桜と祭 作:天青石



 夕映え空の下、滝の氷柱がキラキラと輝いていた。


「よく凍ったよな」
 俺の呟きに、章が言う。
「無理やり凍らせたって話だぜ」


 昔は毎年氷柱ができたという「垂氷(たるひ)の滝」は、ここ十数年間一度も氷結したことがない。それにも関わらず、氷結させた滝をライトアップして観光客を呼びこもうと役場の観光課が企んだ。しかも、初日は滝の前の広場で、昔あったっていう「垂氷祭」が催されるんだとさ。
 踏み固められた雪の上に不細工な氷像が並べられ、村人たちが準備に走り回っていた。TV局も取材に来ている。


 やがて、ライトが滝に向けられ、林の中の発電機が唸り声をあげた。
 電飾で飾られた樫の木に挟まれた滝が紫色に照らしだされると、広場中に歓声があがった。
 俺は章に小突かれて、広場の一角を見た。役場のテントの下に、俺の祖母がいた。役場の中年男たちが、ぺこぺこ頭を下げている。

 婆さんは、今の姿からはまったく想像できないが、若いころはすごい美人だったらしい。昔、恋文でも送った弱みがあるのか、村長を含めた村の長老は桜婆さんに頭があがらない。
 幻想的な滝の輝きを誰もが見つめる中、突然、氷柱がボキッと折れた。広場中に飛沫を散らしながら滝つぼに落ちる。広場で悲鳴が上がり騒然となった。
 その時、氷柱を照らしていたライトの中へ、ずずいっと桜婆さんが進み出た。
 俺が呆然と見つめる中、TV局のマイクを手にした婆さんは叫んだ。
「百年ぶりの『垂氷祭』じゃ。折れるのは今年が豊作になる証拠!」
 広場中が静まる中、婆さんは続けた。
「水しぶきを浴びた連中は、じつに運がええ。今年一年無病息災じゃ」
 青い顔をしていた役場の人間たちが、あわてて拍手をした。


 「光と氷のイリュージョン」だったはずの「垂氷祭」は、桜婆さんのおかげで、「百年ぶりに復活した、豊作を占い健康を祈る」祭に変貌してしまった。
 後で聞いたところでは、百年前にあったという祭までもが、婆さんの創作だったらしい。



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