終わりじゃない 作:ASD



 私は喫茶店の窓から、外の景色を眺めていた。
 私の目の前を、さまざまな人が横切って行く。騒いでいる学生のグループ、一人で早足に歩いていく中年のサラリーマン、駆け回る子供達を幸せそうな目で見守る母親。
 街は浮かれているのに、私の心は暗く沈んでいた。
 三十分ほど経っていたが、彼は現われない。帰ろうか、という思いが頭を過ぎるけれど、もう少し待ってみることにした。……どうせ、今日で最後なのだ。
 店に入ってきた人物を、私は物憂げな目で見やった。
「遅いじゃないの」
「ごめん」
 彼はそう言って、悪びれもせずに私の向いに座った。
 いきなり、沈黙が訪れる。
「……それで?」
「もう、分り切っている話だからね。……もう、終わりにしよう」
「そうね」
 彼にそう告げられても、私の心には何も浮かび上がってはこなかった。私がそれ以上何も言わないのを確かめると、彼はそのまま席を立った。
 その日、一つの恋が終わった。何の感動もない、寂しい別れだった。
「そう……これで終りだ」
 私は呟く。
(そうとも。これで全ての実験が終了した。SDF2300)
 不意に目の前の景色がぴたりと静止した。風景の解像度が一気に下がり、輪郭がぼやけて見える。「SDF2300。今のシーンの意味は何だと考察する?」
「分からない。人間とは元来感情に支配された生き物であるにも関わらず、このパターンにはその感情の痕跡がない……もう一度やってみよう、WEY6701。このパターンに、人間の感情の何たるかを、解き明かす鍵があるのかも知れない」
 私がそう提案すると、再び街並みの映像に動きが戻って来る。
 人間とは、とかく理解し難い生き物だ。我々機械は、かつての支配者達が何者であったかを完全に理解するまで、この研究を続けたいと思っている。
 そう、実験に終わりはないのだ。



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