知の探求 作:ASD



 ――確かに、人間という生き物は、自らを完璧な生物であると誤解していた。
 彼らの不幸は、その気高さに相反して、極めて低次の存在であったと言う事だ。望みや思い込みとは別に、出来る事は限られていた。
 単純な物理法則さえ操る事の出来なかった彼らは、代わりに「科学技術」なるものを発達させた。世代を重ね「知識」を積み重ねていく事で、ついには星の海を渡る事さえ出来たと言う。しかし彼らは「知識」の価値を自覚する事なく自ら傷つけ合い、滅んでいった。
 私はそんな人間が、羨ましかった。
 未知なるものを求めていく事、それは人間達の特権であり、全能の存在であり世界の成り立ちを初めから知ってしまっている我々には、絶対に不可能だったから。
 彼らは死滅する個体の記憶情報を遺伝として継承していけない代わりに、「文字」なるものにて「知識」を記録し、伝えていった。
 形ある物ならばあらゆる物を創造出来る我々でも、形の無い「知識」を生み出すことなど出来はしない。試しに文字を書き連ねた『本』なるものを創り出してみても、ただの紙の束にしかならない。
 ――そこで私は、一計を案じた。
 文字の羅列ではなく、「見知らぬ知識の詰まっているもの」として創ってみれば、どうなのか。
 思案の末に、私は苦労してそれらしい物を創り出す事が出来た。
 ページを開くときに、少しばかり気持ちが高揚するのを覚えた。未知なる所へ踏み出していくとは、こういう事なのだろう。
 そこでふと、思い当たった。
 その中には、一体何が記載されていると言うのだろう。
 そこにあるものは――そう、『全能たる我らが、未だ知り得ぬ知識』。
 考えてみれば、そんなものが果たして存在しうるのだろうか? 大いなる矛盾が、そこにあるような気がした。
 私は恐る恐る、そのページをめくってみた。



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