堕天使 作:シオン



 ―ニンゲンって、なんて愚かだろう?

 黒く染まった羽を持つ堕天使は笑う。目の前の“壊れてしまった”男に、更なる絶望を与えるように。

 ―知らないフリをしていれば、本当に知らなかったコトになるとでも思っているの?
 ―知ってしまったら、もう二度と逃げられはしないのに、ね。

 ―真実はいつだって、アナタの前で嘲笑っているよ。



「知りたくないんでしょう?
 目の前にあること、受け入れたくないんでしょう?
 真実から目を逸らせば『なかったこと』になるコト、望んでいるんでしょう?」

 清純さを失った堕天使は、全てを知っている。

 男が犯した罪の重さ、それはつまり奪った命の重さ。男の足元で、もはや呼吸することを忘れてしまった人間が、何も言わずに横たわっている。男は浅い呼吸を繰り返し、自らが犯した罪の重さに押し潰されそうになる。
 全身で『真実』を拒絶する男に、堕天使は優しく語りかける。優しく、限りなく優しく、奈落の底へと引きずり落としていく。天使のような慈愛に満ちた笑顔で。

「現実は無情だってこと、受け入れたくないんだよね。
 真実は美しいものだと、信じていたいんだよね。」

 ―だから、いいよ。気付かないフリをしていて。
 ―壊れることを怖れるアナタの為に、本当はもう“コワレてる”ってこと、ナイショにしといてあげる。


 堕天使は微笑む。救いを求めずにはいられない男の目を覗き込みながら。

「アナタが犯した罪は、アナタの深いトコロで眠る。
 だからもう、アナタには真実が見えない。」

 ―そう。アナタが望むのなら、ずぅっとナイショにしといてあげる。



 堕天使は思う。“本当はもうコワレている男”の行き着く先を。

 ―ニンゲンって、なんて愚かなんだろう。
 ―知りたくないと望んだから、ナイショにしといてあげてるのに。

 ―どうして、忘れてしまってから、あんなにも『真実』を求めるのか。


 堕天使は、笑みを浮かべながら溜め息をつく。
「どうせまたあの男は、ココへ戻ってくるんでしょう。」



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