空の色 作:天青石



 晴れ渡った青空を見あげて、私はがっくりと肩を落とした。
「今日も失敗だ」
 私は家に帰ると、青い布を引き裂いて部屋の隅に投げ捨てた。
 私の作り出したいのは、美しい空そのままの色で染めた布。
 澄んだ青空。様々な形の雲が浮かぶ空。美しい朝焼けや夕焼け。光芒が射す曇天の空。それら、自然の色合いを、布に写し取りたいのだ。
「自然の色をそのままに表現したい」という熱い思いが、染色家としての私を突き動かしている。
 だが、まだ、満足のいく色に染め上がったことは一度もない。だから、私の染めた布を欲しいという人が現れても、売り渡したことはなかった。


 コンコン。
 部屋へ入ってきたのは、毎日のように「布が欲しい」と言ってきている女だ。
 女はなにやら、訳のわからない言葉で怒鳴っている。どうやら、裂いた布を見て怒っているようだ。
「出来が悪いから……」
 私はごもごもと口の中で繰り返した。女は怒りながら、止めるまもなく裂けた布を持って出て行った。
 私はあきらめのこもった目で、女の出て行った扉を見送った。
 あんな布が私の作品として世に出てしまうのだろうか。
 私はため息をついた。
 だが、いつも食事を運んでくれている女だ。たまには礼もやらねばならんだろう。


「今日も草で汚してたの?」
「そうよ。それに、ほら。今日はさらにシーツを引き裂いていた!」
 女は、青い染みのついた布を広げて見せた。いつものように愚痴を言い合っていた二人は、老人福祉施設の白い門を出た。同僚の女が叫んだ。
「ほら、見て!今日は茜色の夕焼けなの」
 女は微笑んで、同僚を肘でつつきながら言った。
「例の彼でしょう?気象調節師だっけ?あ、ほら。彼が来た」
 男は二人に挨拶をした後、女の持っている布に気づいた。
「それ、少し見せてもらえます?……これは、なんて斬新な色だ。今度、空の色に使ってみますよ」
 ドーム都市の天幕に、気象調節塔から茜色の光が照射されて、空は夕焼けに染まった。



(800字)