運命 作:佐凪岾捧



 何も見えない暗い闇の中で、私は誰かと話していた。
「もしも時間を戻して昨日の出来事を変えることができたとしたら、全く別の私がここにいるのかな?」
「なぜ? 何か嫌な事でもあった?」
 それは私と同い年くらいの男の子の声だった。
「そういうわけじゃないけど」
「ふぅん……。答え、知りたい?」
「知りたい!」
 しかし男の子は答えを教えてはくれなかった。代わりに、遠くから明光がものすごい速さで迫り、そして私を飲み込んだ。

 そこは、いつも通学に使っているバスの中だった。
 頭がぼんやりとして、正常な働きをしない。きっと、知らないうちに寝てしまったのだろう。今のは全て夢だったのだ。車内アナウンスが入り、やっと我に帰った。携帯で時間を確認する。始業5分前。
 慌てて降車口を飛び出し、校門目指して走った。大通りの向こう側、いけ好かない風紀委員が眼鏡を光らせて今か今かと始業ベルを待っている。信号が変わるのを待っていては間に合わない。
 行っちゃえ。
 頭の中で、私自身が囁いた。口内の唾液を飲み込むと、一気に足を踏み出す。遠くに、迫ってくる乗用車が見える。でも、このまま走り抜ければ大丈夫だ。
 視界の端に、道路沿いに手向けられた花が見える。誰かがここで死んだのだろうか。私は一瞬縁起でもない考えに捉われた。
 それがいけなかった。
 ポケットから、携帯が弧を描いて落ちる。道路上を、進行方向とは間逆に滑っていった。反射的に、私は引き返す。
 耳をつんざく様なブレーキ音が響いた。

 何も見えない暗い闇の中で、誰かが私に話し掛けた。
「答え、わかったでしょ。時間を元に戻したって、結局自分自身は変わる事ができない。ただ、出来事の起こるタイミングが変わるだけ」
「どういう事?」
 私は初めて男の子の姿を見た。
 彼は血だらけの顏で微笑んでいる。男の子は、またもや答えてくれなかった。
「僕の分まで生きてよね」
 そして私は再び明光に飲み込まれた。

 そこは、病院のベッドの上だった。



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