澄み渡った真っ青な空。秋なのにぽかぽかと暖かくいい陽気だ。
暖かな石畳を踏みしめて私は研究所へ向かった。こんな天気の日には、彼は中庭でお昼御飯を食べているはずだ。
ポプラの樹の下に座っている彼の周りには、いつものように女の子たちでいっぱいだった。
普段なら私なんて近づくこともできないけれど、今日は大丈夫。用事があるから。
「紙でできた本が家にあるんだけど」
私の言葉に、彼は急いでパンを飲みこんだ。
「見せてもらえるかい?」
他の女の子たちの痛いほどの視線を感じながら、私は笑顔でうなずいた。
カビ臭い物置部屋へ案内すると、彼はもの珍しそうに部屋の中を見回した。
「ダンボールまであるんだね」
彼が感心して言う。
紙はもう作られていないから、紙製のものはどんなに汚れていても貴重品だ。特に、彼は民俗学を研究しているから資料になる。
私は、先祖代々伝わる宝物だという紙製の本を出した。
「どれどれ」
彼はそっと本を開いた。
「これは……」
彼はページをめくったきり、黙りこんでしまった。
そういえば、どんな本か見てなかった。変な本だったのかも。
私はあわてて本を見た。
白紙。何も書いてない。
「なにこれ。家宝だって聞いたのに!」
私は怒りと恥ずかしさで、部屋から逃げ出したかった。
「……なるほど。家宝か」
彼が囁くように言う。
「え?」
「これを見てごらん。貴重な写真だ」
彼の開いたページには一枚の写真があった。
「君のご先祖かな?」
写真の中で、座った黒髪の美女が、私の先祖らしき男性を膝に乗せて本を読んでいた。「知っていたかい? ぼくらが互いにテレパシーで語り合えるようになる、ずっとずっと前には……」
彼はひょいっと私を持ち上げて膝に乗せると、私の敏感なのど元に白い指先をはわせた。「こうして、触れ合っていたものなんだよ」
彼の指が、私の灰色の毛をなでる。私は返事をする代わりに、本能の赴くままにのどを鳴らした。
ゴロゴロゴロ。
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