天上にて 作:tsukikasa



 ある島国の天上で神が悪魔に言った。
「私は長年この国で天に召されるものを迎えてきたが、この国も平和になった。飢餓地獄という名の地獄があるように、私は“飢え”を命を落とす要因の中で最も残酷なものだと考える。殺される事や事故に見舞われることも災難だが、苦痛は一瞬だ。だが飢えは、長い時間の苦痛の果てに生きる望みのある生を終わらせる。近年は飢えて死ぬものが居ない。これは喜ばしい事だ」
「ヒヒヒ、飢えて死ぬものが居ないだって?」
 悪魔が笑いながら訊き返す
「そうだ、この国では飲むことの出来る水があらゆる場所に行き渡っているし、生きる意欲さえあれば誰でも働いて食を賄う事ができる。そして、不心得ながらも職や家を持たずに生きるものさえも飢えて死ぬ事のない豊かさがある」
 悪魔はその言葉に、殊更おかしそうに笑った。
「なぁ、地獄に来る自殺者は年々増えてるんだぜ。こんなこと今さら言う必要もないが、自ら命を絶ったものが天に召される事はないからあんたは知らないだろうがね。ま、確かに自殺の方法に餓死を選ぶ人間はいないが。……奴らの心を覗いてみなよ。どいつの心も空虚で満たされず、飢えに飢えている。あの心を見るにつけ、俺は地上こそ奴らの飢餓地獄と思えてならないね」



(518字)