が立っていて、私をたしなめるようにそっと微笑んだ。
その時、幽霊の正体を見た。
もう少し“大人”になったらね?
それだけ言い残して彼女は、ひらりと舞い上がったかと思うと、ドアを開けて出て行った。垣間見た世界は、闇に浮かぶ不夜城、瞬くネオンの海――。
背中がうずいた。手をやると、純白の羽根が一片、そこから落ちた。
さすがは親娘だな、と、再び閉ざされたドアを見上げながら、思った。
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