虚空の懺悔 作:きぁ



 目の前を、砂塵の一群が通り過ぎた。不自然な光沢の粒子。この世界を形成する、唯一無二の無機物。
 砂漠。一面、どす黒く淀んだ鈍色(にびいろ)の世界。見渡しても、鏡迷宮の中のように変化がない。暗灰色の靄(もや)に陽射しは拡散され、方位を知る事は適わなかった。
 不毛の無限洲に放り込まれて何日経つのか、既に記憶にない。“投入”されて間もない頃は、黄昏を何とか感じ取っていたが、精神の臨界点を超えてしまって止めた。
 彼は蹌踉(よろ)めきながらも立ち上がり、前進を始めた。
 前進?内心で嘲笑する。“前”とはどちらだ?“後ろ”は?
 流浪を進めるうち、彼は砂丘のただ中に、忽然と姿を現した物体に足を止めた。
 少女だった。
 両手を掲げ、天を仰いでいる。生物の本能が備わっているのか、皮膚も髪も、砂塵と同じ色をしている。遠目には一本の朽ち木に見えた。
 瞳は閉ざされていたが、唇は微かに開閉している。何か口ずさんでいるようだった。
 そんなはずはない、彼は思わず叫んだ。何故生きているんだ――。
 ぱたっ。
 刹那、視界を横切り、少女の頬に何かが降ってきた。透明な液体。その勢いは次第に強まり、やがて砂煙に変わって豪雨が視界を遮断した。
 変化は突然起こった。蛹(さなぎ)が皮を羽化するように、少女の鈍銀の皮膜が融けてゆく。
 その瞳が見開かれる。鮮やかな翡翠色。
 だがその目には、何も映っていない様子だった。ただ桜色の唇だけが、先程よりも心なしかほころんで、メロディを奏で続けている。
 彼は狼狽した。与えられていた“常識”が、無垢なる少女の前に平伏した。枯渇した意識が、生命の根元を求めた。気付くと、帽子を衣服を靴を、全てを投げ出していた。
 素肌を打つ雨は心地良く、彼は痴愚(ちぐ)の子供のように笑った。
 少女が、歪んだ瞳で微笑する。偽りの聖母の微笑みで――。

 文明の残滓(ざんし)が、永久に届かぬ警鐘を発している。
 《警告:No.0666“調査員”ヲ確認出来マセン。維持装置ヲ正シク装着シテ下サイ。……。》



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