あいあい傘 作:尾瀬 駆



「最近、毎日持ってるよな。傘」
 意外だったのか、彼女は驚いた顔で僕を見上げた。
「当たり前じゃない。梅雨だしね」
「そりゃそうだけど、昨日みたいな降水確率0%の時くらい持ってこなくてもよかったんじゃないか?荷物になるだろ?」
 彼女はやれやれといった仕草で溜息をついた。「まったく分かってないなぁ」とでも言いたそうだ。
「なんなんだよ」
「それはそうと。約束守ってる?」
「約束?あぁ、傘持ってくるなってやつだろ?守ってるよ」
 彼女は満足そうな顔をすると、顔を元に戻し、もう僕の問いには答えなかった。
 その態度に首をかしげながらも、僕はかばんの中の折り畳み傘を確認した。
 今日は昼から、特に3時から雨の予報だった。降水確率は80%。
 約束はしたもののやっぱり濡れるのはやだからね。
 そう思った矢先。
「あ、雨」
 彼女がちょっとうれしそうにつぶやいた。
 えっと思って、空を見上げると、突然容赦なく雨が降り出した。
 ダッシュで彼女の手を引き、近くの家の軒下に入った。
 そして、かばんに手を突っ込みかけて止めた。
 彼女が見ていた。
「何?その手?」
「あ、いや、これは・・・」
「持ってきてたんだ。傘」
「これは、その、つまり・・・」
「せっかく楽しみにしてたのになぁ。あいあい傘・・・」
 彼女はぼそっとつぶやいた。
 僕が何も言えずにいると、突然、彼女は傘を開き、軒下から出た。
 それから、あっかんべーをして、走り出した。
 突然のことにぼーっとなったが、気を取り直して、雨の中に飛び出した。
 彼女は意外と進んでなくてすぐに追いつけたけど、なんだか声をかけづらかった。
 と、彼女は足を止め、こちらへ振り向いた。
 視線があった。
 雨のカーテンの奥に彼女の顔。
「入れてくれないか?僕が悪かった」
 彼女は何も言わず、すっと傘を差し出した。
 急いで、傘の中に入ると、まだ彼女は不機嫌だった。
「どうした?」
「傘は男が持つの」



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