月影よしゆき 作:さくら



 むかし、月影よしゆきという男の子がいた。その頃は、私もまだ女の子で、私は彼のことが好きだった。

 月影よしゆきは、中学生の時に、もう身長が180cmで、うすっぺらのひょろひょろだった。ものしすかで優しくて、家が近所なところが気に入っていた。彼の父親は酒乱で、そのことで彼はいつも少しだけ傷ついていた。
 一緒に帰って、よく話をしたし、クリスマスには「メリークリスマス」を言うための電話がきた。さっきまで学校にいて、一緒に帰ってきたばかりなのに。
 私は、好きな男の子と手をつなぐ方法なんて、とっくに知っていたから、中学最後のクラス行事の時、こっそり手をつないだ。彼の手は、私よりもしめっていた。

 高校は別々で、私は東京の大学へ進学し、彼は横浜の中華料理店への就職が決まった。彼は、まじめに働きながら、恋人と同棲している。久しぶりの電話で、おだやかにそう言っていた。
 つつみこむような優しさは、私だけのものじゃなかった。あの時かすかにつながったのは、中学生の右手と左手だけだった。

 私はこの春、大学を卒業して、田舎に帰る。冬休みに、雪の積もったなつかしい道を、犬と一緒に歩いた。果樹園の向こうに、月影よしゆきの家が見えた。夕方で、空は雪に青い影をおとし、何もきこえない場所に、ひっそりと。
 冷たい空気を吸いこんで、田舎の好青年と結婚するのも悪くないと思った。

 他意はなく、ふと思っただけの、小さな話。



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