雨の中のキタイ 作:尾瀬 駆



 雨。
 雨だ。
 いつから降ってたんだろう?
 気づかなかったな。
 ちょっと画面が見えにくいな。
 でも、短い文だし。
 よし、できた。
 送信♪っとな。
 ぴっと音がなってそのメールはどこかへ飛んでいった。
 なんだか変な気分だ。
 はは、笑いたくもないのに、なんか笑っちまう。
 嘘だよな。な!?
 信じてるからな・・・。
 最後の言葉が雨の中に消えいって、俺はただ雨の中で待っていた。
 こういう時は、行き交う人たちがやけに幸せそうに見えて、恨めしかった。
 あぁ、ただ早く来て欲しい。
 そして、また笑って欲しい・・・。
 そんな微かな願いが届いたのか、来た。
 おい、こっちだよ、と、いつもの言葉は言わなくて、ただじっと待っていた。
 心臓はすでに破裂しそうだった。
 雨のせいで体が震えた。
 違う。ただ怖かった。
 彼女が目の前に立った。
「どうしたの?突然?」
 なんだか彼女の声だけが大きく聞こえた。
 いや、周りの音なんかなかった。
 それほどに緊張していた。
 あのさ、二股かけてるのか?
 声が微かに震えていた。
 我ながら情けない。
 彼女は―。
 彼女は少し傘を回して、気まずそうにこくっとうなづいた。
 いつもなら。いつもなら可愛く思うそのしぐさも今では恐怖にしか感じなかった。
 痛かった。
 息が苦しい。
 でも、その時、口が勝手に言葉を紡いだ。
 どっちが・・・好きなの?
 彼女は動かなかった。
 でも、沈黙が全てを語ってくれた。
 素直で、優しくて、嘘はつけない。
 そんなところに惚れたのに、今それがかなり痛かった。
 凍りつきそうな体を久方ぶりに動かし、ちょうど彼女の横を通り過ぎた。
 そっと彼女の「ごめんね」という声が聞こえて、振り向きそうになったけど、我慢してそのまま進んだ。
 たぶん、泣いているんだろう。
 でも、もうそれを支えるのは僕じゃない。
 それに、泣きたいのはこっちだった。
 ぐっと涙を堪えて、道を進んでゆく。
 ぱっと人波が切れたところで、立ち止まって空を見上げた。
 雨の終わりが近づいているのを知った。



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