母なる海へ 作:ASD



 その惑星に降り立った私の前に広がるのは、絶望的な光景だった。
 荒涼たる大地。厚い雲に覆われた空。
 環境定数126、パターンA3。このタイプの惑星は少し手間がかかりそうだ。私は惑星の海へと翼を向ける。
 見えてきたのは、血のように真っ赤な海――まずはここからだ。
 私はその赤い水面に、そっと手を差し延べる。触れた先から赤色は澄んだブルーに変わっていく。
 そう、これこそ本来の海の色だ。
 ――そして、ここから生命が生まれていく。
 死の惑星は、徐々に生命に満たされていく。大地にも緑が生まれ、いつしか澄み渡る青空が広がっていた。
 全てが順調だった。
 そんな折、私は海面に力尽きて浮かぶ、妙な生き物を見つけた。
 灰色の鱗、ひれとも触手ともつかないものを沢山生やしている。顔には目のような突起が三つ。原生生物だろうか?
(……神様?)
 声が、私を呼ぶ。
(……そう、神様に違いない。世界をすっかり作り変えちまったんだから。見て下さい、この寒々とした青い海を……。俺達は、もうここに住んでちゃいけないんですね)
「私は神などでは……」
(死にたかない……もっと生きていたい……)
 その悲痛な叫びと共に、彼は絶命した。
 死に行くものに、言葉は届かない。それでも私は一人呟いていた。
「……私もまた創造された存在。私を創った彼らのために、おのれの使命を果たしているだけ」
 私の記憶の中にある、遠く離れた母なる星。その座標は今でも忘れてはいない。
 だが帰還は許されない。あの狭い惑星に押し込められている彼らのために――その移住計画のために、私は一つでも多くの惑星を緑の星に変えなくてはならない。
 ネットワークからは、私が向かうべき次の目的地の情報が流れ込んでくる。
 ――ネットの方では、機械達が不穏な噂をしている。創造主達は自らの惑星ごと、すっかり死滅してしまったのだと――。
 私は信じない。
 彼らのために――私は自分にそう言い聞かせ、再び星々の海を渡っていった。



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