からっぽの青に 作:F−MON



“……第二球、投げた。打ちましたファウル!”
 めいっぱいに上げた音量が、響きもせずに空へ吸われてゆく。
「ほらあっ!」
 カオリが叫んでいる。
「外部スピーカー、全然無事だったじゃない!」
「だから何だよ」
 僕は、つぶやいた。
 潮が満ち始めている。見渡す限りの砂浜に、陽を遮るものはただ一つ。
 ……波打ち際に突き刺さった、この哨戒機の残骸だけだ。

“……さあ2ストライク。依然バントの構えを崩しません……”
 日陰が狭まった。この惑星の二つ目の太陽が、じりじりと昇ってゆく。
「ふーっ」
 カオリがやってきて、隣りにへたりこんだ。その体がよろめき、僕の怪我した右腕にぶつかった。
「痛えっ!!」
「ごめん……」
「ったく、わざとかよ!」
 言ってしまった後で、変だと気付いた。カオリの頭が、がくりと横に傾いた。そのまま、彼女は砂に倒れ込んでしまった。
「お、おい!」
「うるさい……」
 それっきり、何を言っても返事は無かった。

“……1アウト満塁。一打出れば逆転ですが……”
 通信装置を調べた。
 カオリが言っていた通り、受信しかできない。それも、なぜか地球からの長距離慰問放送だけ。
「ちっ……!」
 僕は歯を食いしばり、動かない右足を引きずって、機体の陰へと戻った。
 横たわる彼女のそばにまで、いつのまにか波が寄せていた。
 何とか抱き起こし、頬の砂粒を払い落としてやった。カオリの睫毛が震え、やがて、薄く目が開いた。
「……どっちが勝ってるの?」
「あ?」
「ゲーム……」
「……知るか、そんなの」
 また波が来た。海水がズボンに滲み、左足の傷に沁みた。右はもう、感覚が無かった。
「……お前さあ」
「え?」
「野球とか、好きなのかよ?」
 くすっ、と彼女が笑った。
「言ったけど。……昨日」

“……打ちました! 大きい!大きい! センターあきらめて、見送った……”
 めいっぱいに上げた音量が、響きもせずに空に吸われてゆく。
 聞き付ける奴なんか、いるわけがない。……ただ、しばらく話題ができた。



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