ツオイからカナルシティまで約二千キロ。
俺の操縦するトランスポーターは、その広大な海路の途上で故障に見舞われた。俺は不運を呪った。
《嵐》が近づいていた。
倒壊を免れた旧世紀の高層建築群が、その姿を半ば海面から突き出していた。俺はそんなビルの一つに機体を不時着させた。
重い灰色の空の彼方に《嵐》が見えていた。
世界を水没へと導いた異常気象。あれに呑まれたら最後と先を急いでいたはずの俺。この廃墟も恐らくは持たないだろう。《嵐》は、それほど狂暴だった。
俺は助からない。
絶望の中で……俺は人影を見つけた。
少女だった。
逃げる小さな影を、俺は反射的に追う。このビルに住人がいるのならば、機体の修理も叶うかも知れない。
その考えは甘かった。
突然、建物全体が震え始めた。不気味な不協和音が響く。
俺はいよいよ覚悟した。《嵐》は予想以上に早くやってきたのだ。
少女を追う内に、俺はやがて自分が機体を突っ込ませた場所に出た。廃墟のオフィス。不時着に失敗し、無残に突き刺さった機体。
そのすぐ側に、少女の姿があった。
「お、おい!」
機体のすぐ向こう側は外。吹き荒れる《嵐》が垣間見えていた。
建物全体が不気味に震えていた。大きく揺れ、きしみ、唸っていた。
……いよいよか。
俺は覚悟を決めた。だが少女は、何故か平然とした顔で俺を見つめている。
彼女が、優しく微笑んだ。
一瞬――建物の揺れが止んだ。
次の瞬間、少女は壁の破れ目から身を躍らせた。
俺は慌てて駆け寄る。少女の体がぐらりと傾いて……外は吹き荒れる《嵐》だ。そのまま吹き飛ばされて……。
いや、違う――彼女の身体は、宙に舞っていた。
背中には、白い大きな羽根。それがばさりとはためき、風を捉える。見上げれば、眩しい真っ青な空が広がっていった。
少女の細い身体が、高く高く舞い上がって――。
瞬間、視界が灰色のノイズに覆われた。
《嵐》が全てを飲み込んでいく。一瞬垣間見た青色が、俺の最期の記憶だった。
(800字)
|